第11話 イメージダウン

 森を抜けたところで日常に馴染むカラスに姿を変え、桜が満開の通りを見下ろしながら辿っていき、怜良の部屋の軒先に止まると、間を置かずにシラサギが隣に着地した。


「おはよう。天真。いい天気だな」

「おはよう。蒼夜。今朝も早くから深影さんと特訓をしてきたのですか?」

「ああ、苦戦したけれど、今日は勝ったぜ」

「それはすごいです。おめでとう!悪鬼がますます手を出せなくなりますね」

「うん。あっちこっちで、小さな悪さをしているみたいだけれど、奴らの性分からすれば普通なんだよな。六年前に見たあの性根の悪そうな悪鬼がどこに隠れているのか心配になる」

「悪鬼は人間の悪の感情を栄養分にして育つのでしょ?怜良さんの義母は結婚して幸せに感じていて、悪鬼は弱まったのかもしれません」

「性善説か……天真はやっぱり天使だな」


 ククッと喉で笑う蒼夜に、天真が白い羽でパシッと叩いて文句を言う。

「悪ぶっても僕には通じませんよ。蒼夜はあの悪鬼とは根本から違います。蒼夜は人間の心を理解して、寄り添うことができる悪魔です」

 何言ってんだ、と今度は蒼夜が黒い羽で天真にボディーブローを返したが、照れくささを隠すために力の加減ができず、まともに食らったシラサギが屋根から落ちて行った。

「ギャッ!」

 と鳴いた天真を追って、カラスが飛び降り、シラサギの尾羽をくちばしではさんで、何とか持ち上げ地面すれすれで激突を免れる。二人ともあまりにも動揺し過ぎて変身が解けてしまい、悪魔と天使の姿のまま低木の影に仰臥した。


 天真が文句を言おうとしたとき、玄関の扉が開き、真里菜が早くお弁当と叫ぶのが聞こえたので、二人は急いで角と尻尾、天使の輪と羽を引っ込めて成り行きを窺う。


「遅刻しちゃうわ。怜良ったら本当に愚図なんだから!早くお弁当を持ってきて」

「うるさいわね!自分のお弁当くらい自分で作りなさいよ!」

 怜良の怒りの声に蒼夜が頭を抱え、これだから惑香の相手をしていられないんだと呻いた。


「私はあなたと違って遠くの高校に行くんだから、お弁当くらい協力したっていいでしょ!冷たいわね」

「テレビとゲームに熱中して、勉強しないから遠くの高校しか受からなかったんでしょ。悪いのは真里菜で、私のせいじゃないわ。まだ一時間くらい寝られるのに、早朝から起こされてお弁当を作らされる身になってよ。怒りたいのは私の方よ」

「生意気ね。お母さんに言いつけるわよ!」

「言ってみなさいよ。二度と作ってあげないから。ほら、さっさと行かないと遅刻するわよ」


 キ~ッと歯噛みして、地団駄を踏む真里菜の前で怜良がバタンとドアを思いっきり閉めた。ドスドスと地面を踏み鳴らしながら真里菜が駅へ向かうのを見て、今度は天真が深いため息をつく。


「プリンセスのイメージからどんどん離れてしまってますね」

「うん。あの母娘に対抗するために強くなるのは仕方ないけれど、あれじゃあ、プリンスに会った時に選ばれる可能性は限りなく0に近いな」

「……ですね。何とかしないと。中学校時代はまだ女子校の名残があって、お嬢様って感じだったのに」

「ああ、俺たちが同じクラスに転入していった時に、怜良が目をウルウルさせて、母が亡くなった時はお世話になりましたって頭を下げただろ。あん時は、ほんとうに何て良い子なんだって思ったけど、今じゃ……」

 ああ、と大げさに芝生に身を伏せようとした蒼夜の目に入ったのは、蒼夜たちの通う高校指定の靴だった。


 見上げると、長い髪を無造作に頭上でくくった怜良が、両手を腰に置いて、しかめっ面で見下ろしている。

「蒼夜、他人ん家の庭で、こんな朝早くから何やってるの?不法侵入者がいると思って通報するところだったわよ。天真も従弟なんだから、蒼夜が無茶しないように見てあげなくっちゃ」

 蒼夜と天真が顔を見合わせ、選ばれる確率は0%だなと囁き合う。

「何?なんか文句ある?」

「いや、ない」

「僕もありません」

「じゃあ、私、お弁当の後片付けと、朝食の支度があるから」

 怜良が立ち去ろうとするのを蒼夜が止めた。


「おい、ちょっと待てよ。お前、あのガリガリ真里菜の弁当の他に、家族の朝食まで作ってるのか?」

「そうよ。簡単なものだけどね」

「あのお色気おばさんは作らないのか?前はお前の父親を餌付けするために、せっせと朝食を運んでたろ?」

「結婚したら、ころっと変わって……って?どうして、お義母さんが朝食を運んでいたのを知っているの?」

「えっと、そのだな‥‥・あの、えっと、ほらあれだ。なぁ、天真」

「えっ⁉僕?その、あの、えっと、そうなんです。今日みたいに朝の散歩をしていて……」

「そうだ、散歩だ。腹が減ってるところに、良い匂いがしたと思ったら、餌が」

「じゃなくて、見えたんです。あの三人が」

 ああ、そういうこと。と怜良が頷いたのにほっとした蒼夜と天真は、これ以上墓穴を掘らないうちに退散することを決め、後で学校で会おうと手を振ると、そそくさと新出家の庭を出た。


 まだ早朝で辺りに人がいないことを確かめて入り組んだ路地に入り、垣根と垣根の間でカラスとシラサギに変身して、空に舞い上がる。

「ああ、びっくりした。どうなることかと思ったぜ」

「それは僕のセリフです。急に振らないでください」

「ごめん。機転のきく天真がいてくれて助かった。それにしても、怜良はだんだん上品だとか、女らしさが無くなって、下女って感じになっているのが心配だな」

 青い空を飛びながらシラサギがこくこくと頷いた。

「ええ、普通なら料理を作るのは女子力が上がっていいのでしょうけれど、プリンセスには家事能力は必要ないですからね」

「誰かに!貢がせるぐらいの手管をあのおばさんから教わればいいのに」

「う~ん。怜良さんはかわいいですから、そんな技を磨いたら変な男が群がりそうです」

「だな。じゃあさ、色気じゃなくて、今は怜良のために、代わりに料理をしてやろうって男が現れれば、女の子として尽くされる気分を知って、少しは自分磨きに精を出すんじゃないか?」

「それいいですね。クラスで料理男子がいないか探ってみましょう」


 天真の同意に気分を良くした蒼夜が、それなら、さっそく作戦を立てようと飛ぶスピードを上げる。その後をシラサギがあたふたと追っていき、あっという間に館に到着した。

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