第17話:授業参観・2
教室の後ろには既に主婦達が並ぶようにして立っていた。そんな中に、学生で、しかも唯一の男が入ると、やはり嫌でも目立ってしまうらしい。
あの子は誰だろう、という興味津々な視線を感じる。
ただ気にしてばかりいてもしょうがないと思い、教室内を見渡していると、こちらを見ていた六花と目が合った。
周りには気づかれない様に手を小さく振ると、六花も顔を赤くしながら小さく手を振った後、すぐに向きを変えてしまった。
(はは、ちょっと恥ずかしかったのかな)
そう思っていると、隣に立っていた真奈美さんが「ふふっ」と小さく笑った。
「やっぱり、仲がいいのね~」
「……ですかね」
そんな話をしていると、石塚先生が教壇に立って話し始めた。
「え~、それでは授業を始める前に、保護者の皆さま、お忙しい中お集まりくださり、ありがとうございます。今日は子供達が皆様のためにあるものを準備しているので、楽しみにしていてくださいね」
……準備? なんだろうか。そういえば、前に六花に何をやるのか聞いたときは、まだ内緒と言っていたけど。
「それでは安陪君から順番に、お願いしますね」
「はい!」
石塚先生にそう言われた安陪君とやらは、紙を手に持ってその場で席を立つ。
なんだろうと思っていると、安陪君はその紙……作文用紙を見ながら音読し始めた。
「僕の家族…………」
と、どうやら家族をテーマにした作文のようだ。それを安陪君は元気よく作文内容を発表していく。
(……ということは、これが石塚先生が言っていた準備していたもので、六花もこれを発表するってことだよな)
……大丈夫だろうか。六花の場合、ちょっと複雑だから嫌な気持ちになったりしてないか心配になってしまう。
だが俺のそんな心配を知る由もなく、発表会はどんどん進んでいく。
「じゃあ次は亜美ちゃん、お願いしますね」
「はい」
呼ばれて立ち上がる子を見て、俺はあの子がそうなのかと思う。
(あの子が亜美ちゃんか。真奈美さんにそっくりだな。将来はこの人みたいな美人さんになるのかな)
なんて思いながら、亜美ちゃんの発表を聞いていると、なにやら隣からズズッと鼻を啜るような音が聞こえてきた。見てみると、真奈美さんが既に号泣しながらハンカチを鼻に当てていた。
「……真奈美さん、流石に速すぎますって」
「だ、だって~」
「もう、真奈美さんはいつもそうなんですから」
さらに隣に立っていた千雨さんも、呆れた様子で見ていた。
「いつもなんですか?」
「ええ、こういう学校行事の時は、亜美ちゃんが何かをするたびに号泣するのよ」
「感動しちゃうんだから、しょうがないのよ~」
「あはは、そうなんですね……」
俺が言えたことでは無いかもしれないが、真奈美さんも結構な親ばかなんだろうな。
「これで、私の発表を終わります。ありがとうございました」
そう言ってお辞儀をすると、拍手の音が鳴り響く。真奈美さんは手が腫れ上がるんじゃないかと思うくらい強く何度も拍手をしていた。
「ありがとうございます、亜美ちゃん。それでは次は千里ちゃん、お願いします」
「はい!」
元気よく返事をして立ち上がり、作文内容を発表していく千里ちゃん。
あの子も千雨さんによく似ているけど、多分性格に関しては千雨さんにはあまり似ていないのだろうな。落ち着いた雰囲気の千雨さんに対して、千里ちゃんはいかにも元気いっぱいって感じだ。
「……千雨さんは、あんまり表情が変わりませんけど」
「ふふっ、必死に隠してるだけで、内心はとても嬉しいはずよ~」
「そこ、聞こえてますよ」
やがて千里ちゃんの発表も終了し、最後に「お母さん、いつもありがとうございます!」と千雨さんに向かって言うと、千雨さんは少し微笑んで見せた。
「ありがとうございます、千里ちゃん。それでは最後に、六花ちゃん、お願いします」
「はい」
六花も同じように立ち上がり、作文用紙を手に発表する。
内心ドキドキしっぱなしだけど、俺はしっかり耳を傾けて六花の発表に集中する。
「……私の家族。私の家族はお母さんとお兄ちゃんの二人です。ずっと前からお母さんは海外に居るので、お兄ちゃんと二人で暮らしています」
……どうやら諸々の事情は伏せているみたいだ。まぁわざわざこの場で言う事でもないからな。その辺は六花も理解しているようだ。
「なのでここではお兄ちゃんについてお話します。……お兄ちゃんは一言で言うなら、とても優しい大人な学生です。お兄ちゃんは過去、色んなことを経験して、辛いことも悲しいこともたくさんありました。でも、お兄ちゃんは決して挫けることもなく、嘆くこともなく、ずっと前を見続けてきました」
今まで俺が一人で暮らし続けてきたことを言っているのだろう。六花の発表を聞きながら、俺は過去の事を色々思い出す。
「私は、どうしてそんなに強くいられるのか聞いてみたことがあります。そうしたら、お兄ちゃんは言ってました。『人って、生きている以上は、死ぬこともあるし、そうでなくとも、別れは必ずやってくる。だからこそ、限られた時間の中で、たくさんの思い出を作って、繋がりを深める。最後は別れても、いつか笑ってそういうことがあったなって言えるようにね』って。そんな風に子供の頃から考えられる人は、そういないと思います。だから、お兄ちゃんは大人な学生なんです」
まだ六花がうちに来たばかりの頃だな。父さんが亡くなったときの話をしたときだ。
「でも、そんなお兄ちゃんにも、可愛いところがあります」
その一言に、俺は「ん?」っと思わず首を傾げた。
「家事をしている時に気付いたのですが、お兄ちゃんは意外とドジっ子です。お湯と間違えて冷水を出したり、お掃除の時に物を落として頭にぶつけたり」
そこまで言うと、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
……いつの間にそんなところまで見ていたのか。
俺は恥ずかしくなって顔が赤くなるのが分かった。
「後はちょっとだけ頑固なところもあります。私がアイロン掛けをやりたいと言っても、危ないからとやらせてくれないからです」
……だって危ないでしょ? まぁ包丁とかは使ってるけど。
「……でも、なんだかんだでやっぱり優しくて、暖かい人です。私は訳あってあまり人と接するのが得意ではありません。人を信じることが出来なくなったこともあります。お兄ちゃんはそんな私にずっと向き合って、寄り添って、その優しさと温もりで包んでくれました。ずっと私の家族でいてくれました。だから私はこうして外に出られるようになったし、友達も出来ました。全部全部、お兄ちゃんのおかげです」
そこまで言って、六花はチラッと俺を見てから、続けて言った。
「だから、お兄ちゃん、本当にありがとう。私にとってお兄ちゃんは、自慢のお兄ちゃんです。これからも、よろしくお願いします」
最後にお辞儀をして席に座る。六花の顔はとても真っ赤だ。けど多分俺はそれ以上に真っ赤だろう。なんだか目から汗が出てきたし。
再度拍手の音が教室中に響く中、俺は千雨さんから差し出されたハンカチを目に当てながら、ただただ自慢の妹を見つめていた。
――――授業参観が終了すると、そのまま三者面談に入ることになった。今は教室で順番を待っている。
「六花、お疲れ様」
「春お兄ちゃん、ホントに来てくれたんだね」
「なんだ、疑ってたのか?」
「ううん、来てくれるって言ってたから」
そう言って微笑む六花。俺は「そっか」と短く答えて、六花の頭を撫でる。
「ぁ……」
「ん、ああごめん。嫌だったか?」
「……嫌じゃない。あの……もう一回」
上目遣いでそう言ってくる六花に、俺ははいはいと言ってまた撫でる。
「……えへへ」
と嬉しそうに笑う六花に、俺は思わず「可愛いすぎない?」と口に出しそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます