第3話:観察しよう

 四月一日家に来てから一週間が経過した。その間これといって特別なことは何も無かった。強いて言えば、私の手続き関連がほぼ終了し、私が正式に四月一日六花になったことくらい。


 そういえば、その時の春お兄ちゃんは嬉しそうだった。私はよくわからない。嫌ではない、ただ、嬉しいかどうかはまだわからない。


 春お兄ちゃんが悪い人じゃないのはわかってる。この人はとても優しいのだろう。一緒に居ると心地よい。


 でもだからこそ、もう要らないと言われてしまったなら、その時私は耐えられるのだろうか。それが怖くて仕方ない。


 以前お兄ちゃんに聞いた。「私は要らない子なの」と。お兄ちゃんはそんなことないと、信用できないなら、これから見極めればいいと、そう言ったけれど。


 お父さんとお母さんは私を捨てた。捨てたと言うと誤解があるのだろうか、正確には夏美さんに、そして春お兄ちゃんに託した。


 でも私からすれば、それは捨てられたのと同じこと。親戚の人たちも、私を邪魔者扱いするように受け入れを拒否した。


 そんな人達のもとに、今更戻りたいとは思わない。だったらまだ、お兄ちゃんのもとに居た方がいい。けれど。


 ……お兄ちゃんは要らないなんて言わなかった。それはわかってるけど。


 やっぱり今日もまた、私はお兄ちゃんを見続ける。お兄ちゃんの言う通り、きちんと判断するために。



「ジーーーーー……」

「………………」

「ジーーーーーーーーー……」

「………………」

「ジーーーーーーーーーーーー……」

「………………あの、何でしょうか、六花さん」


 洗濯物を畳んでいると、六花がジッと俺を見続けていることに気付いた。


 ここ一週間くらい、六花がやたらと俺を見ていた。見ていたというか、観察していた。


 いつからだろうかと記憶を遡ると、何となくわかってきた。


 多分俺が見極めろ、なんて言ったからなんだろうなぁ。


「……えっと、もしかしなくても、見極めようとしてる?」

「……うん。だから、見てる」

「…そういうこととは、違う気がするんだけどなぁ」


 俺は苦笑いしながらそう呟くが、六花は気にせず俺を見ている。



 そしてそれは、他に何をしていてもお構いなしだった。


 料理中の時も。


「ジーーーーー……」

「………………」


 掃除中の時も。


「ジーーーーー……」

「………………」


 お風呂の時も………って。


「いやさすがにお風呂とかはダメだよ?」

「……どうして?」

「どうしてって、え~と……とにかく! こことトイレだけはダメ!」

「むぅ……わかった」


 不満たらたらな様子で脱衣所を出ていく六花。


 危なかった、さすがにこれ以上はモラルやら何やらが危ういからね。……他に誰もいないけどさ。


 とはいえ、やはりというべきか、就寝の時も、俺の部屋まで入ってきて観察していた。


「ジーーーーー……」

「寝られないのだが」

「気にしなくてもいいよ」

「無理がある」


 そんな調子で一週間、そして今日も観察されていた。別に見られるのが嫌という訳じゃないが………いや、見極めろと言ったのは俺だしなぁ。もうしばらくしたら止めてくれるだろう。


 それよりも……。


 昨日のことだが、深夜たまたま六花の部屋の前を通りかかったとき、すすり泣くような声が聞こえて、申し訳無いと思いつつ六花の部屋に入ったとき、六花は「お母さん、お父さん、どう…して」と寝言で言いながら泣いていたのを見た。


 ご両親と別れて、まだ一月も経ってない。気にせず新しい暮らしを楽しめるわけもない。本人からすれば、捨てられたも同然なのだ。悲しいに決まってる。普段は無理をしているのだろう。


 どうにかしたいけど、俺はまだ六花の家族になったばかり。しかも六花はまだ、俺も捨ててしまうような人なのか見極めている最中。


 今俺が何を言っても、多分六花には届かない。



「難しいな、ほんと」

「……? 何が?」

「何でもない。それはそうと六花、来週からいよいよ登校するけど、大丈夫そうか? もし不安なら、初日だけでも一緒に行くけど」

「…ううん、大丈夫」

「…そっか。ああ、それと………はい、これ」


 俺は近くにあった小さな棚からあるものを取り出して、六花に渡す。


「……鍵?」

「ああ、家の鍵だ。無いと困るだろう、六花の方が早く帰ることになるからね」

「……えっと」

「持っといて。もう家族なのだから、そういうので遠慮はしないこと」


 六花は渡された鍵をしばらく見つめ、やがてポツリと言った。


「……ありがと」

「ああ」


 六花がこの時どう思ったかはわからないが、お礼を言った後、六花はその鍵をぎゅっと握ったのだった。



 ―――お兄ちゃんに鍵を渡されたとき、正直戸惑った。貰っていいものなのか。確かに私は四月一日家の一人になったけど……。


 でも、不思議な感覚もあった。心がフワッとした感覚。


 わかってる。思ったんだ、帰る場所があるんだって、実感したんだ。


 お兄ちゃんは、私を信用してくれているのだろう。そうでなければ、自分の家の鍵を預けたりしない。


 でも私はまだわからない。お兄ちゃんを信用していいのか。今日までいろんなことをしてくれたし、それはとても嬉しいけれど、信じられるかどうかは、別の話。


 ―――でももし、もしもお兄ちゃんを信じられるようになって、もっとたくさんのことを一緒に出来たら、きっと楽しいんだろうな。


 、ただ素直になれないだけの私は、そんなことを思いながら、ぎゅっと鍵を握りしめた。




 その日の夜。

 もう寝ようとしたところで、携帯の着信音が鳴る。


「またか……」


 送信元が誰なのかわかりきっているが、無視するわけにもいかず、携帯を見ると。


『会長‼ 一体いつ登校されるんですか⁉ もう仕事が溜まってきてますよ⁉』

『あはは、さすがにあの量はえぐいねぇw』

『草生やしてる場合じゃないですよ。例によって西岡先生が大量に仕事を押し付けてくるんですから』

『てか会長、どうしてそんなに休んでるんです?』

『ちょっと色々複雑でさ。来週からは行けるから、仕事はやれる分だけでいいからやっといてくれ。それじゃお休み』

『あ! だからちょっと待ってくださいってば~‼』


 携帯を置いてベットに寝転がる。


 六花とはまだまだ、ほんとの家族ってわけにはいかないけど。一先ず来週からは登校するし、色々問題もありそうだから、対策しっかり考えないとな。


「……あ、そうだった。六花まだ、携帯持ってないよな」


 そのことを思い出した俺は明日の予定を決めて、早めに寝るのだった。



 ――――私は先輩に待ってと願うも聞き入れられず、もうっ‼ と携帯を枕にボフッと投げて自らもベットにダイブした。


「先輩のバカ」


 一体どれだけ仕事が溜まっていると思ってるのかあの人は。中学のころからそうだ。基本まじめなくせに、唐突にこうやってこちらに任せっきりになる時がある。


 こちらとしては溜まったものじゃないが……。


「どうしても、嫌いになれないのよね」


 なんだかんだ言っても、ずっと憧れてきた人だから。あの人について行きたくて、同じ高校を選んだのだから。


「来週は来るって言ってたし、その時はいっぱい文句言ってやるんだから」


 そんなことを思いながら、私、三枝朱音さえぐさあかねは眠ったのだった。

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