第20話:すみれ先生のイメージ

 その日の夜。


 生徒会での話をしていると、六花は首を傾げながら言った。


「生徒会ってそんなに忙しいものなの?」

「うーん……うちは結構特別な気もするけどね。なんせ顧問が顧問だし」

「あ~……あはは……」


 俺の言葉に六花は苦笑いする他ないようだ。


「そのすみれ先生って人、いつもそんな感じなんだっけ?」

「そうだな~……基本的にはいい加減な人かな。俺が居ないって分かってるのに朱音達に相当な量の仕事押し付けてたみたいだし」

「それって大丈夫だったの?」

「朱音はもう限界だったみたいだけど、今日からは俺も復帰したし、その仕事も今日でだいたい片付いたから、一先ず大丈夫かな」

「そっか~、やっぱり春お兄ちゃんは凄いね」

「はは、ありがと。けどみんなもどうにか頑張ってくれたおかげかな」


 腐らずに今日まで頑張ってくれた皆には、改めて感謝しないと。


「話を戻すけど、すみれ先生はいい加減だけど、いざって時は割と頼りになるというか、まぁやるべきことはしっかりやってくれるんだよね。その分愚痴が多くなるけど」


 そして大抵その愚痴を聞かされるのは俺なんだよな。


「ど、どうしたの? 遠い目をしてるけど」

「……いや、何でもないよ」

「そう? ……何にしても、今のところ私の中のすみれ先生って、やっぱりいい加減な人ってイメージしか持てないかも。春お兄ちゃんに結構負担掛けてるみたいだし」

「まぁ、間違ってはいないし、今はそれでいいんじゃないかな。いずれ会う機会もあるかもしれないし、その時は直接どんな人か確かめてみるといいかもね」


 正直散々な言われようかもしれないが、まぁ自業自得だろう。


 ……と、そこまで考えたところで、明日の約束を思い出して六花にそのことを伝える。


「そうだ。明日なんだけど、今日より帰りが遅くなると思う。夕飯も食べてくる予定だから、後で明日の分の夕食用意しておくね」

「うん、わかった……ちなみに、誰と行くの?」

「生徒会のみんなとだよ。久しぶりにどうかって誘ってくれてさ」


 そう言うと、六花はなぜかホッとした様子で納得した。


「そっか。うん、じゃあ楽しんできてね。私の方は大丈夫だから」

「うん、ありがとう。けど何かあったら遠慮なく連絡してね」

「はーい」


 そこまで話したところで、六花はお風呂に入り、俺は早速明日の夕飯の準備をする。一時間くらいで終了し、明日はすみれ先生に仕事の事で問い詰めなきゃと思いつつ、早めに就寝した。



 ――――次の日。朝のHRが終了した後、俺はすみれ先生の元へ向かった。


「先生、ちょっといいですか」

「ん、ああ四月一日か。どうした?」

「生徒会の事なんですけど……朱音達から聞きましたよ。また相当な量の仕事を押し付けたみたいですね」

「…………ナンノコトカネ」


 すみれ先生はそっぽを向きながら惚けようとするが、あからさま過ぎるし目も泳いでる。


「惚けても無駄ですよ、俺も昨日復帰早々大量の書類と向き合う羽目になったんですから」

「ちっ……。そういえばそうだったな」

「今舌打ちしました?」

「まぁ、なんだ……お前が居ない状況であの量は酷かもしれないとは思ったが」

「まぁそれもそうですが、何よりもうとっくに終わってる行事に関する資料まであるとは思ってませんでした」


 俺がそこまで言うと、冷や汗を流しながら必死に弁明しようとするも……。


「い、いやな……違うんだよ、今年は結構忙しかったし、新しい行事も割と増えたしで、ほらその、なんだ。わかるだろ?」

「いえ全く。結局それで一番苦労してんの俺達なので」

「はい、すいませんでした」


 俺が冷ややかな視線を向けながら事実を突きつけると、先生はこれ以上は無理だと悟ったのか、素直に謝罪したのだった。


「ふぅ……。まったく、今回はこれくらいにしておきますけど、次はないですからね」

「ああ、わかってるよ。今回は本当に偶々そうなってしまっただけだからな」


 後頭部をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに言った。まぁ本当に反省しているようだし、勘弁してやろう。


「ところで四月一日。本当に家の方はもう大丈夫なのか?」

「ええ、妹も家事をやってくれているので、だいぶ落ち着きましたしね」

「そうか……しかし話を聞く限り、ほんとに出来た妹さんだな。うちにも欲しいくらいだ」

「あげませんよ」

「分かってる、冗談だからその顔止めろ、怖すぎるぞお前」


 おっといけない、つい過剰に反応してしまった。


「すいません、つい。まぁとにかくそんな感じなので、心配いりませんよ」

「お、おう。そうか。ならいいんだ」


 動揺しながらも納得した先生は、職員室に戻るべく一歩踏み出したところで、「そうだ」と言いながらこちらに振り向いて。


「前にも言ったが、何か困ったことがあれば遠慮なく言えよ。力になるとは言わないが、聞くくらいはしてやれるからな」

「はは、そこは力になると言い切って欲しいところですけど。ありがとうございます、先生」


 すみれ先生は手を振りながら今度こそ去っていった。いい加減なところさえなければ、クールでかっこいいと思うんだけどなぁ、あの人は。


 そんなことを思いながら俺も教室へと戻ると、ちょうどそれを見た梨沙がこちらへやってきた。


「会長君、今日の放課後のこと忘れてないよね?」

「ああ、ちゃんと行けるから大丈夫だよ」

「そっかそっか、ならよかったよ」


 と、そこまで言うと辺りをきょろきょろと見渡し、顔を近づけてきて小声で話しかけてきた。


「その、妹ちゃんは大丈夫? 一人にしちゃうよね」

「ああ、心配ないよ。うちに誰か来ても出なくていいように言ってあるし。そんなに遅くはならないだろ?」

「うん、私達もあんま遅くなるのはダメだからね。夜になる前には解散しようかなって思ってるよ」

「なら大丈夫だ。楽しみにしておくよ」

「そうだね、私も楽しみだよ!」




 ――――放課後になり、昨日の残りの仕事も手早く片付けた俺達は、早速近くのファミレスに向かった。


 それぞれ食べたいものを注文し終えたあたりで、朱音が「それにしても」と話を切り出す。


「すみれ先生には本当に困ったものです。どうしてあの人はああもいい加減なんでしょうか」

「まぁ、確かに今回は特に酷かったですね。いくら新行事が増えたとはいえ、あそこまで溜め込んでいたとは」

「あはは……確かね~。朱音は特に副会長ってこともあって、一番仕事量多かったから、パンク寸前だったもんね」


 朱音は「ほんとですよ~」と項垂れて、テーブルに伏せる。昨日も思ったが、やはり朱音は相当参っていたらしい。


「改めて悪かったな、みんな。しばらくロクに手伝えもしないで」

「い、いえそんな。もう怒ってませんし、会長にも深い事情があるのは何となくわかりましたから」

「そうですね。会長の事は中学の頃から知ってますし、不真面目な人でないことは分かってますから」

「……特に気にする必要は無いかと」

「そうそう! それに昨日は結局会長君に助けて貰っちゃったわけだしね」

「ん……ありがとう、みんな」


 本当に良いやつらだなぁ。今年は特に、メンバーに恵まれたなと感じる瞬間だった。


「それはそうと、すみれ先生です! こうなったら、一度ちゃんとお灸を据えた方がいいと思うんですよ」

「……生徒にお灸を据えられる先生って」

「ん~……そこんとこ、会長君はどう思ってるの?」

「俺? ……そうだなぁ」


 今日の朝に会話した内容を思い出し、改めて考えてみたが、今回はきちんと反省していたし、そこまでしなくてもいいかと思った。みんなに……特に、朱音にそのことをちゃんと言っておかないとだな。


「今日の朝、先生にその件で問い詰めたんだけど、どうやら今回はかなり反省していたようだし、そこまでしなくてもいいんじゃないかな」

「あ、HR終わって速攻先生のとこ行ったと思ったら、その話してたんだ」

「ああ。まぁ要するに、何も今回の件はすみれ先生だけのせいじゃないってことかな」

「……どういうことですか?」

「いくら生徒会の顧問だからって、他の先生達もすみれ先生に押し付け過ぎたってこと。分担してやれば、そんなに負担になることも無かったし、俺達にあんだけの量やらせる必要も無かったってこと」


 俺の話を聞いて、みんなが「ああ~」と納得したように頷いた。朱音は「まぁ、確かに」と渋々納得した様子だったけど。


「まぁとにかく、今回の件ではこれ以上は責めないでやってくれ」

「……会長が、そう言うなら」


 まだ不満はありそうなものの、どうにか怒りは収まったようだ。内心ほっとしていると、新藤が「けど」と口を開いた。


「何にしても、あの人がいい加減でだらしないのは変わりありませんけどね」

「ですね。生徒会室で平気でたばこ吸おうとしたこともありますし」

「それにめんどくさがりだしね~、私以上に」

「私もほぼ同意見ですね」


 それぞれがすみれ先生に対する不満を口にする。俺はそれを聞きながら、ボロクソに言われてるなと思いつつも、否定できないでいたのだった。

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