第12話 口がいい

 かおりんは壁に貼られた大きなポスターを前に、目を閉じて手を合わせていた。

 もちろん母さんのお墓はちゃんとあるので、いつか連れて行きたい。


「このスタジオ……使ったらダメ……かな?」


「嫌なら最初から教えないよ。自由に使って。録音、録画設備もあるから」


「ありがとう。それから……いえ、なんでもないわ」


 なにか言いかけて再び口を閉じるかおりん。

 閉じた唇もかわいい。


「なにか気になるなら遠慮なく言ってよ」


「それなら遠慮なく……録画した映像とか勝手に見ないでよ?トレーニング中はかなり露出が多いウエアだから」


 スーパーアイドルと言ってもやっぱり年頃の女の子だ。

 映像が流出するのを恐れるのは当たり前。


「安心して。練習してるところを生で見るから。やっぱりライブで見なきゃ―――」


「はぁ?」


「だからー、やっぱり生がいい。生最高!」


 カーン!?!?


 かおりんが投げたドラムのスティックが頭を直撃する。いや、そっちのギターはダメだって!かなり高価だし当たったら死んじゃうから!


「生生、生々しく何度も言わないで!あんたが言うと変態チックでエロい事に聞こえるでしょー!」


「か、か、かおりんの口からエロいなんて単語が出てくるとは……。それに自分の方が多く言って―――」


 カーン!?


 もう1本のスティックが飛んできて頭を直撃した。


「お母さんの前で冗談はやめたんじゃないの?」


「年頃の男の子ですから……ってライブがエロいなら、かおりん達はエロライブしてることに―――」


 ゴーン!?


 なにが直撃したかは不明だけど、僕の意識は根こそぎ取らてしまった。



 * * * *



 天国の母さんがうっすら見えたものの、無事に意識も戻り夕飯の準備に取りかかる。


「今日の夕飯はなに?」


「カレーだよ」


 な、なんだこれ!?


 スーパーアイドルとナチュラルにカレーの話をしてる男子高校生は全国に何人いるんだ?

 夕飯だよ?同じ食卓で一緒に食べるんだよ?

 もうすぐ行われるCD特典よりすごくない?

 

「…口がいい」


「え?」


「だから……口がいい」


 か、、か、神様!違う!

 か、、か、母さん大事件です!


 かおりんが……スーパーアイドルかおりんが……


 頬をピンク色に染めて俯きながらとんでもないことを言ってます。


 恥ずかしさのあまり、いまいちハッキリ聞こえないけど……


 口がいい… 口がいい…… 口がいい……


 なんていい響きだ。


 大人の階段昇っていいんですよね?

 夢じゃないですよね?


 夕飯にはまだ早いけど、いただきます!


 バッチーン!!!


 かおりんの右手が頬にクリーンヒット!!


 うん、夢じゃない。天国の次は星が見えるよ母さん。


「な、な、なにいきなり目を閉じてタコみたいな唇近づけてくるのよ!」


「かおりん口がいいって言ったんじゃないか」


「わたしは、あ・ま・く・ち・がいいって言ったのよ!このエロオタクが!」


「はああああ?キスするなら口がいいって意味で―――」


「お座り」


「はい」


 あ、条件反射でお座りしてしまった。

 スーパーアイドルで大好きなかおりんに言われたら逆らえない。


「さすがにお座りはひどい―――」


「お手」


「はい」


 僕をしつけてドヤ顔で勝ち誇ってるかおりん。

 ど、ドヤ顔も可愛いじゃんか……


 しかーし!甘い!カレーが甘口なだけに甘すぎるよかおりん。

 僕は現在、白くて柔らかいかおりんの手にふれている。


 ああ……マシュマロみたいだ……

 昇天してしまいそうになるがここは我慢だ。

 至高の喜びを隠しながら、嫌々なフリ。


「僕は犬じゃない!もっと人間らしく扱ってよ!」


「あんたなんかペットで十分よ」


 ……ペットだって!?

 

 や、や、やばいよこれ!?

 ペットっていったらこの先どんなしつけが待ってるんだよ!?


「あ、あのさ……急にニヤけながらジャガイモむくのやめてくれない?怖くてカレーが食べれなくなるから。不気味だからわたしも手伝うわ」


 優しく接してくれるんかーい!

 僕のことを骨抜きにする気かよ。


 甘口どころか超絶甘口カレーになっちょうよ?


「それじゃあご飯を炊く用意して」


「オッケー。洗剤はどこにあるの?」


 聞き違いだろうか……まさかね。


「お皿は洗ってあるからお米を研いでくれる?」


「……お米を……研ぐって……包丁じゃあるまいし」


「か、かおりんはお米を炊いたことあるかな?」


「ない」


 ですよね~。

 世間ではスーパーアイドルでも、家事に関しては残念アイドルですよね~。

 そこが可愛いから許しちゃう。


「こっちは大丈夫だからお風呂沸いてるし先に入ってきなよ」


「そうさせてもらうわ」


 洗剤で洗ったお米は食べたくないのでほっとする。

 明日から無洗米に切り替えようと心に誓った。


 かおりんがバスルームに行ってすぐに、僕のスマホが鳴っていた。


「もしもし」


「あ、ナツーオでーすかー?わたーしでーす!」


 プツン!?


 な、なんであの人が携帯電話の番号を知ってるんだよ……


 その後も着信が入っていたけど、僕は気付かないふりをするしかなかった。

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