第4話 アイドルとアイドル

「明日からは学校でも一緒だね~。それで今日はどうしたの?」

「うん、明日からよろしくね。学校の偵察もかねて編入の挨拶に来たの」


 淡々と会話を始めた『かおりん』の横では、硬直したオタクである僕は腕を組まれたまま立ち尽くしている。


 かおりんもその話し相手もまるで他には誰もいないかのように会話を続けていた。

 さっき名前を呼ばれたのになかった事になってない?


 ま、まさかこれが噂に聞く放置プレー!?


 しかもスーパーアイドル『かおりん』と、その相手『みかちゃん』なる人物もまた負けず劣らずの美少女なので、ゴージャスな放置プレーが繰り広げられていた。


 それもそのはず『みかちゃん』も『キャンディーシスターズ』のメンバーなのだから当然だ。

 くりっとした大きな目に茶色でボブカットの髪、妹キャラで売り出しているので愛嬌たっぷりな性格は年上の男子に人気が高いようだ。


「それでこの状況はどうなっているのか説明してもらえるんでしょ?」

「もちろん。この間、話したわたしの新しい家族で兄のナツお兄ちゃんだよ。とても優しくて学校まで付き添いとして送ってくれたの」


 昨日から今日にかけて『かおりん』の本性を知ってしまった僕は、実に丁寧にゆったりと『みかちゃん』に紹介する姿を見て不謹慎にも笑いがこみあげてくるのを必死に堪えていた。


 それに気付いたのかスーパーアイドルの『かおりん』は、上手に『みかちゃん』の死角になる位置からガツガツと僕のふくらはぎに何度も蹴りを入れてくる。

 

 これにはさすがの僕も怒りの感情が芽生えてきてしまった。


 どうせ蹴るなら年末恒例のテレビ番組でやっている『田中~、タイキック!』を見習って、お尻に強くやってくれないと!!

 

 かおりん!カモン!さあ早く!


 蹴られている僕が、謎の笑みをうかべているので若干ひいてしまったのか期待とは裏腹に『かおりん』の足は止まってしまった。

 なにを間違えてしまったのだろうか?せっかくのスキンシップだったのにがっかりだ……


 しかしこの紹介のくだりは嫌な予感しかしない。

 なぜなら僕とみかちゃんは―――


「そうなんだ?実はわたしもの妹なんだよねー」


 国民的大人気アイドルグループのメンバーふたりが、オタクである僕の妹だと言っている異常な光景はファンが見たら卒倒ものの大事件である。


 驚きの表情を浮かべる『かおりん』が、またも汚物を見るような軽蔑した目つきで僕をチラリと見たけど、幸いにも『みかちゃん』には気付かれていなかった。


 その目……ゾクゾクして癖になりそう。



 * * * *



「なんだ、ふたりは顔見知りだったのね。危ない追っかけに脅されて言ってるのかと思ってビックリしちゃったよ」


 かおりんが、えへへと恥ずかしそうに頭をポリポリといている。


 うおおおおおおおおおおおおお!!!!!


 猛烈にかわいい!!!!スマホで写真撮りてー!!!!僕も頭掻きて―!!!!


 これだけで晩飯にご飯3杯は食べられる。今晩は、えへへ祭りだ。ワッショイワッショイ!


 ん?ところで危ない追っかけって誰の事だろう。少し引っかかる部分があるものの『みかちゃん』は身内のような存在だから温かい目でいつも応援している。

 

「そうなの。ナツ兄とわたしのお父さんが職場の同僚で、小さい頃によくうちに遊びに来ていたの」


 『みかちゃん』と僕の親父は、同じ外交官で海外の大使館に勤める時期がある。

 『みかちゃん』のお父さんが単身赴任でフランスの大使館に勤めていた為、毎日寂しくて泣いていた『みかちゃん』の遊び相手として僕が面倒を見てあげていた。


 その時に年齢が一つ上の僕の後をずっと追いかけていたので、今でもお兄ちゃんと慕ってくれるのだ。

 

 そしてなにを隠そう『みかちゃん』にアイドルのオーディションを勝手に応募したのは僕である。

 とある理由でアイドルオタクになった僕は、身近にいた妹のような存在で美少女の『みかちゃん』ならアイドルになれるんじゃね?と軽い気持ちで応募してしまい、親父にこっぴどく怒られたのは記憶に新しい。


 当人の『みかちゃん』が案外乗り気でオーディションを受けてくれたのがせめてもの救いである。

 そのオーディションを身内席で見に行っていた際に、『かおりん』と運命の出会いをしてしまったのだ。

 見事に合格してキャンディーシスターズに入った『みかちゃん』に、しつこいほど『かおりん』の事を根掘り葉掘り聞くものだから、嫌気がさした『みかちゃん』は僕が『かおりん』を応援することをあまり良く思っておらず、チケットなども自力で手に入れている。


「よかったら学校見学するから『みかちゃん』も一緒に―――」

「あ、もう来てたのね」

「花咲先生すいません。わたしが『かおりん』を足止めしてしてしまいました」


 『かおりん』が『みかちゃん』に学校見学するので一緒にと誘うと同時に、芸能クラス1年生担任の花咲先生が声をかけてきた。

 実はこの先生、グラビアアイドルをやっていた時期があるらしい。芸能生活時代あまり売れなかったようで教師に転身した異例の人物だ。

 グラビアアイドルをやっていただけあって、を持っている。要は巨乳キャラなのだ。


「時間通りだから大丈夫よ。あら、一条くんはお父様の代理かしら?ちょうど良かったわ。また例のーーー」

「送り届ける役目は終わったので、僕はこれで」


 『みかちゃん』と花咲先生まで遭遇する予定のなかった人物と予定外に接触してしまったので、急いでこの場を離れるとしよう。


 ……が、そんなに人生甘くはない。


 この場から逃げ出そうとする僕の上着の腕の裾をガッチリと掴んでいる人物が。


「か、帰りが寂しいから……(帰りどうすんだよこのボケ!)」


 か、か、か、か、か、か、かわいいーーーーー!!!

 

 なにこの可愛い生き物!

 上目遣いで懇願してくる『かおりん』の破壊力に成す術もなく、呆気なく僕は陥落してしまった。


「まったく香織は甘えん坊で仕方ないな。一緒に見学まで付き合うよ(後で殺されるだろうな)」

「ナツお兄ちゃんありがとう。やっぱり優しいね(かおりんも嫌だけど、呼び捨てすんじゃないわよ。後で覚えておきなさいよ!)」


 そのやり取りをジッと見つめている『みかちゃん』。


 ……うん目が怖い。でも不思議なことにゾクっとする感覚はなかった。


「じゃあちょっと説明事項も含めて、座って話しましょう。その後に、一条くんに話があるので逃げないように」

「はい」

「……」


 ううう、『かおりん』に引き止められなければ、速攻で帰るとこだけど、可愛いすぎちゃって帰れなかった……

 先生には話が終わったら、ちゃんとを入れよう。


「じゃあわたしはこれで。かおりん、ナツ兄、また明日ねー!」

「うん、また明日」

「おう、気を付けてなー」


 『みかちゃん』の表情に若干の戸惑いがあったけど、明日にでも話を聞いてあげよう。


 先生からの説明はすぐに終わり、どうせなら校舎を案内してくれる流れになっていた。


 ……が話を忘れていなかった花咲先生が放ってくれるはずもなく、『かおりん』も同席する。


「じゃあ一条くんーーー」

「お断りします」

「だけど先方はーーー」

「お断りします」

「キャンディーシスターズのライブにーーー」

「絶対行きます」


 やっぱりこの教師、面倒くさい……

 隣では口をポカンと開けた『かおりん』が呆然としていた。


 ポカンとしてても……可愛い……

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