第13話 アイドルとプレミアミニライブ
「そういえば今日はイベントだね。楽しみだな~」
「まさかあんた……わたしのブースに来る気じゃないでしょうね」
「家族だってことは秘密にしておくから大丈夫だよ」
今日は祭日だ。
特典付き限定CDを購入できた人だけが楽しめるイベントが開催される。
プレミアミニライブの後にイベントも開催されるのだ。
「幼馴染なんだし、みかちゃんのとこ行きなさいよ」
僕は長髪を振り乱して頭を横に振った。
初めて手に入れたプレミアチケットは、かおりん以外ありえない。
あ、想像するだけで顔がニヤけてきた。
「ちょっと!汚い髪を振り回すのやめて。わたしとは毎日顔を合わせてるんだしお金出して手に入れたチケがもったいないじゃない」
汚いとは心外だ。
毎日シャンプー、リンス、トリートメントは欠かさない。
もちろんノンシリコンの天然成分配合だぞ。
毎日顔を合わせるなんて当たり前に言ってくるかおりんが愛おしい。
「あ、あんた意外と女子力高いわよね。わたしより家事が出来るのも納得だわ」
無意識に声が出ていたのか。
言っちゃ悪いとは思うけど……かおりんの口から家事って言葉は似合わない。
家事が一切できなくてもアイドルで頂点取れてるならそれでいいと思う。
これは母さんの受け売りだけど。
なんたってスーパーアイドルだからね!
「な、なに残念なものでも見るように温かい目をむけてくるのよ。わ、わたしだって時間があってママに教えてもらえば出来るようになるんだから!」
「うん、うん」
「あー!なにその態度ムカつくー!!」
優しい眼差しで見つめてるつもりなのに怒らせてしまった。
こうなったらイベントでしこたまかおりんグッズを買って貢献しなくては。
* * * *
「ううう……世の中にこんな素晴らしい光景があるとは夢にも思わなかった」
プレミアミニライブを見た僕は感動のあまり震えが止まらない。
普段はドーム球場などで何万人も相手にライブを行う彼女たちが、この日だけはライブハウスで5000人だけに歌や踊りを披露してくれたのだ。
メンバー5人の中でもセンターのかおりんはひと際輝いていた。
そんな姿を前から3列目辺りで見れるなんて夢のようだ。
ちなみに座席はスタンディング方式なのでもみくちゃにされながら激戦必至である。
「次の曲は……ドリーム!!」
「「「うぉー!!」」」
MCを務める明るく元気なみかちゃんが曲名を叫ぶと、みかちゃんファンの盛り上がりも最高潮に。
この曲ではみかちゃんのソロパートがあり毎回ファンをステージに挙げて一緒に歌ったりするのだ。
ちなみに僕はプレミアミニライブは初めてだし、通常のライブでもみかちゃんが手に入れてくれる関係者席にいるのでステージに上がったことはない。
家族や関係者だけ優遇するとあとで何を言われるかわからないからだ。
曲が終盤を迎え、かおりんとみかちゃんがポジションチェンジを行った。
間奏が入りみかちゃんがステージ下へと降りてくると、周りを見渡し観客と1メートルほどの距離まで近づいてきた。
観客整理とボディーガードを務めるマッチョの男に耳打ちをして指をさした。
どうやらこちら側の人物を指名したようだ。
マッチョな男が柵越しに観客席へと近づいてくる。
うわー!こえー!
アイドルのライブにはとても似合わないスキンヘッドのマッチョ男。
アイドル好きでもやしのようにひょろひょろとした男達が一斉に視線をずらす。
例にたがわず僕も目線を外した。
あんなのに目線を合わせたらちびってこの後の握手会に響いちゃうよ。
かおりんに視線を定めようとステージ上を眺めたはずが……
突然照明の光が目に入る。
眩し過ぎて目が開けられない。
体がふわふわしているのはなぜだろうか?
ああそうか。
夢のようなライブ体験がそうさせているらしい。
目を瞑りながら自然に身を任せて僕は曲に耳を傾けた。
「今日はこの方と一緒に踊って歌います!!」
みかちゃんの声とともに重力を感じ地面に両足が着地した。
状況が呑み込めずゆっくり目を開けると数メートル先には引きつった笑顔のかおりんがいた。
……だ、堕天使?
かおりんの顔が数秒でいつもの天使スマイルに変わる。
さすがプロといったところだ。
瞬時に2つの顔を見分けられるのは、オタクの中で僕だけだろう。
「さあ、まずは踊るよ。振り付けは覚えてるんかな?」
「はい」
みかちゃんから不意に声をかけられ思わず返事をしてしまった。
キャンディーシスターズの曲は全て歌詞も振り付けも覚えている。
自称オタクとしては当たり前だ。
しかし大抵のファンは一緒に歌うので精一杯になってしまう。
そもそもオタクにダンスをするセンスも体力もないのだ。
ではなぜ返事をしてしまったか?
その答えは……かおりんが意地悪な笑みを浮かべていたから。
きっとアイドルオタクの僕を運動神経ゼロだと思っているのだ。
ちょっと見直してもらい、ただそれだけの為に……
そして……曲名ドリームが終わった。
「すごーい!」
「まじ感動です!」
「いつもありがとうございます!」
かおりんとみかちゃんを覗くメンバーの皆さんがステージ上でわいわい喜んでいる。
あっ……やってしまった。
僕はみかちゃんと一緒に調子に乗って本気でダンスと歌を人前で披露してしまったのだ。
少し離れた場所にいるかおりんとみかちゃんの顔を怖くて見ることが出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます