第11話 アイドルと息子

「あなた……やっぱりなにも分かってないのね。彼は只者じゃないのよ」


 え?そうなの?

 いきなりハードルを上げられても、鼻から牛乳を飲むとかできないよ。


「それはどういう事ですか?コイツになにか秘密でもあるんですか?」


 『かおりん』がなにかあるなら教えてくださいって顔を北条さんに向けている。

 できればこっちのアングルにもお願いしたい。

 だって僕の秘密を暴露しようとしてるのだから。


 北条さんは『かおりん』から目線をはずすと僕の方をじっと見つめてきた。


 ……いや、そこは頬を赤く染める流れじゃないから!

 人の秘密って軽い物じゃないから!


 僕は北条さんに絶対にダメ!っと目で訴えながら頭を小刻みに横にふる。

 これで意思は伝わるはず……と思ったんだけど、ここで横やりが入ってしまった。


「ナツ兄大丈夫!?ふたりが揉めてるからひきつけを起こしちゃった!!」


 『みかちゃん』……違うから。

 話が全然進まなくなるから。出番が少ないからってしゃしゃり出て来なくても。


「思考が残念アイドルは黙ってなさい!!」


 ピシャリと『みかちゃん』の言葉をシャットダウンし、再び「彼は只者じゃないのよ」と喋りはじめた。

 だからさっきからダメ!って伝えてるのに。


 すると、北条さんは目を合わせている僕にしかわからないように一瞬だけ怪しい笑みを浮かべた。

 ……この意味を僕は知っている。


 暗黙の約束が交わされたって事だ。


「彼は……夏が好きな男だから、夏男くんなのよ」


 ……もう勘弁してください。

 僕の周りはトップ有名人だらけなのに、こんな人ばかりだ。

 前に聞いたら「有名人になるとダジャレもイメージが壊れるから自由に言えないの」だそうだ。


 「お笑いで売ればよかったわ」と冗談でも大女優が言っちゃいけない事を真顔で言っていた。


「ま、真面目に聞いてるのに……本当の事を教えてください!なんでこんなアイドルオタクが芸能クラスに通えるのかを北条さんはご存じなんですよね?」


「ええ知っているわよ。でも夏男くんの許可がないのに部外者のわたしが勝手に答えるべきではないと思うわ」


 ああ、きっと北条さんは僕のことは秘密にしてくれて家族の話にもっていくつもりだ。


「それなら教えなさいよ?あなたは一応わたしのお兄ちゃんなんでしょ?」


「わざわざ一応って言わなくても良いんじゃないかな?僕の今の気持ちはbroken heart(ブロークンハート)だよ」


「なに横文字使えばカッコイイみたいな言い方してるのよ。妙に発音がいいのがイラっとくるわね。それでどうなのよ?」


「『かおりん』は僕の家族だからいつか伝えなきゃいけいないと思ってはいたけどこんなに早くなるとは……。教えても構わないよ」


 僕がまだショックから立ち直れていないのを知っている北条さんは、その役目をかってくれたのだ。

 僕の言葉を聞いてゆっくりと口を開く。


「夏男くんのお母さんは、あの東条純恋とうじょうすみれさんなのよ。これ以上の事は本人から聞いて。あなた達が邪魔するからお昼休みももうすぐ終わりだわ、それじゃあ夏男くんまたね」


 僕に軽く手を振って北条さんは教室へと戻って行った。


「じゃあ僕等もそろそろ教室に―――」


「ちょっと待ちなさいよ!あなたのお母さんが東条純恋って本当なの?東条純恋よ?」


「ああ……間違いない。だけどここでは話したくないから家に帰ったら全部教えるよ」


 僕がそう答えても、さらに質問してこようとしてたけど『みかちゃん』がそれを制してくれた。

 幼馴染みである彼女は全て知っているのだ。


 僕達はモヤモヤした気持ちを抱えながら教室へと向かうのだった。


 * * * *


 『かおりん』の初登校も無事に終わり、僕等は現在リビングで向かいあい座っている。


「さあこれで誰も邪魔は入らないわよ」


「そうだね。正真正銘の二人っきりでなにをしようと邪魔が入らないよね」


 つい意味深な言葉を口にしてしまうと、微かに『かおりん』の体がビクッとしていた。

 どうやら初めて年頃の男子と二人っきりになったことを自覚して怯えているようにもみえる。


 僕が椅子から立ち上がり『かおりん』の傍へ近づいていくと……


「ちょ、ちょっと……欲情してるんじゃないわよ。なにかしたら大声で叫ぶからね?」


「……安心して。母さんの話をするのに辛くて冗談は言えないから。ちょっと一緒に来てくれる?良子さんはすでに挨拶してくれたみたいだから」


 僕が先を歩きガレージへと続く階段までやってきた。


「ここって……まさか下には地下室があるの?」


「うん。地下室っていうか……見ればわかるよ」


 ここに来るのはいつ以来だろう?

 母さんが元気な頃は邪魔をしないのが条件でずっと眺めていたっけ。


「ここは……レッスンスタジオ?あ、音楽施設もある」


「そうだよ。ここは母さんがずっと使っていたトレーニングスタジオ。聞いた通り僕の母さんは東条純恋。伝説のアイドルからトップ女優へと転身してハリウッド進出目前で夢が途絶えてしまった……」


 ここで僕の言葉が止まってしまった。

 『かおりん』も声をかけることが出来なくなっている。


 どれくらいの時間沈黙が続いていただろうか。

 すると……ようやく『かおりん』が重い口を開き話し始めた。


「そう……だからあなたはわたしの大ファンなのね。東条純恋の夢とわたしの将来の目標が同じだから。わかったわ!アイドルオタクのあんたは凄くキモイけどあなたの夢もかなえてみせるわ!」


 ドヤ顔で『かおりん』が胸をドンと叩くと、豊かな果実がプルンと揺れていた。

 それを無意識にガン見してしまうアイドルオタクの僕。


 母さん……エッチな息子でごめんなさい。

 僕の息子がやんちゃしてます。

 僕は心の中で謝るのだった。

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