第16話:授業参観・1

 今日は火曜日。


 いよいよ六花の学校で授業参観が開かれる。


 とはいえ、以前言った通り、午前は俺も授業を受けて、午後から六花の学校へ向かうことになっている。


「そういや春、今日は午前で早退だっけ?」

「ああ、だから午後からの授業、またノート取ってもらえると助かるんだけど」

「オッケー、また食堂のデザート一つな」


 また集への奢りで出費が重なるが、致し方ないと割り切ることにした。


「分かってる……、ていうか好きだな、あれ」

「いや~、一度食べたら癖になっちゃってさ。特に一番上に乗ってるイチゴと生クリームの組み合わせは最高だな」

「まぁ分からんでもないが」

「二人ともなんの話をしてるの?」


 と、そうこう話していると、梨沙がこちらへやってきた。


「春が午前で早退するから、ノートを取っておいてやろうって話。そして俺はその報酬として食堂のプレミアムパフェを奢ってもらうのだ!」

「あ、そっか。今日だっけ……会長君、ちょっと耳貸して」

「ん、ああ」


 梨沙は顔を俺に近づけ、耳元で小さな声で問いかけてくる。


「……もしかして、六花ちゃんの事?」

「……ああ、実は今日、授業参観があってさ」

「あ、なるほどね。それに会長君が行ってあげるんだ……優しいね」

「……別に、普通だろ、家族の事なんだし」


 微笑んだ表情でそう言った梨沙に、俺は少し顔を赤くしてしまった。


「あ、照れてる」

「照れてません」

「え~、でも顔真っ赤だよ~?」

「……うっさい」

「あの~、目の前で堂々とイチャつかないでくれんません?」

「……あ」


 集の声に、梨沙がすっかり忘れてたと言わんばかりの反応をした。


「おい、まさか俺の事忘れてたとか言うんじゃないだろうな」

「あ、あはは。そんなまさかだよ、嫌だな足立君ってば~」

「というか別にイチャついてないからな」

「そ、そうだよ、別にそんなんじゃないし」

「……ふ~ん」

「何よ、その顔は」

「いや~、べっつに~?」

「くっ……その顔ムカつくからやめてくれる」

「どうしよっかな~」


 ここぞとばかりに嫌味ったらしい表情をする集に、梨沙が顔を赤くしながら講義する。


 二人のやり取りを見ながら、俺は一人、今日も平和だ……なんて思っていた。


「やめろって……言ってんでしょうが!」

「アベシッ⁉」


 あ、梨沙が綺麗なスカイアッパーを決めた。




 ――――午前の授業が終了し、俺は早速ゆきみ小学校へと向かった。


 校門前あたりまで来ると、他の主婦達が校舎の中へと入っていくのが見える。


「……そういえば、六花のクラスの教室ってどこだろうか」


 あらかじめ六花に聞くのを忘れていたな……。どこかに案内図でもあればいいんだけど。


 俺が校舎の入り口できょろきょろしていると、後ろからおっとりした声で誰かが話しかけてきた。


「あの~、どうかしましたか?」

「……あ、えっと、むす……妹の教室の場所が分からなくて、どうしようかと」

「あ~、なるほど~……ちなみに、クラスは?」

「四年一組なんですが」

「あら~、それなら私の娘と一緒のクラスね~、良かったら一緒に行きませんか~?」

「あ、そうなんですね。はい、是非」


 正直かなり助かった。それにしても、ほんとおっとりした人だな。相当若く見えるし、この人も誰かの姉なのだろうか。


 ……って、そういえば。


「すみません、自己紹介もまだでしたね。俺は四月一日春といいます」

「あら~、私の方こそごめんなさい。私は佐藤真奈美まなみっていいます。よろしくお願いします~」

「はい、よろしくお願いします。あ、あと、俺の方が年下でしょうし、敬語じゃなくていいですよ」

「あら~、じゃあそうさせてもらうわね……って、あら? 四月一日っていうと、もしかして、六花ちゃんのお兄さんって、春君のこと~?」

「え、あ、はい、そうですが」


 真奈美さんの問いに肯定すると、「やっぱり~」と嬉しそうな表情を浮かべた。


「あ、私佐藤亜美の母親なの~、娘から六花ちゃんとあなたのことは聞いてるわ~」

「ああ、そうでしたか。亜美ちゃんのことは俺も六花から聞いてます。いつも仲良くしてくれているみたいで」

「ふふっ、こちらこそ~。いつも亜美からは楽しかったっていうお話ばかりで~」

「はは、そうなんですね………………ん?」


 ふと、真奈美さんの発言に、今更ながら疑問を持った。


「えっと、亜美ちゃんの……、ですか?」

「……? ええ、そうよ~?」

「……、ではなく?」

「あらあら~、お世辞が上手ね~。私ってそんなに若く見えるかしら~。これでももう三十なのだけど~」

「え⁉ そうなんですか⁉ ……どう見ても二十代前後のような」

「うふふ、ありがとう春君。嬉しいわ~」


 いやお世辞なんかではなく、本当にまだ二十代前後にしか見えないのだ。


「さて、立ち話もなんだし、そろそろ行きましょうか~」

「あ、はい。そうですね」


 俺と真奈美さんは六花達の教室へ向かいながら、世間話に興じていた。


「そうなのね~、まだ学生なのに、しっかりしてるのね~」

「いえ、俺なんてまだまだです。……けど、俺が情けない姿を六花に見せるわけにもいかないので、ちゃんと良い兄でないと」

「……ふふっ、そういうところが、しっかりしてるっていうのよ~」


 そんな話をしているうちに、六花達の教室の前に着いた。


 すると、一人の女性がこちらに気付いて近づいてきた。


「こんにちは、真奈美さん……あの、そちらの子は?」

「あら~、千雨さん、こんにちは~。この子は四月一日春君、六花ちゃんのお兄さんです~」

「初めまして……えっと」

「あ、私千石千雨ちさめといいます。千里の母です」

「ああ、千里ちゃんの。妹から千里ちゃんの話も聞いてます。いつも仲良くしてくれて、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ……ふふ、しっかりした子ね」


 挨拶をしながらも、今度こそお姉さんかと思ったのだが、どうやら違うらしい。


 今の小学生の主婦って、みんな実年齢より若く見えるのだろうか。


「……ところで春君、今日学校はお休みなの?」

「いえ、俺が午前で早退したんです。六花と、こういう保護者が参加する行事には、全部参加するって約束したので」

「そうなのね……その、いきなりで失礼なのだけど、ご両親は?」

「えっと、父は昔に亡くなっていて、母はその直後にアメリカに転勤していて」

「そういうことなのね……。ごめんなさいね、千里から聞いた話では、六花ちゃんとお兄さんの二人暮らしなんだって、としか聞いていなかったものだから」

「ああ、そうでしたか」

「ふふ、それにしても、亜美が言ってたわ~、六花ちゃんがいつもお兄さんのこと尊敬してるんだって」

「六花が、ですか」


 それはかなり嬉しい。六花が俺の事どう思ってるかなんて、言うほど分かるわけでもないし、そういう話を聞けただけでも、今日は来た甲斐があった。


「私も千里から聞いたよ、六花ちゃんがどれだけ春君のことを慕っているのか。お兄さんの事を聞くと、いつも嬉しそうに話すんだって言ってた」

「……はは、なんだかこそばゆいですね」

「ふふ、でも二人とも、とっても仲がいいのは少し聞いただけでわかっちゃうくらいなんだし、もっと自信を持っていいと思うわ~」

「……ん、そう…ですね」


 二人の言葉に、俺はなんだか気持ちが楽になったような感覚を覚えた。


 そもそも、この場に学生の保護者として来ているのは俺だけだし、そういう意味でも多少は緊張していたのかもしれない。


 そんな話を三人でしていると、教室の中から石塚先生が俺を見つけて近づいてきた。


「佐藤さん、千石さん、こんにちは。四月一日君も、よく来てくれました」

「ええ、六花と約束したので」

「ふふ、お話は伺っています。さぁ、もうほとんどの保護者の方には教室に入ってもらってますので、みなさんもどうぞ」


 先生に促され、俺達も教室へと入った。

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