第10話:何てことない一日

 ―――日曜日。


 今日は特に予定もなく、朝から紅茶を飲みながらのんびりとしていた。


「……ふぅ。こんなにのんびりした朝は久しぶりな気がする」

「……コクッ。はぁ……そうだね。私も向こうに居たときから、こんなにゆったりした朝は無かったから。凄く新鮮」

「ははっ、そっか」

「これからは、こういう日がたくさんあるのかな」

「そうだね。いっぱいあると思う。そのうち飽きたりしてね」

「多分それは無いと思う。春お兄ちゃんと一緒に居られるから」

「―――、そっか」


 危ない危ない。今めっちゃ嬉しいこと言ってくれたから、顔がニヤけるところだった。


「……ふぅ」

「……? どうかしたの」

「いや、何でもないよ。それより、学校の方はどう? 友達は出来たって聞いたけど」

「あ、うん。楽しいよ。亜美ちゃんと千里ちゃんといつも一緒に居るし、授業も付いていけてるし。あ、あのね。この前春お兄ちゃんのこと聞いたでしょ? その話を二人にしたら、聞けて良かったねって一緒に喜んでくれたんだ」

「ん。そっか、良かったね。本当にいい友達が出来て」

「えへへ、うん」


 カップを持ったまま笑う六花。本当に嬉しそうだ。この分なら学校の方は安心だろう。


「…………ん?」

「どうしたの?」

「いや……」


(学校………? ん~、何か忘れている気が……)


 それが何なのか思い出せない。学校でのこと……何だろうか。


「春お兄ちゃん?」

「……ああ、いや。悪いね、何でもないよ」

「そう?」

「ああ。それで、その二人はどんな子なの?」

「えっとね、亜美ちゃんはおとなしい雰囲気で勉強が得意で、あとすごく可愛いから、将来は美人さんになるよ。でも運動は苦手だって言ってた。この前も三人で走ったとき、すぐに息が切れてたから」

「はは、そうなのか」

「それで千里ちゃんはね、亜美ちゃんとは正反対でいつも元気で運動が得意なの。千里ちゃんもすごく可愛いんだよ。でも勉強が苦手だから、よく亜美ちゃんに教えてもらってるんだって」

「へぇ。正反対なのに……いや、だからこそ相性がいいのかな。仲がいいのは」

「多分そうかも。それに二人とも優しいから、私とも仲良くしてくれるし

「ふふっ、それは六花も優しいからでしょ。二人はきっとそれが分かってるから、六花と仲良くしたいんじゃないかな」

「そうかな」

「そうだよ」

「……そっか。ねぇ、お兄ちゃんの方はどうなの?」

「俺? この間話したと思うけど」

「お友達の話はあまり聞いてないよ? 生徒会の人とかも」

「そうだっけ」


 俺は集や朱音達のことを思い浮かべながら、話し始めた。


「そうだな……まずはクラスメイトでいつもつるんでる、集ってやつがいるんだけど。見た目はチャラチャラしてるんだけど、その見た目とは正反対で真面目なとこもあってさ。六花が学校行く前、俺も長いこと休んでただろ? その間のノート取っててくれてさ」

「いい人なんだね」

「まあ、それでもいい加減なとこもあるし、どっちかというとそれの方が目立つやつなんだが」

「ふふっ。他には?」

「じゃあ次は生徒会かな。まずは副会長の朱音。まだ一年生なんだけど、かなり優秀で、仕事もきっちりこなす真面目な子だ。中学の頃から同じ学校で、生徒会もやってたから、俺が推薦したんだ」

「そうなんだ………可愛いの?」

「ん? そうだな、可愛いと思うぞ」

「……そっか」


 なんか今間があったような気がしたが、気のせいだろうか。


「次は会計の新藤かな。数学だけはいつも満点を取るから、会計に推薦したんだ。自他共に認めるオタク故に、オタクのっぽなんて言われたりするな」

「オタクのっぽ……その人は嫌じゃないの?」

「本人は気にしてないらしい。言わせたい奴には言わせとけって感じかな」

「あはは、強いというか、周りに興味がない人なのかな」

「多分な。ま、彼もかなり優秀だから、いつも助かってるよ」


 こないだの作成してもらった資料も本当に助かったし。


「次は書記の梨沙。見た目がギャルって感じなんだが、こちらも見た目とは裏腹に真面目なとこがあって。若干のサボり癖はあるけど、キチっと仕事をしてくれる、明るいやつだな」

「その人も、推薦したの?」

「いや、梨沙に関しては向こうから入りたいって言ってくれたんだ」

「………どうして?」

「え~と、なんか俺の人となりを気に入ったとかなんとかって」

「…………ふーん」

「……あの、六花?」

「何?」


 なぜか急に冷たくなったような…。俺何か言ったかな。


「……いえ、何でも。えっと、最後は庶務の水原かな。結構冷たい印象がある子なんだが、成績優秀で大抵の事では動じないから、朱音と協力してまとめ役なんかをよくやってもらってるな。ちなみに朱音とは幼馴染らしい」

「水原さんも、同じ中学だったの?」

「ああ、そうだね」

「…そっか」


 なんだろうか、やっぱり変な間があるような。そしてなぜかそこに踏み込んではいけないと警告が鳴っている。怖いから触れないでおこう、うん。


「まあ、そんなとこかな。すみれ先生については、言わずもがなだし」

「あ、うん。この間のお話でどんな先生か大体わかったから」

「はは、そうか。……っと、そろそろ洗濯終わったかな」

「私がやる!」

「ん、じゃあお願い。俺は昼食の用意をするよ」


 話を切り上げ、それぞれ分担して家事をする。


 ―――前から思っていたが、六花は物覚えが早く、もう家事のほとんどをこなせるようになったから、こうして分担も出来るし、非常に助かる。


(まあ、別に一人でやるのが苦痛なわけじゃなかったけど)


 それでも、ああして自分から手伝うと言ってくれるのは、助かるし、嬉しいと思う。


 何より、何事にも前向きになったことが、そうして少しずつ明るくなっていることが、俺は本当に嬉しく思う。


「……さて。何が良いかなぁ」


 俺も袖を捲って準備に取り掛かった。



 ―――午後になり、庭の手入れをすることになった。


「んしょ……よいしょ」

「よっと。……ふぅ、草むしりってやっぱ大変だな」

「うん…でも少しずつ綺麗になっていくのは気持ちいいかも」

「……六花は純粋でいい子だなぁ」


 六花の言葉に俺は感心する。俺でもこの作業は苦痛だというのに、この子はそれすらも楽しめるのだから。


「……ねぇ、春お兄ちゃん」

「うん? どうしたの」

「……ここ、今何もないんだよね」


 六花が指したのは、今しがた雑草を取ったばかりの、何も植えていない場所だった。


「ああ、そうだけど」

「そっか……」

「……。何か育ててみる?」

「…………っ! いいの?」

「ちゃんと面倒見るならね」

「見る! 花を育ててみたい!」


 六花はパッと花を咲かせたような笑顔でそう言った。


「はは、わかった。じゃあ……今度の土曜にでも買いに行こうか」

「うん!」


 元気よく返事をして、六花は再び草むしりに励む。


 しかし、六花は色んなことに興味を持つし、色んなことに挑戦したがる傾向にあるな。

 きっと、今までそういう経験をしてこなかったから……というより、そういうことに出会える機会すら無かったから、多分何もかもが新鮮なのだろう。


「……ふふっ」

「…? どうしたの、急に笑って」

「ああいや、ちょっとね。それより、ささっと終わらせますか」

「うん!」


 少し顔に土が付いているのも気にせず、六花は作業を再開する。


(……ほんと、可愛いなぁ)


 一生懸命な娘を見る親の気持ちというのが、少しわかった気がした。



 ―――夜になり、夕食を取っていると、不意にあることを思い出した。


(そうだ! 学校! 確か小学校って授業参観とか運動会とか、そう言う行事って親が行くものなんだよな。てことは……俺は学校を休んででも行くことになるのか。また朱音あたりが騒ぎそうだな)


 行くこと自体は嫌ではない……どころか、何が何でも行くけども。


「ねぁ六花。近々学校で何か行事があったりするかな」

「行事? ……う~ん、今はそういうの聞いてないけど。どうして?」

「ん、ほら。小学校の行事って、ほとんどが親とか保護者が行くものが多いはずだからさ。そういうのが来たら、俺も行こうと思ってて」

「……………来てくれるの?」

「そりゃもちろん。なんせ娘の晴れ舞台ですから」

「晴れ舞台って、大袈裟な……‥でも、そっか。来てくれるんだ」


 六花は口をギュッと結んで、ニヤけそうになるのを堪えている。可愛いな。


「まあそんなわけだから、何か聞いたり、プリントを貰ったりしたら、俺に見せてね」

「うん、わかった。……あ、でも春お兄ちゃん、学校は」

「いいのいいの。一日二日程度、どうってことないし。何なら既に1週間以上休んでるしね」

「……ん、ありがとう、春お兄ちゃん」

「ああ。というわけで、楽しみにしておくね」

「うん!」


 今日は特に何もなく、強いて言えば色々とやることが出来たということを確認したくらい。

 何てことない一日だったが、俺達にとっては、かなり充実した一日を過ごした。

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