第5話 アイドルとお洗濯

「それでさっきの話はなんだったのよ?」

「ちょっとしつこい勧誘に誘われてて」


 学校案内をしてくれるはずだった花咲先生に急用が入ってしまったらしく、「後はお兄さんなんだから一条君が案内してあげて」と言って何処かへ消えてしまったのだ。

 

「あんたの事だからどうせ変な―――あ、こんにちは。ありがとうございます」


 学校案内をしていると、他校の生徒であるはずの『かおりん』が突如出現したので部活動に出ている学生が興奮気味に声を掛けてくる。


 さすがはスーパーアイドル。僕と会話をしているにも拘わらず、瞬時にアイドルモードへと変身し華麗に手を振りながら空気を受け流すような見事な動きだ。


 ……ああ、こんなに可愛くて愛嬌たっぷりな姿を真横から見れるとは……なんて僕はラッキーなんだ。


「ちょっと!なに人の事をジロジロ見てんのよー?キモイんだけど」

「あ、ファンの人が」

「こんにち―――って誰もいないじゃない!このクソオタクが」


 ……ああ、こんなに罵られて蔑まれた顔を真横から見れるとは……なんて僕は最低男なんだ。


「アイドルがそんな言葉遣いじゃダメじゃないの?」

「あの姿はみんなが求める理想の形を演じてるだけ。わたしはアイドルだから。これはみんなに夢を与えているお仕事なの」


 一見冷たい言葉のように思えるけど、彼女の表情からも分かるように、なにかしら事情があるのは間違いなかった。

 家族として認められ『かおりん』がいつか話をしてくれるまでは、見守ることにしよう。


 それにしても……


「いつもこんなに声をかけられるの?これじゃ全然気が休まらないじゃん」

「まだ学校の中だからいつもより少ない方よ。それより驚きなのはあんたの方よ。だいたいわたしの周りの人達は、アイドルの『かおりん』としか見ないからオドオド話しかけてくるのに、ここまで意識せずにナチュラルな人は初めてよ。大抵は芸能人相手だと卑屈になるから」

「最初は僕もそうだったけど、ナツお兄ちゃんだからね」

「少しは気を遣いなさいよ。キモオタク」


 ……本当は全然ナチュラルなんかじゃなくて、今でも僕にとって女神様だし好きで好きでしょうがないんだけど義妹だから。

 病気的なくらい好き過ぎて、暴走しないようにこれでも制御してるんですけど?


 ……あ、また応援されてる。


 一緒に歩いてるだけで僕がこんなに疲れるなら、彼女は何十倍も疲れるはずなのに嫌な顔一つ見せないのはすごいな。


 ん?嫌な顔してる。


「そんなにガン見するならお金取るよ?」


 ……その軽蔑した態度は僕にかよ。でもそれで気が済むならいくらでも僕にストレス発散してくれ。


「家族割ってあるかな?」

「スマホじゃあるまいしあるわけないでしょ」

「じゃあ分割払いで」

「わたしは取り立て屋か!」


 スーパーアイドル『かおりん』とほんの少しだけ距離が縮まった気がする。


「もっと離れて歩いてよ」


 ……気のせいだったようだ。



 さっきから一緒に歩いているのに不思議なことがある。


 普通はこんなアイドルと一緒に歩いていたら、視線が痛いとアニメとかでみたけど僕には憐みの視線しかないのはなぜだろう?


「あんたの影の薄さはすごいわね。自惚れじゃないけど並んで歩いていたら、いつもなら大惨事よ。アサシンにでもなれるんじゃないかしら?」

「そしたら真っ先に『かおりん』の部屋に侵入して……」

「わたしに社会的に抹殺されると」

「『かおりん』にいろいろお仕置きされるほうがいい」

「ま、マジでキモイんだけど。そ、そろそろ帰って引っ越しの片づけしなくちゃ。外食は大騒ぎでまともに食べれないから家で食べましょう」


 僕の本気のお願いにドン引きされて、話を逸らされてしまった。自分でもキモイと思う。


 帰りももちろんバイクで帰ったけど、『かおりん』を下ろした後になぜか足を踏まれて喜んでしまった。これって本気でやばいかも!?



 * * * *


「お昼ご飯は簡単なものを作るから、ゆっくりしてて」

「わたしは自分の分だけでも、せ、せ、洗濯でもしておくわ」


 ……まずい。

 昨晩の洗濯物がまだ僕の部屋に干してあるはずだ。

 やけにソワソワして気付いていないみたいだけど……


 お昼は僕の得意な黄金チャーハンとスープにした。


 しばらくして絶妙なパラパラ加減のチャーハンが出来上がりスープも用意していると―――


「ちょ、ちょっとナツお兄ちゃん助けて!!」


 洗濯機を回して部屋で片づけでもしているはずじゃなかったっけ?


 急いで脱衣所へと向かうが……


「いったいどうしたらこんな事になるの?」

「こ、この洗濯機が壊れてるのよ!」


 脱衣所はまるでアニメか!?と思うくらいの泡でいっぱいに満たされていた。


 呆然としている『かおりん』の手には洗濯用洗剤の容器が握られている。


「どれくらい洗剤入れたの?」

「容器半分くらい」

「……」


 昼食を食べる前にバブル地獄をなんとかして、お風呂に入ることになったのは言うまでもない。



「……で洗濯はしたことがないと?」

「全部ママがやってくれていたから」


 ここで僕はふと思い出す。


 たしか良子さんは「アイドル業が忙しくて本当になにも出来ないから」と。


「家事全般で出来ることは?」

「ホットミルクを温めること」


 ……か、可愛い。じゃなくて家事じゃねーだろそれ!!


「あ、あとは……」


 お?他にあるのか?


「テレビとエアコンを付けられるしお部屋の電気も点けられる」


 ド、ドヤ顔で言われても。


「す、すごいね」


 褒められて嬉しそうに微笑むアイドル様。

 ……3歳児みたいで超可愛い。



 どうやら彼女は僕がいないと生きていけないような気がしてきた。


 良子さん!どうもありがとうございます!


 心の中で僕は良子さんにお礼を言った。


 僕に依存して生きていくスーパーアイドル『かおりん』。

 さっきはとっさに「ナツお兄ちゃん」と無意識に言ってくれたし。


 うぉー!宇宙に生まれてよかった!!


 その後、ハイテンションのまま温め直した黄金チャーハンをふたりで美味しくいただいた。


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