第2話 クロウ + シラサギ = 灰かぶり

「おっ、あれなんだ?」 

 都市郊外にある住宅街の窓の中、きらりと反射した光に魅せられて、カラスの蒼夜は門柱に「新出しんで」と表札がある戸建ての庭木に降り立った。

 何が光ったのか知るために覗き込めば、一階には広いリビングと洋室があり、洋室の窓際に置かれたベッドに、痩せた女性が横たわっているのが見える。その女性の娘と思われる女の子が、ベッドの傍らにひざまずき、身を乗り出して、母から何かを受け取っていた。


「ああ、あれが光ったんだな。クリスタルの小瓶か?」 

 蒼夜はカラスに変身しているせいか、キラキラ光り輝く物が気になって仕方がない。

 薬瓶にしては形も優雅で、光が反射する様子から、小瓶全体にカットが施されたかなり高価なものらしい。一体何が入っていて、どんなことに使うのだろうと不思議に思い、受け取り主に視線をやると、窓越しなのではっきりしないが、歳の頃は蒼夜と同じくらいの女の子で、目がくりっと大きくて、かわいらしい顔をしているようだ。


「あんな小さな女の子に、香水瓶を渡したりはしないよな?中身は一体なんだろう?」

 木から窓の上の軒に飛び移り、首を下方に伸ばして部屋を覗き込んだ途端、右斜め後ろから風が吹き、蒼夜は危うくバランスを崩して屋根から落ちそうになった。 

 何とか踏み留まり、風を起こした原因が何かを知ろうと振り向けば、ちょうど真っ白なサギが蒼夜の横に着地するところで、先ほどの蒼夜と同じように、庇の上から首を下方に伸ばして、部屋を覗き込んだ。


「おい、サギ野郎!クリスタルの小瓶は俺が先に狙いをつけたんだからな。横からかっさらうなよ」 

 いきなりカラスに威嚇されたシラサギが驚き、ぐらついて屋根から脚が離れてしまう。真っ逆さまに落ちそうになったシラサギの尾羽を、蒼夜が慌てて咥え、屋根に引き上げた。

「危ねえな。お前、鳥なら羽ばたいてバランスとれよ。いきなり落ちるなんて、びっくりするだろ!」

「助けて下さって強縮なのですが、あの小瓶は僕のものなのです。僕は天真てんまと言って……」

「しっ!何か人間の母親が喋ってる」

 蒼夜に話を遮られて、シラサギの天真は口を閉じ、カラスと一緒に軒から首を伸ばして窓を覗き込む。部屋の中では、母親が少女の手の平にクリスタルの小瓶を載せた後、震える指先を少女の頬に伸ばし、慈しむように撫でながら、掠れる声で説明を始めた。


怜良れいら、これはあなたの願いを叶える小瓶なの。寿命を伸ばすとか、永遠の命などを願うことはできないけれど、大抵のことは本人の努力次第で叶うそうなの。あなたの願いを教えて」

「綺麗な小瓶ね。ママ。これどうしたの?」

「怜良、あなたのことを思って毎晩お祈りしたの。昨夜、天使が夢に現れて、この小瓶を託してくれたの」


 なるほど天使の小瓶か。どうりで美しかったわけだと、納得するカラスの蒼夜を、隣にいるシラサギの天真がツンツンと羽で突っついてくる。邪魔をするなと蒼夜が睨みつけるが、天真は引きもせず、ぐんと反らした胸を羽で叩いてみせた。

「何だ?悪い物でも喰って胸やけでもしたのか?あとで叩いてやるから今は静かにしろ」

 不満気な天真を放っておいて、蒼夜はまた窓を覗き込み、母親の言葉に耳を傾ける。


「願いを叶えるためには努力がいるけれど、叶えられたら、その効き目は一生続いて、あなたの力になってくれるらしいの。でも、努力もせず、願いが叶わないときには、願ったことの反対の状況になってしまうの。だから気を付けて、叶えたい夢を言ってちょうだい」

「魔法の小瓶?でも、ママの病気が治ってくれたら、私は何もいらないわ」


 く~~っ。泣かせるじゃないか!あの怜良って子。何ていたい気なんだ!蒼夜は片方の羽を目に当てながら、なぁ、お前もそう思うだろ?と同意を求めるように天真の背中に、反対側の羽を回した。


「怜良、ママはもうすぐ眠りにつくの。早くあなたの願いを聞かせてちょうだい」

「ママ疲れたの?大丈夫?」

 青白い顔をした母親は力なく首を振り、少女の腕に縋り付くようにして答えを促す。

「すぐには思いつかないけれど、う~ん……プリンセスになりたい」

「プリンセス?あなたはまだ十歳なのよ。叶わなかったら、この先大変な人生になるわ。もっと他には?」

「他って……急に言われても分からない。やっぱり、私、シンデレラみたいに、王子様と出会って結婚したいな」


 怜良が言い切ると、突如小瓶が小刻みに揺れ始める。菱形の蓋が浮き上がってベッドの上に転がり落ち、瓶の口からはもうもうと煙が噴きあって、部屋中に立ち込めた。視界を塞いだ煙を引き裂くように、稲妻が瓶の口から飛び出し、枝分かれした閃光の一つが少女に伸びる。他の稲妻の切っ先は、光のもりとなって窓を貫き、覗き込んでいた蒼夜と天真を襲い、三人の身体を電流のようにビリビリする感覚が走り抜けた。


「キャ~ッ‼」

「うわ~っ‼」


 光から受けた衝撃で、蒼夜の身体が傾き、空中に放り出されたが、しびれる羽を何とかバタつかせて墜落を免れ、芝生の上に尻もちをつく。あまりにも驚いたせいで変身が解け、頭からは2本の角、尾てい骨からは細長い尻尾、背中からは黒い羽が出てしまった。 


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