第18話:家族
「四月一日さん、どうぞ中へ」
「失礼します」
三者面談の順番が周ってきて、石塚先生に中へ入るよう促された俺達は、教室の中へと入った。
「さて、まずは……今日はお忙しい中お越しくださって、ありがとうございました。いかがだったでしょうか、授業参観は」
「楽しかったですよ。初めて保護者側での参加でしたけど、いい経験をさせてもらいました。六花の本音も聞けたしね」
「うぅ……恥ずかしくなってきた」
俺と六花の様子を見て、石塚先生が小さく笑った。
「それは良かったです。私も参加してくれたこと、とても嬉しいですし……余計なお世話かとも思ったのですが、お二人には、こういう場が必要なのかもしれないと思ったものですから」
「……じゃあ、今回の授業参観の内容って、俺達のためにわざわざ?」
そう聞くと、石塚先生は頷いて肯定した。
「そうでしたか。石塚先生、ありがとうございます。そんなに俺達のこと考えてくれていたなんて」
「ふふっ……いいんですよ、だって六花ちゃんは私の大事な生徒ですし、お兄さんもその六花ちゃんの家族なんですから。しっかり考えてあげるのも、教師としての務めですよ」
「……ははっ。ほんと、どっかの誰かさんに聞かせてやりたいですね」
「……?」
「あ、いえ。こっちの話です」
とある担任教師のことを思い出して、思わず呟いてしまった。
「……こほん。では、面談の方に入らせてもらいますね。……とはいっても、正直大層なお話をするわけでもないのですが。立花ちゃんは、ご自宅ではどんな様子ですか?」
「とても良い子ですよ。家事は率先して手伝ってくれますし、その日の学校での事も楽しそうに話してます。先生の事も、よく聞きますよ。とても良い先生だって」
「ちょっ……春お兄ちゃん、恥ずかしいよ」
「そうですか。……ふふっ。ありがとうございます、立花ちゃん」
「……い、いえ」
よほど恥ずかしいのか、顔を真っ赤にして俯いた立花に、俺と石塚先生は互いに見合った後、クスクスと笑った。
「ちなみに、学校でも同じ感じですね。お手伝いなんかはもちろん、勉強も頑張ってるので成績も良いですし、亜美ちゃんや千里ちゃんとは毎日楽しそうに遊んでいます」
「そうですか、立花からも話は聞いてましたけど、改めて先生から聞いたら安心しました」
「……お二人の家庭の事情を聞いていたが故に、最初は心配でしたけど、立花ちゃんとても良い子に育っていますね。これもお兄さんのお人柄によるものでしょうね」
「いえ、俺は何も。……けど、そうですね。ここまで明るくなってくれたのは、素直に嬉しいです」
「……ん」
立花はもう限界なのか、俺の服の裾を掴んで止めてと催促した。
石塚先生もそれを見て、これ以上この話を続けることはしなかった。
「ではお兄さん、こちら今後の学校行事の予定についてなど、詳しく記載したものになりますので、一度目を通してくれると助かります」
「あ、はい。ありがとうございます」
「では本日の面談はこれで終了とさせていただきますね。お二人とも、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
「さようなら、先生」
「はい、さようなら、立花ちゃん」
石塚先生に見送られながら、俺達は教室を後にした。
廊下を歩いていくと、途中で佐藤さんと千石さんが話し合っているようだった。
「あら〜春くん、面談は終わったのね〜」
「はい。お二人も既に終わったんですよね」
「ええ、それでもう少し春くんとお話してみたいなって思って。良かったかしら?」
「はい、大丈夫ですよ」
「良かった〜。実は娘も、一度春くんに会ってみたいって言ってたから〜」
「亜美ちゃんがですか?」
「あ、そういえば学校でも言ってたよ」
初耳なんですが、立花さん。
「……千里もよく春君に会ってみたいって言ってたわね」
「そうだったんですね…………ところで、その二人はどこに?」
「少しクラスの子とお話してくるって離れたけれど、もう少ししたら戻って……」
「お母さーん!」
「……丁度戻ってきたみたいね」
声が聞こえた方をみると、亜美ちゃんと千里ちゃんが小走りで戻ってきた。
「あ、立花ちゃん。面談終わったんだね」
「うん、ついさっきね」
「お疲れ様、立花…………えっと、それで」
千里ちゃんが俺に視線を向けてきたので、自己紹介をすることにした。
「初めまして、千里ちゃん、亜美ちゃん。立花の兄の春っていいます。よろしくね」
「はい! よろしくお願いします!」
「……よ、よろしくお願いします、は、春……さん」
元気に挨拶してくれる千里ちゃんと、恥ずかしいのか顔を赤くしている亜美ちゃん。
改めて見ると、二人とも本当に母親にそっくりで、とても可愛らしい。
「あのあの、私春さんにずっと会ってみたかったんです! 立花からいつもカッコいいお兄ちゃんだって聞いてたので!」
「あはは、お母さん達からも聞いたよ。俺も立花と仲良くしてくれてる二人には、会ってみたいなって思ってたんだ」
「ほ、ほんとですか? ……嬉しいです」
俺と千里ちゃん達は意気投合して、主に立花を中心とした色んな話に興じていた。
そんな俺達を少し離れたところで見ている立花は、恥ずかしさから顔を真っ赤にしていた。
「……なんだか、私すっごく恥ずかしいのだけど」
「うふふ、愛されてるものねぇ、立花ちゃん」
「ええ、正直羨ましいと思えるくらいよ」
「そう……ですか?」
「そうよぉ、だから立花ちゃんも、思い切ってお兄ちゃんに甘えてみたら?」
「……か、考えてみます」
――――日が暮れ始め、空が赤く染まってきた頃には、佐藤さん達と別れて帰宅していた。
「あ、そうだ立花。今日の晩御飯、どっか食べに行こっか」
「お外に?」
「うん、立花が頑張ったから、そのご褒美みたいな感じで」
そう言うと、立花は「うーん」と唸って少し考えた後、首を横に振った。
「ご褒美なら、春お兄ちゃんの料理がいいな」
「俺の? 遠慮ならしなくていいって……」
「違うよ。春お兄ちゃんの料理が一番好きだからだよ」
優しく微笑んでそう言ってくれた立花に、俺は感動してまた目から汗を流すところだった。
「そ、そっか……ははっ。わかったよ、じゃあ今日は腕によりをかけて作っちゃおうかな」
「ん、期待してるね」
そう言って立花は、おずおずと手を伸ばし、俺の手を握ってきた。
少し驚いたけど、あえて何も言わずにギュッと手を握り返した。小さくて暖かいその手は、俺の心も暖めてくれるようで……。
「それじゃ、早く帰ろうか」
「うん!」
繋いだ手をぶらぶら揺らしながら、俺達は我が家へと帰るのだった。
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