第10話 アイドルとお弁当
僕の願いが届くはずもなくあっという間に昼休みを迎えてしまった。
昼休みを告げるチャイムと同時に教室から脱出しようと試みたものの、北条さんが目にも止まらぬ速さで行く手を阻んできた。
身のこなしやば!
武道でもやってるのかよ。
そんな光景を見ている生徒達は、なぜ大女優がここまでただのオタクに付き纏うのか不思議な顔を浮かべている。
「さあ夏男くん行きましょうか?」
「……」
さながら死刑執行へと向かう囚人のような面持ちの僕に、殺意のこもった熱い視線を向けてくる男子生徒達。
代われるものなら代わってあげたいよ!
「北条さんやっぱり……」
「天気もいいしポカポカ暖かい屋上でいいからしら?」
どうやら声が小さくて聞こえなかったみたいだ。
「北条さんやっぱり……」
「天気もよくて暖かい屋上でいいわね」
1度目は同意を求めてきたのに2度目は有無を言わせない口調。
そもそも僕に拒否権なんて初めからないのだ。
がっくりと肩を落として屋上に向かうと、そこにはパラパラと数人の生徒がいる。なぜ人気のありそうな屋上に人が少ないのか。
その理由として屋上は芸能クラスにしか解放されていないからだ。
どうしても有名人の多くが通うこの学校には、芸能人と少しでもお近づきになりたいと思い入学してくるものも少なくはない。しかしここは学校である。
芸能クラスに通う生徒もまた高校生なのだ。
その為、プライベートを確保するためのスペースとして屋上が提供されていた。
芸能クラスの生徒の中には、台詞や歌や楽器演奏の練習をしたりと活用している。
「あ、あそこのベンチに座ってお昼をいただきましょう」
「あ!売店でパンを買ってくるの忘れちゃったよ。悪いけど先に食べてて―――」
「夏男くんのお弁当もあるから問題ないわ」
……ですよねー。
一瞬ピリッと緊張がはしったけど、「ありがとうございます」とビクビクしながら答えると北条さんの表情が少し綻んだ。
北条さんが持ってきた包みを開けると、ピンクとブルーのお弁当箱が2つ入っていた。
「はい。夏男くんのはブルーよ、うふふ」
「あ、ありがとうございます……」
はぁ……緊張する。
色違いでおそろいの弁当箱を渡されると、不審者のようにこそこそとしてしまうオタク。
付き合っているわけでもないのに大女優に手作り弁当を堂々と渡されれば、周りから誤解されないように怪しい動きになるのは当たり前でしょ。
お弁当箱の蓋を開けるとそこにはカラフルな色とりどりのおかずが入っている。
あ、大好きな甘い卵焼きだ。
僕は好きなものは最初に食べる派なので、迷わず口へと運んでいく。
うん……相変わらず文句のつけようがないくらい美味しい。
幸せな気分に浸っていると……
「だらしない顔。キモ!」
いつの間にか『かおりん』と『みかちゃん』が僕等の近くまでやってきていた。
そんな言葉を浴びせられても、少しもショックなど受けない。
逆にテンションが上がっていくのが自分でもわかる。
うおおおおおお!チャンス到来じゃん!!
急いで大好きな卵焼きを頬張り、『かおりん』を見る。
モグモグモグモグ……ゴックン。
「うーん最高!!」
この一言で大女優の北条さんと、スーパーアイドルの『かおりん』の対照的な姿が。
北条さんは満面の笑みを浮かべると自分の弁当箱をつつき、お箸で卵焼きを取ろうとしている。
たぶん褒められたことが嬉しくてお裾分けしようとしているのだろう。
かたや『かおりん』は、食べながらジッと自分の事を見てくるオタクに寒気がするほどの気持ち悪さを感じていた。
「ちょ、ちょっと……目でセクハラしないでよ!」
「静かにお弁当を食べているだけです」
すまし顔で平然としたフリで答える。もちろん出来る限りのやせ我慢をして。
うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!
やった!大好きな卵焼きをおかずに、これまた大好きな『かおりん』をおかずとして食事をする。
ああ、普通に食べるより2倍……いや4倍幸せだ。
やっぱこれからの流行りは『エッグベネディクト』より『エッグかおりん』だな。
「それよりお昼ご飯の話よ。さっき『みかちゃん』と食堂に行こうとしたんだけど、わたしたち二人が揃ってしまうと他の生徒達がスマホで撮影しようとしたりしてくるからとても落ち着いて食べられないのよ」
「なーんーだーとー!」
『かおりん』の話を聞いて自分でも恐ろしくなるような冷たい声がでる。
北条さんに強引に誘われるまで、予定では僕も一緒に食堂でお昼ご飯を食べる予定だったのだ。
何度も言ってるけど僕にはオタクとしてのプライドがある。
それは大好きなアイドル達に接する時は、誠意とモラルを大事にすること。
プライバシー侵害なんてもってのほかだ。
ふと『かおりん』と『みかちゃん』の手元を見れば、売店で購入したと思われる惣菜パンが。
スーパーアイドルが惣菜パンしか食べれないなんて……不憫すぎる。
「な、なに憐みの目をこっちに向けてくるのよ!その可哀想にって表情やめてくれないかな?」
「だって……日本を熱狂の渦に巻き込んでるスーパーアイドルが惣菜パンだけって……」
「あ、あんたバカにしてんの?義兄ならなにかいい方法を考えてよ」
そうだった。今すべきことは兄として一ファンとして二人を助ける事。
……これしかないか。
「じゃあ明日からお弁当を作るから」
「なっ!?」
「えっ!?」
「えっ!?」
僕の出した提案に、それぞれ違った反応を見せている。
『かおりん』のためにお弁当を作るといった途端に、北条さんは驚愕の表情を浮かべ卵焼きを落としてしまった。ああ……卵焼きが……
『みかちゃん』は、この展開をある程度予想していたようで頭をポリポリと搔いている。
『かおりん』は北条さんの表情をまじまじと見て、なにか考え込んでいる。
そんな中、沈黙を破ったのは大女優の北条さんだった。
「あ、あの……夏男くんがお弁当作るなら、わたしが作ったものと交換して食べるとかどうかな?」
「はい?」
そこにいたのはひとりの乙女。もはや大女優のオーラは消えていた。
「ちょっとハッキリさせたいので失礼を承知でお聞きしますけど、北条さんほどの方がどうしてうちの義兄にお弁当を作ってきたりしてるんですか?コイツはただのアイドルオタクですよ?」
……ここまできたらコイツでもオタクでもいいです。
もっと言葉の暴力をください!ゾクゾクさせてください!
「あなた……やっぱりなにも分かってないのね。彼は只者じゃないのよ」
再び大女優のオーラを全開にした、北条麗華の姿がそこにはあった。
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