第12話 新出怜良のシンデレラ化計画
館の西側の風除けの影に降り立ち、変身を解く。一方はカラスから黒い髪に切れ長の目をしたワイルドな容姿の蒼夜に、もう一方はシラサギから陽に透けて金茶に輝く髪と色素の薄い目に合う甘めの顔立ちをした天真に戻り、揃って屋敷の中に入っていく。
成長するにつれ、二人の背丈は同じくらいに伸びたが、外見の違いが明らかになっていった。全く正反対の二人が、学校で従兄同士と名乗るのも無理があるのではないかと深影やアンジェが心配したが、それは杞憂に終わった。ついこの間入学した高校で、目立つ蒼夜と天真が従兄同士だということが、同じ中学校出身の同級生から漏れた時、聞いた生徒たちは最初こそびっくりするものの、ハーフは日本人とは異なるのだろうという意見に落ち着いたのだ。
それに加え、蒼夜と天真の両親が海外にいて、蒼夜は兄と、天真は姉と一緒に、四人が一つ屋根の下で暮らしていることも伝わったようで、同級生の目には、親から独立している蒼夜と天真が自由で強い存在に映ったようだ。ほとんどのクラスメイトが蒼夜たちの住んでいる家に来たがったことを思い出した蒼夜は、ふとある案を思いついた。
入り口で急に立ち止まった蒼夜にぶつかりそうになった天真が、どうした?と尋ねた時、玄関ホールにしわがれた声が響きわたった。
「ぼっちゃま、天真さまも、お帰りなさいませ」
羽音を聞いたスケルトンが、カクカクと骨を鳴らしながら、西側の出入り口まで迎えに来た。
ぼっちゃまはもうやめろと言っても、まだまだやんちゃな性格の蒼夜は、スケルトンにとっては小さな坊やに見えるらしい。仕方がないのでそのままの呼び方を許している。
「ただいま。スケルトン。腹減った」
「ただいまスケルトンさん。朝早くからお出迎えをありがとうございます」
「いえいえ、これが私の仕事でございますから。それにしても天真さまは、天使だけあって、さすがに言葉遣いも上品でございますね。蒼夜ぼっちゃまも……」
話を続けるスケルトンの脇を、蒼夜が朝食は何かな~と言いながら、黒と白の二つの階段の真ん中にある両開きのドアを開けて大広間に入っていく。
「ぼっちゃま、話の途中で逃げないでください」
追ってくるスケルトンをうろんげに見ながら、蒼夜が鼻を鳴らした。
「悪魔が丁寧語使ってどうするよ?悪だくみをする人間が呪術の円陣を描いて、悪魔を召喚したときに、お呼びでしょうか?私が悪魔でございますっていうのかよ?」
揉めている二人を止めようとした天真が、蒼夜の言葉を聞いた途端に噴き出した。
「そ、それは見ものですね。迫力不足で人間の方が頼み事をするのを渋るかもしれません」
言いながら、ヒーヒー笑っている天真に軽く肘鉄を食らわせ、蒼夜が大広間を抜けて隣のダイニングに入っていく。
「あれ?アンジェ来てたの?朝早くから何かあった?」
「おはよう蒼夜。別に何も用事は無いけれど、困ったことがないか顔を見がてら寄ってみたの。でも、天真のあの様子では問題は無いみたいね」
「ああ。大丈夫‥‥‥・っと、そうだ!この家にクラスメイトを呼んでも大丈夫かな?」
「それは、まぁ、二階に行かなければというか、実際行けないけれど、一階だけならいいんじゃないかしら。でも今までそんなことを言い出したことがないのに、どうしたの?」
「うん、実はさ、怜良が未来の王女にふさわしくなるように手を貸そうかと思うんだ。今はわがままな義母や義姉に食事を作らされたり、用事を言いつけられて、まるで女中みたいにこきつかわれているだろ。だから手始めに、手料理を持ち寄るパーティーを開いて、怜良のために尽くす料理男子でも探そうと思うんだ」
笑っていた天真と、文句を言っていたスケルトンまでがピタリと静かになり、アンジェと一緒に賛成の声をあげた。
「良いアイディアですね!」
「だろ?怜良の境遇をかわいそうだと思わせれば、朝五時だろうが夜だろうが、せっせと得意な料理で怜良を助けるんじゃないか?」
「で、でも蒼夜‥‥‥」
ノリノリの蒼夜が突っ走らないように、天真が口を挟むのはいつものことで、蒼夜が横眼で睨んでから、顎をくいっと上げて続きを要求する。
「もし、その男の子に怜良さんが本気になったらどうしますか?プリンスと結ばれないと、怜良さんは幸せになれないんですよ」
むきになって反論するかと思いきや、蒼夜が天真の肩に両手を置いてがくっとうなだれた。
「お前さ~。一六歳で結婚はしないぞ。女はできるかもしれないけれど男は一八歳じゃないとできない。まだ二年あるんだから怜良だって男のあしらい方を覚えた方が、いざというときの訓練にもなるだろ?お前の言う通り、怜良が王子じゃない奴に本気になったら、俺たちが邪魔をして仲をぶっ壊せばいい」
「恋仲を裂くなんてことしたら、僕は堕天使になりそうです」
「大丈夫だって!人間は移り気だからな。いざとなったら俺だけで二人の仲を裂いてやるから安心しろ」
ぐっと黙ったものの、疑いの目で蒼夜を見ている天真の様子に、アンジェがやれやれと肩を竦める。
「行き当たりばったりで突っ走る蒼夜と、心配性で石橋を叩いて渡る天真の役割はいつまでたっても変わらないのね。ところで、クラスメイトを誘うなら私も何かお手伝いをしましょうか?当日は姉として出迎えたり、飲み物や皿を運んだりするとして、深影はどうするのかしら?」
「兄貴かぁ……。アンジェはちびっこ天使たちを面倒見ているから、こういうの任せても大丈夫そうだけれど、兄貴はやんないと思うぞ。普段執事のスケルトンや、眷属(けんぞく)にかしずかれているからな」
「まぁ、いかにもって感じね」
アンジェの言葉に頷きながら、天真が相槌をうつ。
「俺様で亭主関白みたいなのは、今の世の中嫌われるのに」
「誰が嫌われるって?」
背中を直撃したバリトンに天真が身を竦め、恐る恐る振り向くと、頭からは黒い角、背中には大きな黒い翼を生やした堂々たる体躯の美丈夫が、天真を見下ろしてにんまり笑っている。
「み・深影さん、お・おはようございます」
「ああ、おはよう天真。おはよう諸君。陰謀の匂いに惹かれてやってきたが、お前たち朝から、何の悪だくみをしている?」
「兄貴、早いな。愛楽のご機嫌を取るんじゃなかったのか?」
「昨夜たっぷり相手をしたんだ。今朝はほんの少し時間を割いてやるだけで満足して帰ったよ」
「ふぅん。ひょっとして亭主関白じゃなくて、かかあ天下になるかもな」
「何の話だ?私はまだ一人に絞るつもりはないぞ。それに女に優しくしてやるのは古今東西、天地人界に限らず当然のことだろ?」
「そんなもんか?まぁ、そういうことにしとこう。ところでさ、ちょっと手伝って欲しいんだけど」
「内容にもよるがどんなことだ?」
そこで蒼夜は、今の怜良の現状と、打開策を深影に話して聞かせた。
「自慢料理の持ち寄りパーティーを開くときに、家の者が不在だとまずいだろ?兄貴は料理しなくていいから、保護者やってよ」
「うぅむ……人間に化けた姿を大勢の前に晒すだけでなく、ガキどもに愛想を振りまかなければならないんだな?」
渋っている深影にアンジェが鼻を鳴らして言った。
「居たってふんぞり返っているつもりなら邪魔なだけよ。私が当日の接待もしてあげるし、二人に簡単なレシピも教えてあげるわ」
天真がアンジェに満面の笑みを浮かべてお礼を言うのに対し、蒼夜は俺も作るのと微妙な反応を見せる。天使側の優勢を見た途端、深影ががぜんやる気を出して、蒼夜には自分が料理を教えると言い始めた。
まんまと二人の大人を作戦に巻き込むことに成功した蒼夜と天真は、二人に気づかれないようにこっそり目配せをしてガッツポーズを決める。
当日は仲の良い家族を演じることを条件にして、それぞれの先生にレシピを伝授してもらうことが決まり、蒼夜と天真が学校へ行くまでに、四人は大まかな計画を練った。
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