第3話 アイドルとお出かけ
本日は日曜日。
もちろん学校はお休みだ。
せっかくの日曜日でゆっくりできるはずなのに、昨日はいろいろありすぎてほとんど眠れなかった。
僕が寝不足になってしまった原因の人物が、まだ眠いのか目を擦りながら起きてきたようだ。
「お、おはよう」
「……ふん!?おはよう」
日本の挨拶に『ふん!?おはよう』なんてあったっけ?
芸能界の業界用語だったりするのかも。
不機嫌そうに起きてきた彼女こそ、いま日本で一番有名なアイドルグループのセンターを務めるかおりんだ。
そして出来立てほやほやの僕の義妹である。
僕はとうとうアイドルと……いや『かおりん』と一夜を供にしたのも同然だ。
朝一番でスーパーアイドルに挨拶をされる至福の時を味わっていると、昨夜起こった事件の質問が前触れもなく始まった。
昨日は僕の生まれたままの姿を見てしまったかおりんが、ビックリして僕にビンタをするとそのまますごい勢いで部屋へと戻ってしまったのだ。
「昨日の夜の事だけど……被ったり履いたり……したの?」
「はい?」
「やっぱり被ったんだー!この変態堂々と―――」
「ち、違うってば!はい?って意味が分からないから聞き返しただけだよ」
その汚物を見るような視線は、出来ればやめて欲しい。
ビンタした事はすでに忘れているみたいだ。結構痛かったけど、あれもご褒美だ。
被る?履く?
「わ、わたしのブラやパンツを被ったか聞いてるのよ!」
「あの?えっ?なに?ブ、ブラ?その……頭……大丈夫?下着は正しく身に着けるものだよ?まあ人の性癖にケチをつける気はないけどさ……」
か、かおりんの意外過ぎる性癖を偶然にも知ってしまった……
僕も昨日は被るべきだったのだろうか?
ガチファンとして失格だ。
あまりにも赤裸々な告白に、僕も混乱してスーパーアイドルにハッキリと指摘してしまった。
もちろん目を合わすごとはできない……
「ちょ、ちょっと何を勝手に勘違いを……って死んだような目で遠くを見つめるな!!」
うは!?……怒った顔も可愛い。
だいぶ兄と妹らしく打ち解けてきたみたいだ。
気分もいいし食事の用意を進めよう。
「目玉焼きとサラダも食べるでしょ?焼き方はサニーサイドアップとターンオーバーのどっちにする?」
「ナチュラルに話をそらさないでくれるかな!?え、え?サニー……ターン」
『かおりん』はアイドル活動が忙しいから英語は苦手なのかも。
「片面焼きと両面焼きどっちがいい?」
「片面焼きで。……じゃないわ!」
「この後、学校に編入の挨拶に行くんでしょ?ほらほら早く席に座って」
初めてかおりんに手料理を食べてもらえる嬉しさと緊張が混ざり合っているのか、アイドル相手に臆せずに話せている。
「そうだわ!ちょっと寝坊しちゃったから急がないと」
「まだ間に合うから焦らないで。はい、朝食をどうぞ」
「あ、ありがとう。オタクのくせになかなか手際がいいのね」
……やばい。ひょっとして褒められたの?脳内はもうお祭り騒ぎだ。
オタクは案外器用なんです。
あ、サラダを食べた。可愛い。
パンの端をかじった。可愛い。
目玉焼きに醤油をかけてる。可愛い。
コーヒーカップを手に取った。可愛い。
こっちを鬼のような顔で睨んだ。怖いけど可愛い。
「そこまでガン見されると、さすがに食べずらい」
「ご、ごめん。こんな簡単な朝食でも美味しそうに食べてもらえたからつい……」
「うちはね、ママも朝早くから会社に行っていたし、わたしもアイドル活動が忙しくて朝食はひとりでホットミルクだけだったの」
「僕も同じようなものかな?おかげで主夫力は高くなったから、困る事はないけどね。片付けはしておくから支度してきなよ。今日はお仕事は?」
「じゃあ頼むわ。学校に挨拶に行ってから、引っ越しの片付けもあるし仕事はオフにしてもらったから午後はレッスンだけよ」
ん?んんん?
これは家族は家族でも兄と妹っていうより、新婚夫婦の会話じゃね?
うおおおおおお!!
心では叫びながらも無意識に顔はニヤけてしまう。
「やっぱりあんたわたしのパンツ被ったのね。ニヤニヤして気持ち悪いわ」
「冤罪だってば。僕はやってない」
それに被るなら僕としてはパンツよりブラの方がいい。
猫耳みたいに山が二つあるから、根拠はないけどきっと可愛いと思う。
かおりんはあの後、僕が下着を干したことに気付いてないみたいだからさすがに黙っている。バレたら殺されてしまう。
だって干しているのが僕の部屋だから。
誰かに見られるかもしれないのに、かおりんの下着を外に干すなんて愚弄な行為を僕には出来なかった。
部屋でもちゃんと目を瞑っているから、まったく下着は見てないけどおかげで寝不足だ。
「ねー?フェイスタオル持ってきてくれるかしら?」
「いま持って行くから待ってて」
……気持ち悪くて嫌われてるかおりん命のオタクな兄と、国民的スーパーアイドルの義妹……だよね?
* * * *
「準備できたわ」
「行ってらっしゃい、気を付けて」
「はぁ?」
「はぁ?」
学校へと出かける準備が出来たと言った『かおりん』だけど、なぜか僕の顔をじっと見て不満そうな顔をしている。
え、アイドルって外国人みたいにハグとかするの?
「タクシーは?」
「タクシーは?」
「チッ!つかえねー」
思わずオウム返しをしてしまいさらに怒らせてしまった。
ハグまで期待してしまい恥ずかしい。
そして『かおりん』の言葉遣いがどんどん悪化してるようだけど、本人も気付いてないみたいだから知らないフリをしておこう……大人だ。
「開け」
「ゴマ」
「犬も歩けば」
「棒に当たる」
い、いきなりなにが始まった!?
アイドルはみんなこうなのか?
「アイドルといえば?」
「かおりん」
「タクシーだっつの!学校までの行き方も分からないし、歩いて行ったら囲まれちゃうでしょ」
「なるほどー」
ガチなかおりんオタクを名乗る物として勉強不足だった。
「今から呼んだら約束の時間に間に合わない……」
「自転車……も顔バレするか。じゃあちょっと待ってて」
―――数分後
「こ、これどこから持ってきたのよ?」
「ガレージ」
「そうじゃなくて!こんなアメリカンなバイクどうしたのよ?」
「うーんいろいろあってもらった」
僕が持ち出してきたのは、ハーレーダビッドソン。
たしか300万円くらいするって聞いたけど、ある理由でもらったのだ。
「もらったって……免許は持ってるんでしょうね?」
「もちろん。僕は早生まれだから取得してから1年以上だしタンデムも問題ないよ」
「なんでオタクのあんたがこんなすごいバイクで似合わない免許まで持ってるのよ?」
「それは―――あ、あまり時間ないよ。さあ乗って乗って。危ないし顔バレしないように、このフルフェイスのヘルメット被ってね」
「あ、でも、え、ちょっと……」
完璧な経歴の『かおりん』に約束の時間に遅刻なんてさせるわけにはいかないので、半ば強引にバイクの後ろに乗せて走り出す。
もちろんVIPを乗せているので安全運転……のはずが。
初めてバイクの後ろに乗った人は分かるかもしれないけど、非常に怖い。
その為か『かおりん』は必要以上にしがみついてくるのだ。
さっきまでブラを被る話しをしていたせいか、それが当たる。当たりまくる。押し付けられてるんですけどー?意識しまくりでいろいろパオーンだよ。
なんとか理性を制御して学校まで到着する。
「予定より早く着いたみたい」
後ろを振り向きヘルメットを脱がせると、なぜか顔を真っ赤にしているアイドル様。
「……カート」
「カート?」
「スカートなのにバイクに跨がせないでよドスケベ!」
「あ……」
彼女が身に着けているのは、少し短めのスカートだ。
乗る時も躊躇していたし、必要以上に摑まっていたのはスカートが捲れ上がらないように必死に引っ付いていたのか。
だから太ももまで僕にピッタリと……
これが噂に聞くラッキースケベか!!!
パシッ!
……叩かれて当然だ。
本人の目の前で間接タッチを試みようと、さっきまで太ももの当たっていたお尻のあたりをさすってしまいそれに気付かれてしまったのだ。僕も大胆な行動に出たもんだ。仕方ないあとで堪能するとしよう。
「エッチ!スケベ!お詫びにさっさと職員室へ案内しなさい」
「はい……」
職員室か、面倒に巻き込まれたくないな。
気分は乗らないけどスーパーアイドルと廊下をゆっくり歩いて行く。
不思議なもので一緒に歩いているだけで、気持ちは盛り上がっていった。
義妹とはいえ、『かおりん』と初の一緒にお出かけじゃね?
「着いたよ。ここが職員室。じゃあ駐車場で待ってるから―――」
「なにかソワソワしてるわね。ははーん、後ろめたい事でもあるのかしら?兄として一緒に来てくれる?」
無理矢理腕を組まれてドアを開けられてしまった。
「失礼します」
頭を下げて挨拶をする『かおりん』。どうやら外向きアイドルモードのようだ。
「あっ、かおりん!」
「あっ、みかちゃん!」
「あっ、ナツ兄」
「え?」
「え?」
「げっ!」
どうやら面倒に巻き込まれてしまいそうだ……
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