第8話 アイドルと初登校
結論から言おう。
『かおりん』と薔薇色のタンデム通学が始まると有頂天になっていた僕の考えは脆くも崩れ去って行った。
もちろんリアシートには僕にヒシっと掴まる可愛い義妹のアイドル様が乗っていた。
しかし問題だったのは学校に着いてからだ。
前日に学校へ挨拶しに来た事で、部活動中の数名の生徒に目撃されていた。
おそらくそれが原因だろう。今日から『かおりん』が登校することをほとんどの生徒がすでに知っていたのだ。
芸能クラスのあるうちの学校で、アイドルが登校して来ることなどたいして珍しくはない。
その中でも『みかちゃん』も含めて『キャンディーシスターズ』だけは別格の存在なのだ。
そのセンターを務める『かおりん』は圧倒的存在。
他を寄せ付けないほどの絶大な人気を誇っている。
そんな彼女を今か今かと待ち構えていたところへ、何も知らないオタクライダーは派手なバイクで駐輪場にアイドル様を乗せたまま停めてしまったのだ。
『かおりん』がヘルメットを取った瞬間の歓声ときたら、まるでライブが始まる前かのような盛り上がりだった。
なんでバイクで来ることまでバレてるんだよ。昨日見られていたのか?
そして僕がヘルメットを取った瞬間ときたら、憎悪の目が突き刺さり辛かった。
どこが素晴らしい学園生活の始まりだよ。
せっかく大好きな『かおりん』との初登校なのに針のむしろじゃないか。
一方の『かおりん』はといえば、それが当たり前かのように微笑みながら平然としている。
『ほら、いつまでわたしを見世物にする気?ちょっと怖いから校舎までは一緒に来てよ』
『かおりん』が僕にしか聞こえないほどの、小さな声で話しかけてきた。
……一緒に来てよ……一緒に来てよ……一緒に来てよ……
うおおおおお!!!
一緒に来てよいただきました!!
特別な男認定もらい頼りにされました!!
ここは兄らしく、
「ああ香織、そろそろ行こうか」
「な、なに泣きながらカッコつけてるのナツお兄ちゃん。後でいろいろ話し合いが必要みたいですね。学校で名前呼ばないでね恥ずかしいから」
スーパーアイドルの笑顔で言ってるけど、ものすごい圧力を感じる。
目が……すごく怖い。
背筋にゾクゾクとした感覚を覚えながら、僕たちは校舎へと入っていく。
なんだこれは!?
校舎に入るとさらに酷い人だかりが押し寄せてきた。
「か、『かおりん』大丈夫?」
「いつもこんな感じだから問題ないわ」
僕が道を作り『かおりん』をなんとか芸能クラス1年生の教室まで送り届ける事が出来た。
この学校は他にも芸能人がたくさんいるのに、ここまでパニックになるとは恐ろしいほどの人気だ。
そんな彼女が義妹とは……
改めて僕は幸運な男だと実感した初登校だった。
「ありがとう。もう大丈夫だから自分の教室へ戻って。遅刻するよ」
「ああ、それなら大丈夫」
「大丈夫ってあんた…じゃなくてナツお兄ちゃんは1つ年齢が上だから2年生だし、ここはそもそも芸能クラスだよ?一般クラスは少し離れてるから急がないと」
……そう。
僕は現在、芸能クラス1年生の教室にいる。
なぜならこのクラスの生徒だからである。
「あ、ナツ兄おっはよー」
「おう、『みかちゃん』おはよう」
「ちょ、ちょっと待ってよ!なにナチュラルにふたりで挨拶交わしてるのよ。こ、こい…うちの兄は一般クラスのはずでしょ?少なくても2年生のはずでしょ?それなのに―――」
「ナツ兄は芸能クラスだよ。『かおりん』知らなかったの?」
さも当たり前のように『みかちゃん』が『かおりん』に答える。
なんだか少し……自慢気に教えてあげていたのは気のせいだろうか……
「えーーー!なんでコイツが!!……あっ!」
……コイツって言っちゃったよ。
「何言ってんだよ、コイツ―」
僕は『かおりん』のおでこに、人差し指で軽く押して冗談ぽく言ってみる。
も、もちろん死ぬほど大好きなアイドルの顔に触れた指は、小刻みに震えまくっているのは言うまでもない。
あ、ぷにぷにして弾力があって人生で経験したことのない感触だ。
……ここは天国ですか?
「ま、またそんなことしてー!おうちじゃないんだからやめようよ」
どうやらクラスの好奇な視線に気付いてくれたようだ。
僕に合わせて猿芝居に付き合ってくれた。
ただ目だけはさっきよりもさらに鋭さを増している……くぅー!ぞくぞくするぜ!
「芸能クラスは百歩譲って信じるけど、学年はどうしてなの?」
「それはナツ兄が、かいが――モゴモゴ……」
僕は思わず『みかちゃん』の口を手で塞いでしまった。
幼馴染じゃないとアイドルの口を塞ぐなんて真似は恐らくできないだろう。
一歩間違えば犯罪者扱いにされてしまう。
「それは……僕がいろいろあって留年してるからだよ」
僕が答えると『かおりん』はびっくりして僕を指さすし、『みかちゃん』はジタバタ暴れるしで他人が見たら羨ましいような光景が朝から広がっていた。
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