第8話 悪鬼母子の訪問
ピンポーン
インターホンを高木母娘が押すと、ハイと男性のくぐもった声がする。
蒼夜と天真は、怜良の母親が亡くなった時に、駆けつけて怜良の名前を呼んだ男性の声と同じであることから、その男性が父親の浩史だと分かり、冷たくあしらう様を予想して、ワクワクしながら屋根の上から見守った。
ガチャっとドアが開き、休日の朝なのにさっぱりとした恰好の男性が現れる。美智子がおはようございますと言いながら、お盆に載せた朝食を愛想よく差し出すと、浩史が相好を崩しながら受け取った。
「いや~っ、いつもすみません」
えっ?何で?目を点にした蒼夜と天真の真下で、空耳かと思うような言葉が続く。
「いえいえ、私も従姉を亡くして悲しい気持ちは同じですから、怜良ちゃんを少しでも元気づけられたらうれしく思います」
「助かります。私は家事など手伝ったこともなくて、卵焼きも焦がしてしまうので、怜良がクッキングサイトを見ながら食事を作ってくれるんです。母親を亡くした悲しみに浸れる間もないくらいに家事をやらせてしまうから、不憫で……」
なで肩のカラスの肩を、更にガクリと落としながら、蒼夜が雄って悲しいなと呟いた。
隣のシラサギもため息をつきながら同感ですと答える。
二人を更にがっかりさせたのは、守ってやるはずの怜良だった。
「あっ、美智子おばさん。おはようございます。いつも美味しい朝食をありがとうございます。明菜ちゃんも、真里菜ちゃんも上がって一緒に食べませんか?」
「いいの?嬉しいな。お母さん私たちの朝食ももってくるわね」
ふっくらとした身体を、いつもと違って機敏にUターンさせた明菜に向かい、美智子が迷惑になるからダメよと止めた。だが、浩史はそれが上辺だけの制止とは気づかない。
「せっかく作っていただいたのですから、宜しければどうぞご一緒に。食事は大勢の方が楽しいですから、高木さんも娘さんたちといらしてください」
まぁ、そんな‥‥・と身をくねらす美智子の背後で悪鬼の気配が濃厚になり、少しずつはっきりした形になりつつあった。
眉をひそめながら、ヤバいなと蒼夜が漏らす。
「あいつら、あのおばさんと娘たちに取り憑こうとしている」
「黒い人型になりましたね。つり上がった赤い目が光っていて不気味です」
天真の言葉が聞こえたように、光る目が蒼夜たちを探して屋根に向く。どきりとした二人を射す赤い光が笑ったように細められ、蒼夜と天真の総毛が逆立った
「すごい妖気だ。あのおばさんたちの性格の悪さを栄養分にして育ってるんだな」
「深影さんとアンジェに知らせますか?」
「うん。今は仕事をしていると思うから、邪魔はしたくない。今まで俺たちのことで散々迷惑をかけているしな。とりあえず、高木母娘が怜良から離れるまで、今日は張り付いていようぜ」
アパートに戻って行ったと思った高木母娘は、すでに用意してあったのか自分たちのお盆を持って、すぐに怜良の家に引き返してきた。
リビングに続くダイニングの大きなテーブルを囲って、五人が仲良く食事を始めるのが窓越しに見られ、蒼夜と天真はヤキモキした。
食事が終わると、示し合わせたように明菜と真里菜が怜良を誘って怜良の部屋へと姿を消し、浩史と美智子を二人っきりしてしまう。でも、蒼夜と天真ではどうすることもできず、二階の怜良の部屋を覗き込める軒先へと移動した。
明菜と真里菜は部屋の中を見回しながら、最初こそは遠慮がちに気になるものを見せてと頼んでいたが、そのうちに勝手に手に取って品定めを始めたようだ。
「うわぁ~。この服可愛い。ねぇ、私に似合うかしら?」
「お姉ちゃんにはサイズが小さすぎるわ。ただでさえ横幅が違うんだから。私の方が似合うと思う」
「何よ!真里菜が着たら、服に棒が突き刺さっているみたいに見えるわよ」
二人は怜良の服を破れそうな勢いで引っ張っている。かと思うと、鏡台の上に置いてあるアンティーク調の美しい手鏡を手に取り、きれい!と騒ぎ出す。
「ねっ。これちょうだい!」
「お姉ちゃんずるい。それは私が先に見つけたのよ」
「うるさいわね。二人で使えばいいじゃない。怜良ちゃん、いいでしょ?」
「あの……ごめんなさい。それはママが私にくれたもので……」
形見だからと続けようとした怜良を明菜がキッと睨みつける。
「確かにお母さんが亡くなって間も無いから寂しいかもしれないけれど、私たちにだってお父さんがいないから境遇は同じよ。なのにあなたばかりが大事にされてずるいわ」
「そんな……」
まだ十歳の怜良には三歳年上の明菜に逆らえるはずも、上手く言い逃れる方法もなく困り切っていると、軒先からカラスが顔を覗かせ、文句を言うようにギャーギャー騒ぎ始めた。
明菜が窓を開け、手にした鏡を振り回して、うるさいと言いながらカラスを追い払おうとすると、真里菜がお姉ちゃんこれ見て!きれいと感嘆の声をあげるのが聞こえる。真里菜が鏡台の引き出しから取り出したのは瀟洒な小瓶。天真が与えた願いを叶える小瓶だった。
「あっ、それはダメです!返して!」
怜良が真里菜に向かって駆け寄った時、姉の明菜がこっちこっちと手を振ったので、真里菜が明菜に向かって小瓶を投げる。大きな身体の明菜は運動が苦手なので、掴もうとして伸ばした手は小瓶に届かず、太陽の光を浴びてきらめきながら小瓶は放物線を描いて窓の外に飛んでいった。慌てた明菜は鏡までも外に放り出してしまうが、その鏡を潜り抜け、黒い影が地面に向かって墜落するかのような勢いで飛んでいくのが見えた。
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