第6話 アイドルとエキス
「こんなもんかな?あとは掃除機かけておくから」
「掃除機なら使える。ママが前に買ってくれたから。あ、でも充電が切れてるみたい……」
「ロボット掃除機か……心配ないからリビングでテレビでも見てなよ」
「そ、そうする」
『かおりん』の部屋の片づけをほとんど僕がしたので、すっかり元気がなくなってしまった。
スーパーアイドルなら普段は周りがなんでもしてくれるだろうし、少しでも『かおりん』の役に立つのなら僕は逆にお世話が出来て嬉しいから気にする必要はないのに。
僕なら『かおりん』となら奴隷契約だって喜んで結ぶだろう。
あ、今なら昨日の洗濯物をこっそり返すことが出来るじゃん!?
1階のリビングからはテレビの音と少し調子の戻ってきた『かおりん』の笑い声が聞こえてくる。
声だけでも可愛いなんて天使かよ。
僕は急いで自分の部屋に戻ってから洗濯物を腕に抱えて部屋を出る。
「あっ」
「あっ……ああああああああ!!!!!!!」
部屋を出ると、そこにはリビングでテレビを見て寛いでいるはずの『かおりん』が、決して見てはいけないものを見つけてしまったと言わんばかりに驚愕の表情を浮かべて僕と下着を交互に指さしている。
「あはは、ピンクって似合いそうで可愛いよね」
「このヘンタイ!」
バチン!
……ふ、いいのをもらっちまったぜ。言い訳するのも男らしくないのでここはやめておこう。
「それ、昨日の夜に洗濯してくれたわたしの下着だよね?まさか自分の部屋で一日干しながらじっくりベッドから鑑賞してたの?それとも一夜漬けのつもり?発酵されてさらに興奮するとか?」
興奮して自分でもなにを言っているのか分かってないのか、後半はまるで僕のような思考になってないか?
ちゃんと洗ってあるから、漬けてもいないし発酵させ……それはいいかもしれない!?
「あ、ちょっといいかもって思ったでしょ!」
「誘導尋問はずるいでしょ。ちゃんときれいに洗ってあるから」
「それでも許せない!罰としてこれからは毎日洗濯してよね!下着だけはわたしが干すから」
「わ、わかってるよ」
「なら許してあげる」
「へっ!?」
もっとご褒美……じゃなくて怒られるのかと「期待してたのに」、やけにあっさりしてないか?
あ、期待してるって言っちゃった。
僕から自分の洗濯物を奪い返すとスタスタと何もなかったように、部屋へ入って行った。
両手が塞がっていたからちょっとだけ『かおりん』の部屋のドアが開いている。
鼻歌を歌って上機嫌なんですけど……
しかもキャンディーシスターズの歌かよ!超レアかよ!
さっきまであんなに元気がなくなっていたけど今は心配なさそうだ。……ああそうか。
家事を全部僕にやらせて肩身が狭いから合理的に仕事を与えた形を作ったのか。
きっと洗濯も任せきりで悪いと思って、僕にお願いしようと決心して部屋を訪ねてきたのだろう。
そうでなければ僕の部屋の前までくるはずがない。
根はやっぱり素直でいい子なんだ。
上機嫌の『かおりん』をいつまでも見ていたいけど、大好きなアイドルを盗み見するほど僕のマナーは悪くない。
気付かれないようにそっとドアを閉めると、静かに階段を降りて行った。
* * * *
昼間に思いがけないお風呂に入ったので先に夕食を済ませ、現在『かおりん』がお風呂に入っている。
昼間はそれどころではなかったので意識しなかったけど、昨日との違いは……
ザザァー。シャー。
微かにお風呂場の方から音が漏れてくる。
なんと今回は入浴中でもリビングで過ごす許可が出たのだ。
にゅ、入浴中の音が漏れてくるだけで想像してしまうのは、僕だって年頃の男の子だから仕方ないよね?
いままであんなに遠い存在だったスーパーアイドルが、ほんの数十メートル先でお風呂に入ってる。
しかも僕が洗った湯船に浸かっているということはつまり……
僕の手が間接的に『かおりん』の体を触ってるのと同じことじゃないのか!?
や、や、やばいだろこれ。なんだか手が震えてきちゃったよ。
昨日の下着なんか問題じゃない。←(もっとすごいことに気付いていません)
気付けば僕は両手を頬に当てていた。あ、柔らかい。←(頬っぺだから当たりまえです)
これが毎日続くの?本当にタダでいいのこれ?
毎日限定イベントが目白押しだよ。
限定イベントが頭から離れなかったのだろう。
『かおりん』がお風呂から上がってリビングに姿を現すと、僕は無意識に拍手をしていた。
「な、なんなのよ?気持ち悪いわね。ここは温泉施設のショーかっての」
「だって日本一可愛いアイドルの湯上りだよ?それが義妹だよ?嬉しくてつい……ううう」
「ほ、本気で泣きださないでよマジで引くから」
「ご、ごめん」
「ほら早くお風呂入ってきなさいよ。保温にしてるからすぐは入れるわよ」
……え?それって『かおりん』エキス入浴剤入りってことですか?
「うおおおおおおおおお!」
「きゃー!お風呂入るだけで急に大きな声出さないでよビックリするから」
あ、しまった。声に出したのも気付かないほど興奮してしまった。
今日はゆっくり湯船に浸かって、一杯やるかな。
瓶に詰めるのは明日以降にしておこう。
「ねえ?変なこと考えてないわよね?」
「ゼンゼンカンガエテイマセン」
「なんでかたことの日本語なのよ!」
「外交官の息子なので」
「もういいからさっさとお風呂に入ってきなさいよ」
「はーい」
さっきの驚いた顔も可愛いすぎるだろ。
前よりもさらに好きになってるなこれは。
『かおりん』に手を振りながら、バスルームへと向かうがもちろん相手にされなかったのは言うまでもない。
「あー、格別のいい湯だった」
ゆっくりとお風呂を堪能して、リビングへと戻ってきた。
肌のツヤがいいのは気のせいではない。
こんなに自宅のお風呂に感激したのは、初めてだ。
理由は……あえて内緒にしておこう。ふふふ。
「……あのさ、明日からなんだけど、バイクに乗せてもらったらダメかな?」
「え?僕も普段は20分くらい歩いて行くけど、何か不安なことでもあるの?」
「通学中の制服姿を隠し撮りされたりしたことがあるのよ。しかも勝手にネットにあげられて。それからはママの車で送り迎えしてもらっていたから、ちょっと徒歩は怖くって」
そんな非常識な奴がいるとは許せねー。
あくまでも応援するのが目的で付き纏うのはただの迷惑行為だろ。
「僕のバイクでよければ、リアシートは『かおりん』専用でいつでも空けておくよ」
……くぅー!決まったなこれは。どんな女もイチコロだろ。
「キモいけど明日からよろしく。じゃあおやすみ。わたしは6時に起きるから。ほんと6時に起きるから覚えておいて」
「お、おやすみ……」
まさかの無反応……かっこワル。
あと疑問がひとつ。
なんで2回も起きる時間を僕に伝えたのだろうか?
寝顔を見たら殺されそうだけど……
一応覚えておいて、僕も歯を磨いてそろそろ寝ることにした。
タンデム通学……興奮して全然寝れる気がしないけど、楽しい学園生活が始まりそうだ。
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