第21話 チェイス

「待て!そこの三人。こちらを向け」

 南の出口に向かっていた蒼夜たちに、東の出入り口から入ってきた兵隊たちが、叫びながら走ってくる。列の後ろから長衣を着た大柄な男と、聖職者が三人を捕まえるように命令を出すのが聞こえた。


「やばい!逃げろ!」

 蒼夜の掛け声で、三人は走り出した。兵隊たちが銃を構えるが、空港内には沢山の人がいるため、悲鳴と逃げ惑う人々でパニック状態になり、打ち方止めの声がかかる。

 その隙に、出口付近に止まっていたタクシーに乗り込み、蒼夜がすぐに車を出すように運転手に指示した。タクシーが走り出してから間もなく、兵隊たちがぞろぞろと出口から飛び出してくるのを、バックミラー越しに見た運転手が、驚いてブレーキを踏もうとした瞬間、キューピットの声が車内に響いた。

「そのまま港へ走れ」

 タクシーが空港近くのインターに乗り、グンとスピードを上げた。


 天真が振り返って後ろを確認するが、まだ追っての車らしきものは見えない。手荷物のファスナーを全開にして、天真がキューピットを外に引っ張りだした。

「キューピット、勝算はあるのですか?」

「ないけど、こんな小さな国の街中に行ったらすぐ捕まりそう」

「でも、べトレイに会わずに、ここを出るつもりですか?」

「もう会った。というか、見たよ。聖職者に化けていた」

 蒼夜が、思い当たったようにあいつかと呟いた。

「じゃあ、長衣を着ていたのが、悪鬼か?いやな感じが滲みでいたよな」


 それまで黙っていた怜良が、待って!と大声を上げた。

「思い出してきてはいるんだけど、事件が起きた時に、この子はいなかった気がするの。キューピットはどうしてついてきたの?べトレイに会うためだけ?」

「アンジェから色々この島の情報をもらって、天真を護ってくれと頼まれたのもある。深影という悪魔もそうだろうけれど、偉くなればなるほど、それぞれの統治区に入るためには、干渉する意思がないことを証明する面倒な手続きがいるんだ。僕は天の使いではないし、管轄を持たないから、割と自由に動けるんだよ」

「じゃあ、他の質問ね。さっき見た羽は本物の天使の翼なの?もし、そうなら天使はどうなってしまったの?」

「能力を失くして、人間と同じくらいにしか生きられなくなる」

「そんな……でも、能力が失くなると分かっているのに、羽を取るのはどうして?それに、天使を迫害している証拠を国の入り口でもある空港に飾りつけるのは、何か理由があるのかしら?」


 怜良の質問に、蒼夜がそういえば変だなと唸った。天真も、まるで天使の存在を知らせているみたいだと首を捻る。

 その時、高速道路の後方からヘリコプターの音が近づいてきた。振り返った三人の目に道路すれすれに飛ぶ戦闘ヘリコプターが映る。

「運転手、もっとスピードが出ないか?このままじゃ追いつかれる」

「お客さん。無理を言わないでください。ヘリコプターは時速四百㎞スピードがでるものがあるんです。何をやったのか知りませんが、このまま走り続けると車ごと吹っ飛ばされるかもしれません。止まりますよ」

「待ってくれ、その出口から一般道路に降りてくれ」


 キューピットの暗示が効いているのか、運転手が急ハンドルを切り、高速道路の側道に入った。急ブレーキを踏みながらカーブを回り、車後ろのタイヤが横滑りして車が左右に振られた。ヘリコプターは曲がり切れず、そのまま直進したようだ。料金所を出て高速道路の下をくぐった先、五十mほどのところに一般道があり、車が等間隔に並んで走っている。さすがに一般道でヘリコプターが手を出すことはないだろうと、みんながほっとした時、高速道路の高架から、ヘリコプターが高度を落として現れた。

 急ブレーキの音。タクシーが止まる。


「天真、キューピット、怜良を頼む」

 蒼夜がドアを開いて一人飛び出した。

「蒼夜、待って!」

 怜良の声に振り向いた蒼夜が、手を振った。

「追われているのは俺だ。怜良無事で」

 蒼夜は前方のヘリコプターへと向かって走りながら、変身を解いた。

 真っ黒な翼がバサッと広がり、蒼夜の身体が浮く。頭から現れた角が、天を衝く勢いで伸びた。


「蒼夜!行かないで!」

 追って行こうとする怜良を、天真が抱き留め、側道のガードレールを超えて、山の中に引っ張っていく。キューピットは運転手の記憶を消して、お札を置くと、天真の後を追った。


 天真たちが逃げた方向を確認した蒼夜が、反対方向へと身体の向きを変えた。ヘリコプターがその後をついて来る。風圧で吹き飛ばされそうになるが、何とか堪えながら速度を一定に保ち、瞬間移動もしないで飛び続ける。


 疲れも見せずに飛ぶ蒼夜に苛ついたのか、機体を寄せてぶつける作戦をとったらしい。気を抜けば羽がプロペラに巻き込まれてお互いに命を落としかねない。グンと迫る機体を感知して下にもぐる。上から圧迫をかけ、墜落させようとするのを、横に逃げる。飛びながらの戦闘ごっこは、天真とこなしているので、パワーはあるが機敏な方向変換では劣るヘリコプターを相手に、蒼夜は何とか持ちこたえた。


 怜良たちからだいぶ距離が離れた頃、蒼夜は建物と建物の狭い隙間を縫うように飛んで、ヘリコプターを撒くことに成功した。

 自分が無事なこと、位置などは、お互いの羽で作ったペンダントを交換しているので、天真に伝わるはずだ。奴らが狙っているのが悪魔だとはっきりしている限り、天真は自分に近づくことなく怜良を護ってくれるだろう。

 人間に変身した蒼夜は、疲れた身体を癒すべく建物の影にうずくまり、怜良が自分を思い出したこと、嫌悪されなかったことを感慨深く思った。

 感謝なんて悪魔はしない。でも、怜良が無事であることを、今だけは神に祈ろう。


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