第3話 運命の管理人

「ヤバい!」

 見られたかもしれないと焦って蒼夜が振り返ると、その先に信じられないものを発見し、一瞬にして角も尻尾も翼も引っ込んでしまった。

「お、お前。天真とか言ったな?白い羽って……ひょっとして、天使って奴か?」 

 蒼夜同様に衝撃を受けた天真が、やはり同じように地を出していたことに気づき、慌てて背中の白い羽と頭上の輪っかを消して、人間の姿に戻った。

「あ、あなたは何です?さっき僕と同じ羽がありましたよね?でも黒い羽って……もしかして悪魔という方ですか?」

「うん、俺は悪魔の蒼夜だ。そうだ、さっき天使の小瓶とか言っていたな。あの女の子が願いを言った途端、煙を吐いたけれど、あれはお前の仕業か?」

 蒼夜の質問に我に返った天真が立ち上がり、急いで窓に駆け寄った。


「どうしよう。大変なことになってしまいました」

 子供らしいふくらとした指で震える口元を覆い、窓を覗いた天真が、どうしようを繰り返しながら、庭をせわしなく歩き始める。まだ芝生の上に座り込んでいた蒼夜が腕を伸ばし、むんずと天真の白いパンツを掴んで隣に座らせた。


「目の前でうろちょろされると、苛々するから座れ!一体どうしたんだ?」


「そ、それが……普通はすぐ叶えられるような願いを言われるんです。僕の役目はそれを叶える手伝いをして終わりなのですが、彼女の願いは王子と結婚してプリンセスになることです。それまで僕は運命の管理人として彼女の側で見守らなければなりません」


「ふ~ん。ご苦労なこった。あの子は十歳だから、結婚まで先は長いな。でも、お前は天使なんだから、俺と同じで永遠の時間があるんだろ?暇つぶしで付き合えばいいじゃないか」


「できれば、一緒に付き合ってもらえると嬉しいのですが……」

「はぁ?何言ってんだ?あれはお前の持ち物で、願いの管理人はお前の仕事だろ?」


 眉根を寄せた蒼夜が、天真を胡乱うろんな目つきで見ると、天真は蒼夜の両腕をがしっと掴んで頭を下げた。

「ごめんなさい。小瓶の定める運命の管理人は、普通持ち主一人なんですが、あなたが私の背に羽を回していたから、二人とも管理人に指定されてしまったのです」


「あっ?何だって?」


 その時、突然上空が陰り、羽音と共に大きな鷹が舞い降りてきて、蒼夜と天真の前で鍛えられた体躯の背の高い男性に変わった。

「くそっ、間に合わなかったか!そこの天使、願いをやり直しさせる術はないのか?」

「失礼ですが、あなたはどなたですか?」

「私は蒼夜の兄だ。弟を迎えに来た」

「僕は天真といいます。残念ながら一度交わした約束は、彼女の結婚する相手が王子であるか否かの判定が下るまで有効です。管理人は彼女の近くで見守らなければならないので、僕はこの地上で暮らすことになります」

 眉を八の字に下げ、困り果てた天真が蒼夜の方を、どうしたものかと振り返った。


「えっ?俺も?俺も地上で暮らすの?そんな……兄ちゃん、どうしよう?」

「何を寝ぼけたことを!天真と言ったな?元はお前の昇格試験が原因だろうが!蒼夜は関係ないはずだ。管理人から外せ!」

「ご、ごめんなさい。僕にはどうにもできないんです」

「何?方法が無いだと?……それで、管理人はただ見ているだけで良いのか?もし、願いが叶わなくても管理人に影響はないのか?どうなんだ?」

 深影が答え次第ではただではおかないというように睨みつけると、天真はぶるぶる震えながら蒼夜の影に隠れ、それでも何とか説明を始めた。


「て、天使の小瓶は、無条件に願いを叶えるものではありません。願った本人が夢に向かって努力しなければいけないのです。そのサポートをするのが管理人で、成功の度合いで昇進が決まります。もし、何もしないで放っておいたなら、職務怠慢でバツを受け、天使の資格をはく奪されてしまいます」


 天真の言葉にびくんと反応した蒼夜の頭から、にょきりと角が飛び出した。羽を出すのだけは何とか抑えたが、天真の腕を掴んで揺すりながら、蒼夜は勢い込んで尋ねた。

「お前、とんでもないことに巻き込みやがったな!願いが叶わなくても、サポートさえしていればおとがめはないんだな?」

「えっと、その……降格はありますが、天使の場合なので、悪魔のあなたにどんな影響があるかは分かりません。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げた天真を後目に、深影は腕を組んでじっと考えていたが、やがて決心をしたように顔をあげた。


「仕方がない。何か方法が見つかるまで、蒼夜は手伝うふりをしながら地上で暮らすしかあるまい。父上と相談して、お前たちが人間に化けて生活するための環境を整えてやる」

 結論は出たとばかりに、今にも鷹に変身しようとした深影を引き留めようとして、蒼夜が手を伸ばした時、上空が陰り、羽音が近づいた。蒼夜が上を見上げると、オオハクチョウが舞い降りてくるのが見えた。

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