第24話 潜入
蒼夜のペンダントが空中に浮き、キリキリ舞いを始めた。
ペンダントが僅かに引かれる方向へと向かって、蒼夜が歩いていた矢先だった。
暴れる羽を摘まんで額にあてると、天真からのメッセージが頭の中に入って来た。
「怜良がガヴァンとべトレイに捕まった。蒼夜ごめん。キューピットを城の誰かに預けて怜良は戻ってくるはずだったんだ。止めたんだけど、蒼夜のために何かしたいと泣かれてしまって止められなくなった。キューピットが送ってきた思念を転送する。明日までに助け出さないと怜良はガヴァンと結婚式をあげることになる。早く来て欲しい」
何だって?怜良と皇太子が結婚?バカな!蒼夜の顔から血の気が引いた。
すぐにカラスに変身して街中の空に舞い上がる。高度をあげてからコンドルに変身して空を駆けた。さきほどまでは空中にヘリコプターがうようよして蒼夜を探していたが、今は代わりの悪魔が見つかったと伝達が行きわたったせいか、急に飛行物体がいなくなった。
これならぶつかる心配もないと速度をあげる。間もなく眼下に大聖堂が見えてきた。
カラスに変身しなおしてから、宮殿の屋根に降りる。すぐにシラサギが飛んできて横に止まった。
「蒼夜ごめん。僕のせいで」
「言い訳は後だ。もし怜良がガヴァンのものになったら、焼き鳥にして食ってやる」
目の端でフリーズするシラサギを無視して、蒼夜は宮殿の窓へと目を向ける。
広いバルコニーに面したフレンチ窓越しに、人が多く出入りするのが見えた。
「多分あの部屋だ。天真来い」
言うが早いか、蒼夜が屋根から飛び立ち、バルコニーの白い手すりに着地する。窓を開けに来た女官がカラスを目にとめ、縁起の悪いと眉をしかめた。
蒼夜は気にも留めず、手すりの上で跳びはねた後、回転しながらバルコニーに降り、両の翼をシュパッと真っすぐに広げて着地ポーズをとる。
「まぁ、すごいわ。この鳥、芸ができる。ねぇ、みんな見て!」
手に布や花を持つ女官たちが、ぞろぞろと窓辺に集まりカラスを見つめた。カラスは片足で大理石の床を蹴りながら回転し、勢いがついたところでひっくり返って肩だけを床につけ、クルクル回転するブレイクダンスのウィンドミルという技を披露した。
「きゃ~~っ。かっこいい。怜良さまも見てください」
人垣が割れ、ドレスを着た怜良が現れた。既成のドレスを身体にあうように直していたらしく、ところどころ布を摘まんだ部分にマチ針が止められていた。普段着か、制服姿しか見たことがなかった蒼夜は、怜良のドレス姿にドキリとして、回るのを止めた。
ピョンピョンと跳ねて近づき、片方の翼を身体の前にして、頭を下げる。貴婦人に対する礼のような仕草に女官たちが湧いた。
「コルボー?」
「カァ~ッ」
羽をばたつかせてピョンピョンと跳ぶコルボ―の前にひざまずき、怜良がコルボーを抱きしめた。
「無事で良かった」
その場に居合わせた者たち全員が、思いもよらない怜良の行動に度肝を抜かれて固まった時、バルコニーの手すりに、シラサギが舞い降りた。
「エグレット。コルボーを連れてきてくれたのね。ありがとう」
コクコクと頷くシラサギを見て、女官たちが怜良を見る目が変わった。
「怜良さまは特別な力をお持ちなんですね。ご存知かもしれませんが、この国は天使の国と言われていて、翼を持つ者を大切します。このように鳥と心を通わすことができる方が皇太子妃に選ばれるなんて、私たちにとってこの上ない喜びです。本当におめでとうございます」
「いえ、私は……」
「また明るい未来がこの国に訪れることを、みんな心から願っています。怜良様がこの国で快適に暮らせるよう、私共全てが心を込めてお仕えするつもりです。どうぞよろしくお願いすます」
腕の中でコルボーがジタバタともがいている。悪気のない女官たちに、いつかのようにお見舞いを食らわせないよう、怜良はしっかりと抱きしめた。
仲睦まじくカラスと戯れる怜良に笑顔を向けながら、女官の一人が訊いた。
「この鳥たちは怜良さまのペットなのですか」
「え、ええ。そうなの二羽とも小さなころから飼っているの」
「じゃあ、ひょっとしてシラサギのエグレットちゃんも芸ができるのでしょうか?」
みんなの視線がエグレットに向く。ぎょっとした顔のエグレットが助けを求めるようにコルボーを見た。
「カァ~~~カァ~~ッ(白鳥の湖でも踊っとけ)」
「エ~~~ッ!?」
エグレットの鋭い鳴き声に、女官たちが何か始まるのかと期待しながら拍手をした。
肩を落としてため息をついたエグレットが、優雅に羽を動かしながら細かいステップを踏み始めると、それに合わせるように、コルボーが白鳥の湖の曲を調子っぱずれにがなりだす。
カァ~カカカカカカァ~
カァカ~ カァカー カァカーカ カカカカカァ~
女官たちはお腹を抱えて笑い出し、つられて怜良も涙を流して笑い転げた。
余興が終わるころには、二羽は怜良と共に大切に扱われ、どこから持ってきたのか、バルコニーには、二つの大きな犬小屋が置かれた。中にはフワフワのクッションやら毛布が敷かれ、コルボーとエグレットが中に入って寛ぐ姿を見た女官たちが、満足そうな笑みを浮かべている。
怜良は内心、蒼夜すごい。を連発していた。
このまま夜になれば、蒼夜と天真に助けられ、闇に紛れて逃げることができるかもしれない。さっきまでは時間が経って、明日が来るのが怖かったのに、怜良は夜が待ち遠しくて仕方なかった。
その夜、人々が寝静まった頃、ベッドに入って寝たふりをしていた怜良は、そろそろ逃げ出す準備をしようとベッドに起き上がった。その時、廊下に足音が聞こえ、もう一度布団の中に潜り込んだ瞬間、ドアが開いた。
心臓の音が聞こえないだろうかと思うほど、ドキドキと高鳴っている。誰だろう?早く出て行ってくれないかなと思ったとき、アルコール臭い息と共に、男の声が頭上から降ってきた。
「おい、花嫁よ。もう寝たのか?一日早まるが仲良くしようではないか」
高鳴っていた心臓に冷たい水をかけられても、これほどショックに感じないだろう。怜良は布団が捲られるのを感じて、身を竦ませた。
蒼夜、天真、助けて!声にならない叫びをあげる。ベッドに乗り上げたガヴァンの体重で、マットレスが沈んで身体が傾ぎ、怜良は堪らずガヴァンとは反対方向へ身を翻していた。
「何だ。起きていたのか。寝たふりをして私を待っていたのか?ほら、こっちへこい。可愛がってやる」
にゅっと手が伸びてきて、シーツの上に引き倒される。振り回した手がガヴァンの顔を打った。
こいつ!と言いながら、ガヴァンの大きな手が上がる。怜良は衝撃を覚悟して歯を食いしばり目を閉じた。
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