第6話 隠れ家

 蒼夜と天真が出会ってから一か月が経った。

 その間、怜良を見守るために、蒼夜も天真もそれぞの住処から日中は地上へと通っていたが、深影とアンジェが相談して二人が住む家を用意してくれたらしい。

 天上の使役たちと、地底の使役たちを総動員して建てた屋敷は、怜良の住居からゆっくり飛んで十分、超飛行では五、六分の場所にあるということだ。


 今日はその屋敷の場所を確認するために、怜良の家の屋根で天真と待ち合わせ、鷹の深影の後をカラスの蒼夜とシラサギの天真がついて行くことになった。もし人間が気が付けば、カラスとシラサギに追われる鷹の姿は、弱肉強食の相関図を覆す驚くべき光景だったろう。

 だが、もともと丘陵地を開拓してできた街は、少し飛べば森林が広がっていて、隠れ蓑にはもってこいの場所だ。カラスとシラサギが急降下したり、急上昇したりと入り乱れて飛ぶさまを、深影がしょうがない奴らだとあきれ顔で見守っている。その横にどこから飛んできたのかオオハクチョウも加わって、お目当ての屋敷へとたどり着いた。


 開拓地から、さらに奥まった森の中に建つ屋敷の前の道を通るのは、犬の散で遠出し過ぎて迷った者か、夜間にちょっと車を止める場所を探すカップルぐらいで、辺鄙な場所が急に開け、立派な門に囲まれた広い庭付きの屋敷が出現したところで、以前からあった建物かどうか彼らが知る由もない。左右対称のウィングを持つ洋風の館を、お金持ちの別荘だろうかと眺めはするが、すぐに元の道を探すことに気を取られるので、また来ようなどと思う者もいなかった。


 その場所に、深影を先頭とする三羽が飛来して、空から鬱蒼と茂る森を見渡し、誰もいないことを確認すると、門の内に降り立った。

「ほら、ここがお前たちの家だ」

 変身を解き黒い装束に身を包んだ深影が、変身中の蒼夜たちに声をかける。まだ羽が半分出ている腕で日光を遮りながら、蒼夜が二階建ての館を見上げた。

「すっげー!大きな家だな。ここに俺と天真の二人だけで住むのか?」

「蒼夜君、お化けがでそうで、僕怖いです」

「何言ってるんだ?天真。悪魔の俺様と暮らすんだろ?、お化けなんて飛んで逃げてくから大丈夫だよ」

「ほんとですか?蒼夜君は頼もしいですね。だったら、二人でも大丈夫です」

 そんな二人の話を聞いて噴き出したアンジェが、まさか、子供だけで住まわしたりはしないと言いながら、館の中に入るように促す。


 曲線豊かな真鍮の門から屋敷へと続くアプローチには、天然石の敷石が施され、その両側には奇妙な生き物を模ったオブジェが等間隔に置かれているが、これらは来訪者の動きを見張り、怪しい者が忍び込めば、唸り声や動作によって脅かして追い払う役目も担っている。

 三メートルほどの高さのアンテーク調の扉を開けると、アラベスク模様が刻印された黒みがかったシームレスストーンと、アイボリー色のライムストーンが交互に置かれて市松模様をなしている広い玄関ホールがあった。


「ゲーム盤みたいだな。天真の使役と俺の使役を使ってボードゲームができそうだ」

「ホールの先にある階段の上から指示すれば、できそうですね。でも、どうして白と黒の二つの階段があるのでしょう?」

 それはだな……と深影が説明を始めた。

「屋敷の外から見れば分かるが、この屋敷には西ウィングと東ウィングがある。一階部分は蒼夜と天真の共用スペースで自由に行き来ができるが、二階部分は完全に分かれているのだ」


 よく見ると、ホールの左右から中央に寄るようにゆるやかなかーぶを描いて上へと続く白黒の階段の到着部部には、深影が言ったように真ん中に壁があり二階のフロアを完全に遮断している。白の階段は東ウィングだけに繋がり、黒の階段は西ウィングだけに繋がっていた。どうしてだろうと首を傾げる蒼夜と天真に応えて、深影が先を続ける。

「東ウィングには天界へ、西ウィングには地界へと続く部屋がある。我々や使役たちが混じらぬように……おい、こら、蒼夜!話をを最後まで聞け!」

 深影の話の途中で、天界に遊びに行けると思った蒼夜が、天真の手を引っ張って白い階段をめがけて走り出した。


 ところが、白い階段の手すりに手をかけようとした瞬間に、蒼夜の身体は弾き飛ばされ、後ろに続いていた天真にぶつかり、二人とも悲鳴をあげながら後ろに転がった。

「だから待てと言ったのに‥‥・」

 深影が首を振りながら、言葉を続けた。

「我々、悪魔や天使、そしてその使役たちがお互いの世界に入れぬように、結界が張ってある。天真は白い階段を上れても、蒼夜は今のようになる。逆も然り。天真は黒い階段を上ることはできない」

「でも、兄ちゃん。俺たちは羽があるから階段は必要ないぞ。直接2階のホールまでひとっ飛びできる」

「やってみるか?ただし、この建物は高さがあるから、落ちるときの受け身は取れよ」

「……うっ……ん」

 少し怖気づきながらも、深影の脅しに屈したと思われたくない蒼夜が羽を伸ばそうとしたとき、横から手を伸ばしてきた天真にガシリと腕を捕まれた。

「蒼夜君、やめましょう。どうやってもお互いのスペースには入れないようになっているんですよ。でなければ、天界と地界が繋がる出入口を一つの建物に作るわけがありません」


 相当な高さにある二階のフロアを見上げた蒼夜は、先ほどのように強い力で、あの高さから一階の石の床に叩きつけられた瞬間を想像して身震いしそうになった。天真が止めてくれたのを、これぞまさしく天の助けだ……と心の中でとんちんかんなことを呟きながら、渋々という態度で頷く。

「う、うん。そうれもそうだな」

 蒼夜の諦めた様子に、ホッとした天真が笑顔になった。

 そんな天真の頭をよしよしと撫でながら、アンジェが二人の今後について話し始める。

「怜良はまだ小学生だし、エスカレーター式のお嬢さん学校に通っているのだから、日中あなたたちの監視は必要ないはずです。彼女が学校に通っている間は、あなたたちもそれぞれの世界で精進できるように勉強をしなさい」


「ええ~っ!」

 不満気な声を出した蒼夜を目で諫めて、アンジェが続きを話す。

「食事や身の回りの世話は、そちらの執事のスケルトンさんや、こちらのシェフなどがする予定です。保護者がいないことが人間たちにばれると厄介なので、天真には私が神谷アンジェとして姉の役をします。そちらはお二人とも兄弟のまま、苗字はコーグレを小暮と呼ばせる……ので良かったですね?」


 間違いはないかとアンジェが深影に視線で問いかかけ、深影が頷いたとき、天真が納得しかねる様子で質問をした。

「待って!アンジェと僕は明るい髪と目の色だし、蒼夜は黒髪だけど彫が深いから、どうやっても純日本人には見えません。それに一緒に住むなら、どういう間柄にするのですか?」

「良い質問ね。私と天真、深影と蒼夜の母は外国人で姉妹にすれば、私たちはハーフで、従兄の関係になるわね。両親は海外に住んで、会社を共同経営していて定期的に帰国。親に代わって、成人している商社マンのの兄と、OLの姉が、自分たちの弟を面倒を見ている。一緒に住んでいるのは面倒みるのに都合がいいから。っていうのはどうかしら?」


 従兄?と蒼夜と天真はお互いに顔を見合わせたが、途端にブハッと噴き出した。

「悪魔と天使が従兄同士だってよ。似てないよな」

「蒼夜君はいかにもガキ大将で、僕は見るからに優等生で堅物って感じですしね」

「俺がガキ大将って、酷くないか?それに自分で優等生なんて言うなよ。俺に対しての当てこすりみたいじゃないか」

「えっ?僕、そんなつもりで言ったんじゃありません。蒼夜君は行動的でリーダーシップがあって、真面目すぎる僕よりずっと面白くて、かっこいいです」

 天真が真剣に言うのを聞いて、心なしか顔を赤らめた蒼夜が、天真の背中をバシバシと叩きながら冗談だよと言った。

「お前は本当に擦れてないんだな。俺もお前のそういうところ嫌いじゃない。俺から見たら、真面目が似合うのは頭が良い証拠だし、そっちの方がカッコいいと思う」


 照れ合う二人を間に挟み、深影とアンジェが目を合わせて笑った。

「私とアンジェは任された仕事をしに、地界と天界に戻るが、蒼夜と天真はどうする?」

「俺は天真と、この辺を少し散策したい」

「僕も家の位置をしっかりと把握したいから、蒼夜といます」

「分かった。ではこれを……」

 深影がストレートに伸びた黒髪を一本抜き取って輪にすると、息を吹きかけて細いブレスレットに変えて蒼夜に渡す。それに倣うように、アンジェも自分の金髪を同じように指で丸めて息を吹きかけ、ブレスレットにして天真に渡した。

「お前たちに危険が迫れば、そのブレスレットが教えてくれる」

「でも、無茶をしないでね」

 蒼夜と天真が分かったと返事をするのを聞くと、深影とアンジェは背を向けて、玄関ホールの端と端にある黒と白の階段へと歩き出す。階段を上るほどに二人の距離は近づき肩を並べるが、決して交わることの無い二階の空間へと消えて行った。


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