第15話 アイドルとムスコ

「ゴフッ!?」


 突然みぞおちに痛みが走り目を覚ます。

 ま、まさか不法侵入者か!?

 

 プレミアミニライブの余韻に浸り、エキスを堪能している間に眠ってしまったらしい。


 おそるおそる目を開けてみると……目の前には天使の顔が。

 もちろん『かおりん』の顔である。ち、近い。


「どういうことか説明してくれるんでしょうね?」


「ば、ばれちゃった?てへぺろ。エキスは大事な時や嬉しい時しか飲んで―――」


「エキスだかなんだか知らないけど私はそんな怪しい滋養強壮剤に興味なんかないのよ!ダンスよダンス!」


「はっ?」


「はっ?」


 話がまったく読めない。

 怒られたいがために言ったてへぺろも華麗にスルーされてしまった。

 お互い頭の上には?マークが出ている状況だ。

 

 言われてみれば『かおりんエキス』は滋養強壮剤のようなものだけど、どうやら気付かれたわけではなさそうだ。

 あぶないあぶない墓穴を掘るところだった。

 『かおりんエキス』を飲んでダンス?それもいいかもしれない。


「今日のライブであなたが踊ったダンスの事よ。なんであんなにダンスが上手いのか説明して頂戴」


「僕みたいな素人の踊りなんてかおりん達に比べたら全然だよ。現にみかちゃんの邪魔しちゃったし」


「何言ってるのよ。あれはあんたのレベルが高すぎてアドリブまで入っていたからみかちゃんがついてこれなくなっただけって先生が言っていたわ。独学だけじゃああはいかないって」


 少し興奮気味であるかおりんの顔がわずか10センチ程の距離にある。

 幸せで死んでしまいそうだ。

 かおりが声を発する度に僕の顔へ爽やかな風が吹きかかっている。


 これは天使の息吹でしょうか?


「ちょ、ちょっと習ったことがあるんだよ」


「いつ?どこで?誰に?何のために?早く言いなさいよ!」


 さらに顔を近づけてくる。

 顔を少し前にずらすだけでキスできそうな間隔だ。きっと本人は気付いていないだろう。

 だけどそんな考えも一瞬で吹き飛んでしまった。


 それはなぜか?

 彼女の目が真剣そのものだったから。


「かおりんこそどうしてそこまで興味があるの?」


「……苦手だから。わたしはダンスが苦手なのよ」


「そうかな?アイドルとして十分なレベルだと思うけど」


「それじゃダメなのよ!みんなと同じじゃダメなの!あっちじゃとても通用しない……」


 ああ……そうだったのか。


 少し前に雑誌で見たことがある。

 かおりんがハリウッドでミュージカル映画のオーディションを受けた時の話を。


 そこにはこう書かれていた。


 『日本ではトップアイドルの彼女でもハリウッドではまだまだ通用しない。理由はいくつかある。まずは語学力。日本の芸能人が最初に当たる壁である。そして最大の弱点は……表現力。例としてはダンスがあげられる。彼女の踊りはただ振り付けをしているに過ぎない』


 確かこんな感じだったと思う。


「夢のためにはもっともっと上達しなきゃダメなのよ!」


 いつの間にか彼女の目には涙が浮かんでいた。

 そして徐々に溢れだしていく。


 いつもファンやマスコミに神対応で応える彼女。

 トップアイドルのかおりんに悩みなんてないと思っていた。

 だけど今僕の目の前にいるのは不安や悩みを抱える普通の女の子。


 そんな仕草を誰にも見せる事なく日本でナンバーワンアイドルとしてずっと走り続けていたのだ。

 ありのままの姿を見せてくれた妹にここはお兄ちゃんとして……


「僕でよければ……ダンスを教えようか?ちょっと偉そうかな?ははは」

 

「……うん」


 とびっきりの笑顔で頷く彼女。

 言っておくが先ほどから顔の位置はまったく変わっていない。


 当然彼女が頷くと……

 僕の唇が……

 彼女の……


 彼女の鼻の先に触れてしまう。

 あっぶねー!

 危うく兄妹でキスしちゃうとこだったよ!

 それ以前にアイドルとキスなんて、キスなんて……ん?んんん?


 かおりんの肩が小刻みに震えている。

 至近距離過ぎて表情は分からないけどかろうじて見える耳が赤くなっているような―――


「な、な、な……!アニキのばかー!そ、それはなによ!」


 激しく突き放されるオタクの僕。

 そして顔を背けながら指さしてくる。

 それって……どれ?


 ちょっと頭の中を整理してみた。

 返事をした彼女は頷いて俯いていた。

 その際、鼻にキスしたような感じになってしまったけどそれを怒っているわけではないらしい。


 僕も下の方をおそるおそる覗いてみると……

 ああそういうことか。


「あはは、お兄ちゃんなのにムスコが反応しちゃったみたい」


 バチンッ!?


「アニキの変態!」


 かおりん必殺の平手打ちが頬にクリーンヒットしそのまま足早に部屋を出て行ってしまった。

 

「いてて……あれ?たしかいま……」


 初めてお兄ちゃんと認められた瞬間だった。

 この時至福の喜びをかみしめていた。

 言っておくけど今回は叩かれて嬉しいからではないからね。


 そんな幸せ絶頂な僕はまだ気付いていなかった。

 学校に黒い影が迫っているなどと……

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