第7話 アイドルと起床攻防戦
時刻は午前5時30分。
日課のジョギングを終えてシャワーを浴びる。
オタクの僕だけど、体を鍛えるのは毎日欠かさない。
キャンディーシスターズのライブはスタンディング形式なので、最後まで全力で応援するのに体力は絶対不可欠なのだ。
着替えを済ませ、パンを焼きコーヒーを淹れる。
ささっとベーコンエッグも作り時計を見ると、ちょうど6時になったので昨日の『かおりん』の言葉を思い出した。
ちょっと眠そうなあどけない顔も昨日は可愛いかったな。
あれは休日だから寛ぎすぎて見れた表情だろうし、ラッキーだと思わなくちゃ。
ご飯も出来たことだし、時間もあまりないから迷った挙句に2階へ上がり『かおりん』の部屋の前に立つ。
こ、このドアの向こうに『かおりん』は起きて着替えをしているかもしれない。
着替えている音が聞こえてこないかと、耳をすませて意識をドアの向こうに集中すると―――
「ゴー……ゴー……」
ん?エアコンの音かな。
でもまだ春だしエアコンはつけていないよな。
「ゴーーーー……ゴーーーーー……」
さらに勢いを増す音が聞こえてきた。ドライヤーでもかけているのか?
段々と不安になってきた。
ご飯も冷めちゃうし、ここは意を決してドアを開けよう。
いいよね?仕方ないよね?ラッキースケベないかな?
最後は願望が入ってしまったけど緊張してドアを開けると―――
ああ、予想通りフローラルのいい香りが部屋を満たしている。
部屋も掃除機をかけた直後とは違って、ピンクを基調とした部屋は、THE・女の子って感じに仕上がっていてとてもかわいい。
そんな雰囲気の部屋にひときわ不釣り合いな音が鳴り響く。
「ゴー……ゴー……」
……カレー?
謎のツボにハマってしまい、笑いそうになってしまった僕だったけど、発生源と思われる音の前で絶句した。
「……」
『かおりん』が……『かおりん』が……いや違う。僕の気のせいだ。スーパーアイドルの『かおりん』がいび……口から空気が漏れているだけだ。
アイドルの仕事や引っ越しがあったから、すごく疲れているだけだ。
時間も6時10分を回っているので、早く起こしてあげないと。
ちなみに、いび……じゃなくて口から音は漏れ続けているけど、寝顔は最高に可愛い。
もしかして『かおりん』の素の寝顔を見た初めての男は僕!?
寝顔の初めていただきました!!!
「『かおりん』6時過ぎてるよ。そろそろ起きて」
「ゴー……ゴー……」
まさか……
枕元においてある目覚まし時計はしっかりと止めてある。
6時30分に起きれば学校には十分間に合う時間だけど、嫌な予感がしてきた。
ここは目覚ましのマネ作戦でいこう。
「ピピピピ、ピピピピ、ピピ…うわ!いたっ!?」
オタク目覚ましに反応した『かおりん』が、目覚ましを止めようと僕の頭を思いっきり上から叩いてきたのだ。
うぅ……
目から星がチラホラ見えるくらいの衝撃を受け、オタク目覚まし時計は機能を停止した。
何度揺すっても声を出してもまったく起きる気配すらない。
か、『かおりん』に何度も触ってしまった……
その後、何度も起こす努力をするけどまったく起きてくれない。
これって俗に言う、ムリゲーじゃね。
ここで僕は良子さんからもらっていた、『かおりん取扱説明書』の存在を思い出した。
緊張していた僕に気を遣って冗談のつもりで手渡されたのかと思っていたけど……
急いで自分の部屋に戻り、説明書を探しパラパラとページをめくっていくと―――
ほんとにあった!これでおそらく間違いないだろう。
『かおりん起動方法』の部分を早読みする。
う、うそでしょ良子さん。
あなたは母親でありながら義兄とはいえ血の繋がらない男性に、年頃の娘に対してこんなことをしろって言うんですか?
葛藤しながらもそんなに時間はないので早急に決断しなくてはならない。
仕方がない、恥ずかしいけどやるか……
『かおりん起動方法』を実行することに。
まずは『かおりん』の顔の近くまで僕の顔を近づける。
ま、まずい。い、いい匂いがする。油断したら理性が吹っ飛んでしまいそうだ。
しかし僕を信頼してくれた良子さんを裏切るわけにはいかない。
僕は『かおりん』の耳元でこう囁いた。
「香織、もう朝だぞ。その美しい顔を早く俺に見せてくれないか」
「ヒャい!?」
えええええ!
あんなに揺すっても声を出しても起きなかったのに、顔を真っ赤にして飛び起きたよ!純情か!
あ、それより早く部屋を出なきゃ!
良子さんの残してくれた説明書では、囁いた後は即時撤退の注意書きがある。まるで軍隊かよ。
あたふたしている『かおりん』をもっと見ていたいけど、これ以上危険はおかせないので急いでリビングへ戻って朝食を食べ始めた。
やがて5分程すると、顔がシャキッとしてる『かおりん』が階段を降りてきた。
「おはよー」
「お、おはよう」
なんだかすごく機嫌が良さそうだ。
「なにかいいことでもあったの?」
「ちょっと良い夢を見れただけよ。あんたには関係ないでしょ。今日は今までで最高の夢だったからこれ以上話しかけないでくれる?」
……それが関係大ありなんですけど?
オタクにはクソ恥ずかしい台詞を囁いたのは僕なんですけど?
人の苦労も知らないでと普通なら怒るところを笑顔で返す。
「いい夢見れて良かったね」
朝から寝顔やご機嫌な顔も見れた僕もまた、この日が人生で最高の朝だった。
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