第16話 アイドルと歌姫

 最近は毎日かおりんをバイクの後ろに乗せて登校するのが日常となっていた。

 制服が夏服に変わりダイレクトにかおりんの双璧が背中を刺激する。

 

 ゴンッ!?


「うぉ!運転してるんだからいきなり頭を叩かないでくれよ危ないから」


「なんだか良からぬことを考えてる気がしたからつい」


 勘だけで人の頭を叩くとは……家族の顔が見たいよほんと。(あなたです)

 しかし危ないところだった。

 叩かれてバイクで転びそうとかそんな話ではない。

 毎日楽しみにしているかおりんとのバイク通学を失うわけにはいかないからだ。


 なんせ成長真っ盛りスーパーアイドルの―――


 ゴンッ!?


「うぐ!さっきより強く叩くなよ!」


「いやなんとなくフラグが立ってる気がして」


 ……スーパーアイドルの勘恐るべし。

 しかしこんなやり取りも僕には楽しいひと時だ。


 やがて校門が見えてくる。

 今朝はやけに車が多く止まっているな。

 カメラを持ってる人が多いところを見るとどうやら芸能記者っぽい。

 

 ははーん。かおりんがこの学校へ転校してきた情報がどこかで漏れてしまったのか。

 まったくアイドルの私生活をなんだと思ってるんだよ!

 

 たくさんの車の横を通り過ぎて学校指定の駐輪場へとバイクを止めた。


「なんだか今日はやけに報道陣が多かったわね」


「かおりんへの取材とかスクープ狙いじゃないの?」


「私じゃないわよ。この学校への編入は最初から公表してるもの」


 え?そうだったの?

 あれだけの報道陣を集められる生徒はこの学校ではスーパーアイドルグループ【キャンディーシスターズ】と大女優の【北条麗華】ぐらいだ。

 だけど北条さんは……プライベートをすごく大事にするので、私生活に関する報道はNGとなっている。

 かおりんが否定してるならいったい……


 ふたりで頭を傾けつつ僕等は教室へと歩いて行った。

 そうふたりで並んで!!ここ重要だから!


 * * * *


 教室へ到着すると廊下の外まで人混みで溢れかえっていた。

 本来立ち入り禁止である一般コースの生徒まで来ているようだ。


 ここは僕の出番だな!


 かおりんが誰にも触られないように人混みをかき分けようやく教室に入って行く。

 さりげなくかおりんの手を引いてみた。

 ちなみに今は握手会ではないから興奮はちょっぴりしかしない。妹だからね。


『ハーイ!ナツ!』


 教室に入るなり不意に声がすると金髪美少女が満面の笑みを浮かべてダイブしてくる。

 可愛い顔には全く似合わないダイナマイトボディの美少女をオタクである僕が支えられるはずもなく見事なまでに後ろに押し倒されてしまった。


「え?ちょ、ちょっと……これは……」


 その光景を見ていた隣にいるかおりんの顔は―――


 まるで汚物を見るかのように細めた冷たい視線でジッと睨んでいた。

 ああ……これこれ。懐かしき久しぶりの感覚だ。

 思わずゾクッとしてしまい体を動かしてしまったのが間違いだとすぐに気付く。


『オー!セッキョクテキネ!カモーン!』


 こ、これは……

 

 彼女は何を勘違いしたのか両腕で思い切り抱きしめてくる。

 く、苦しい。いろんな意味で昇天してしまいそうだ。

 誰か助けてくれ……


 驚くほど願いは早く達成した。

 高校の教室にはとても似合わない黒スーツにサングラス姿の筋肉隆々な男二人に引っぺがされたのだ。

 

『彼女から離れろ』


 黒人と思われるスーツ姿の男が凄みをきかせて睨んでくるけど被害者はこっちだから!

 そもそもなんで彼女がここにいるんだよ。

 改めて彼女を見ると吞気に手を振っている。


『久しぶりね。なかなか帰って来ないから来ちゃった』


 やっぱりそうだったか。

 今朝の報道陣も彼女のせいだろう。


 返事をしようと口を開きかけると意外な人物が割り込んできた。


「世界の歌姫に対して失礼だぞ!活動実績もない君が彼女の視界に入るだけでも図々しい。ここは僕が、マイネームイズ タカシ」


 なんだこいつ?

 ああ、たしかジョニー事務所に所属してる男性アイドルグループのリーダーだっけ?

 男性アイドルに興味ないけど以前かおりんと噂になったやつだから呪い殺してやろうと覚えている。

 結局どこかから出たガセネタだったけど……かおりんと噂になるなんて許せん!


『ダレダオマエ?ドウデミイイケドジャマダカラドイテ』


「おー!サンキュー、サンキュー!ほら見ろ、彼女は僕に興味があるらしい」


 ……かなり有名なアイドルみたいだけど殴っていいかな?

 出しゃばってきたわりに英語全然はなせねーじゃんか。

 でも面倒だから彼女はコイツに押しつけて、かおりんとラブラブしよう。


「かおりん自分の席に行こうか?タカシ君が後は任せろって」


「彼女、世界的な歌姫で女優でもあるアリアナよね?さっきからアニキに話しかけてるみたいだけど……知り合いなの?」


「海外にいる時にちょっとね」


 そうちょっと……


「ふーん……」


 疑いの眼差しを向けてくるかおりんの顔は……やっぱりかわいい。

 も、もしかしてこれは『嫉妬』?


「そんなに心配しなくてもわかってるよ。僕はかおりん一筋だから」


 ゴンッ!


「痛い!いきなりチョップしないでくれる?ヘルメット被ってないんだから」


「嫌がってるのになんで顔がニヤついてるのよ」


 そりゃあ直に大好きな相手からチョップされたら誰だって嬉しいでしょ?……え?普通嬉しいよね?


「それより怖いガードマンを引き連れて歌姫がこっち来るわよ?」


「え、タカシ君が任せろって言ってたけど」


「彼なら畳みかけるように英語で罵られて廃人とかしてるわよ。たぶん見た目から罵られてた気がする」


 教室の端を見ると「僕はアイドル……僕はアイドル」と呟いていた。


 チッ!作戦失敗か。


『ナツ!アンナノオシツケルナンテヒドイワ!』


 アリアナはプンプン怒ってる感じだけど俺以外に英語を理解してる人間はいないらしい。


『ワルカッタナ。ダケドコンナトコマデナニシニキタンダヨ』


 俺が流暢な英語を話すと周りがざわめいていた。


「オタクが……」


「童貞顔が……」


 英語が話せるオタクだっているんだから失礼だろ!

 そりゃ童貞だけど関係ないし!

 かおりんもかなり驚いている。


 そんな日本語をアリアナが理解できるはずもなく口を開く。


『ナツノタメニ、オボエテキタニホンゴヲ、ツタエニキタ』


「お?みんな!日本語でなにか言ってくれるらしいぞ」


 ツアーのついでかなにかで俺に日本語ができる自慢でもしに来たのだろう。

 世界の歌姫もやっぱり女の子だな。

 彼女から出てくる日本語を待っていると―――


「ナツトワタシハケッコンスル」


「「「えーーーーーーー!」」」


 みんなが一斉に驚きの声を上げたのは言うまでもなかった。

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