第9話 アイドルと大女優

「ここは芸能クラスでしょ?多少はお仕事も野外授業と認められるから出席日数さえ足りていれば、どんなに頭が悪くても留年するはずないじゃない」

「去年はまったく学校に来なかったから仕方ないよ」

「え?……まさか犯罪で捕まってたとか?」

「んなわけあるか!オタクは犯罪者じゃないから!」


 去年ほとんど学校に来れず出席日数が足りなかったのは事実だ。

 ただし理由は犯罪とか引きこもりだとかそんな辛い話ではない。

 親父が急遽アメリカ大使館に派遣された際に、一緒に僕もアメリカへ渡っていたのだ。

 そしてどうしても叶えたかったあの人の夢を僕が……


「あんたが芸能クラスってだけでもビックリなのに、同じクラスだなんて二度ビックリだわ」


 とうとうナツお兄ちゃんじゃなく、あんたってクラスで言っちゃう方がビックリだよ。

 一般クラスじゃないからクラスメイトが詮索も興味も示さないのが救いだけど。


「ぷはー!ちょっとナツ兄!口を塞ぐならもっとやり方ってもんがあるでしょ!ほら?」


『みかちゃん』が両手を広げてゆっくり目を閉じる。唇を少し尖らせているけど……


 さっき言った言葉をそのまま返してやりたい。

 冗談とはいえトップアイドルがオタクに対してキスをせがむような姿を見せるとはおちょくるにしたってやり方ってもんがあるだろ。


 これは兄貴分としてお仕置きが必要かもしれない。

 男の怖さを思い知らせてやろう。


 僕は鞄に入っているチュッパチャプスの包みをはずして『みかちゃん』のプルンとした唇へとゆっくり押し付けた。


「う、うぁ」


 思いもしていなかった攻撃に体を小刻みに震わせ、声を上げている。


「ナツ兄……なんだか……あ、甘くていい香り……」


 そりゃそうだろ。

 チュッパチャプス舐めんなよ!いや、舐めるのが正解だ。


「はーい!ストップ―!あんたの変態プレーにうちのメンバーを巻き込まないでくれるかな!?」

「プレーもなにも先に仕掛けてきたのは……ご、ごめん!」


 『かおりん』が両腕を組んでこちらを威嚇するように仁王立ちをしている。


 あわわわわわ!!!!


 決して怖いからではない。

 あ、あのスーパーアイドル『かおりん』が、僕だけの為に仁王立ちをしているのだ。


 ステージ上ではファンみんなに対して平等にサービスを行うのに、僕だけのワンマンショーだよこれ!


 鞄に入っているスマホを急いで取り出すと同時だった。


「あ、あんたスマホなんか出してなにする気?まさか盗撮じゃないでしょうね!」

「目の前にいたらそれは盗撮じゃないでしょ。はい、こちらに笑顔くださーい!」

「あ、はーい!……じゃないわよ!撮ったでしょ?ちょっと見せなさい!」


 神対応するアイドルの宿命だろう。

 プロのカメラマンが声をかけるようなノリで声をかけたら、あっさりのってくるとは……


 スマホに写っている写真を3人でみるとそこには―――


 笑顔で仁王立ちをしている『かおりん』の奇妙な姿が。


「ちょ、ちょっとこれはないでしょ!すぐ消しなさいよ!ってか貸しなさいよ!」

「はーい!撮りなおしますのでポーズくださーい!」

「あ、はーい!……あっ」

「ふ、チョロインアイドル……」

「なに言ってるのよ!『みかちゃん』もう行こ!」


 チュッパチャプスを口いっぱいに頬張りながらジト目で見てくる『みかちゃん』はなにか言いたげだけど、『かおりん』に連行されていった。


 ……ぷはー!2枚も写真ゲットだぜ!

 隠し撮りじゃないし本人がポーズ撮ったんだから公認だよねこれ?


 またひとつ宝物が手に入った。


 間もなく授業が始まるので席に着く。


 ……ん?


『かおりん』は編入してきたばかりだから知らないだろうけど、いま着席している席は…


「ちょっといいかしら?アイドルか何か知らないけどそこはわたしの席だから」

「あ、ごめんなさい。たしか女優の北条麗華ほうじょうれいかさんでしたよね?今日から編入してお世話になります東条香織です。よろしくお願いします」

「と、東条?よ、よろしく」


 分かりやすいくらい動揺しながら、こちらを見て睨みをきかせてくる北条さん。

 同学年とはとても思えないような落ち着きはらった態度しかクラスでは見せないはずの北条さんの姿にどよめきがおこっていた。


 それもそのはず北条さんはとても小さな時から子役として数々のドラマに出演している芸能人であり、この年齢ですでに大女優の風格さえ漂っている存在なのだ。


 綺麗に手入れされまとまったセミロングの髪に端正な顔立ち、そして大人びた雰囲気は正統派な美人であり大学生として見られてもおかしくない落ち着きがあった。


「夏男くん。昼休みに話があるからお昼をご一緒しましょう」

「あ、今日は『かおりん』が……」

「夏男くん!」


 教室中に響きわたる凛とした大女優北条さんの声。声。声。


 ……声なだけに、こえーよー!!!!


 恐怖のあまりオヤジのようなダジャレしか出てこないちっぽけな脳みそが嫌になってくる。

 

 気付けば『かおりん』はわたしは関係ないオーラを出して黒板付近で先生が来るのを待っていた。席を決めてもらうためなのと、さすがのスーパーアイドルも芸能界の大先輩である北条さんから逃げたのだろう。


「みんなごめんなさい。ドラマの台詞の練習も兼ねて夏男くんを呼んだだけだから気にしないで。じゃあ夏男くんお昼休みに」


 絶対そんな感じじゃないとわかっていても芸能界の上下関係は非常に厳しい。

 芸能クラスなので、苦笑いを浮かべながら何事もなかったように取り繕う生徒達。


 いやいやいや、結局僕だけ返事もしていないのに呼び出し決定事項になってるじゃん!

 なにみんな生贄がいて良かったみたいな顔してるのさ。


 ほんとは地獄なんだから……


 昼休みがこなければいいのにと切に思う僕だった。

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