第4話:携帯を買う
翌日の朝。
俺は六花に携帯の件を伝える。
「携帯……うん、持ってない」
「だよな、だから今日買いに行こうと思ってるんだけど」
「……いいの?」
「ああ、というより、持っておいて欲しいんだ。何かあったとき、すぐ連絡取れるように」
六花は少し渋ったけど、俺がそういう事情だからと説明すると、納得してくれた。
「よし、じゃあさっさとご飯食べて買いに行こうか」
「うん」
俺達は早めに朝食を済ませると、支度をして出かける。
15分程で携帯ショップにたどり着き、店内を見て回ることに。
「六花はどれがいい?」
「ん……う~ん」
って聞かれても、良し悪しなんてわからないよな。
「店員さんに聞いてみるか」
「うん」
「すみません」
「はい、御用でしょうか」
俺は近くにいた店員に聞いてみた。
「この子に携帯を持たせたいのですけど、いいのありますか?」
「そうですね…でしたら、こちらなどはいかがでしょう。画面も大きくデフォルトでアイコン等が少し大きめに表示されるので、お子様からご高齢の方にも使いやすくなっております」
「へぇ、確かに見やすいな……どう?」
「……他にも色はあるの?」
「はい、黒、白、赤、青、ピンクの5種類ございますよ」
「……じゃあ、これのピンク」
「ピンクですね、持って参りますので、少々お待ちください」
そう言って店員さんは一時去っていく。
「ほんと、決断早いね……驚きだよ」
「そう?」
「うん、俺だったら後30分くらいは迷うかも」
「………春お兄ちゃん、あの」
「ん?」
「ほんとに、いいの? お金とか……」
「言ったでしょ、遠慮なんかしなくていいって。お金も正直、母さんが稼いだのに、滅多に使わないし、かなり余ってるから。というか、子供がお金の心配何てしなくていいの。そういうのは大人に任せておきなさい」
「……春お兄ちゃんも、まだ学生だけど」
「うっ。俺は…いいんだよ、一人で暮らしてきたんだし、うん」
「……一人で? 夏美さんとお父さんは?」
驚いた様子で質問する六花。……母さん、その辺の話もしてないのかよ。
「ああ、母さんはまあ、知っての通りアメリカで仕事してるからね。それも俺がまだ中学生のころから」
「…春お兄ちゃんを置いて行ったの?」
「というより、俺が自分の意思でこっちに残ったんだ。さすがに、海外の学校でやっていけるほど、自信があるわけじゃなかったし」
「…お父さんは?」
そう聞かれ、少しだけ躊躇った。今の六花に話せることだろうかと。
――――だけど、いつかは言わなきゃいけないことだろうし。
「……俺が小学5年の時に、他界……えっと、死んじゃったんだ。事故だった」
「あ………ごめんなさい、私」
「気にしなくていい、もう俺も母さんも乗り切ったことだから」
さすがに5年も前のことだ、気持ちの整理はとっくについてる。
「……私は、私も……出来るのかな」
「うん?」
「…何でもない」
「そう……それにしても、店員さん遅いな。何かあったかな」
俺がそういうと、ちょうど店員がこちらにやって来たのだが。
「申し訳ございません。只今ピンク色の在庫が切れてしまってまして、入荷は二週間後になってしまいます」
「ありゃ、そうだったんだ…どうする、六花」
「一応他の色でしたら在庫はあるのですが」
「……春お兄ちゃんの携帯は、何色?」
「俺? 俺は黒だよ」
「じゃあ、私も黒にする」
「え、いいのか? 他の機種なら可愛い色もあるんじゃ」
「ええ、もちろんございますよ」
店員もそう言うが、六花は首を横に振った。
「春お兄ちゃんと、同じ色にする」
「…そっか。すみません、黒でお願いします」
「ふふっ、わかりました。それでは持って参りますので、あちらの席でお掛けになってお待ちください」
店員の案内の元、席に着いた俺たちは、また少し待つことに。
「…けど、ほんとに良かったの?」
「うん……あれがいい」
「そっか」
それから戻ってきた店員の説明を聞いたり、手続きや携帯の設定を行い、無事に購入することが出来た。
六花は携帯は初めてなのか、どこか少しだけ嬉しそうにしながら、しばらく自分の携帯を見つめていた。
「六花、ちゃんと前見て歩かないと危ないぞ」
「うん…春お兄ちゃん」
「ん?」
「…ありがとう」
「どういたしまして」
その後、俺と六花の連絡先を交換すると、六花はまた携帯をジッと見つめていた。
(そんなに気に入ったのだろうか。それならよかったけど)
俺はそんな六花を見ながら、周囲にぶつからないよう誘導するのだった。
家に帰り、夕飯の準備をする。今日のおかずは簡単に味噌汁と野菜炒めと焼き魚。俺は野菜を切り、六花も隣で味噌汁を作る。六花はなんだかもうすっかり手馴れている。本当に呑み込みが早いから、俺としては助かるけど、ちょっとだけ複雑だったり。
「これくらい?」
「ああ、いい感じだね。じゃあ味噌汁はそれくらいで、後はこっちをお願いね」
「わかった」
今度は人参の皮をピーラーで向いていく。本音を言えば、まだ刃物はピーラーでも使わせたくは無いのだけれど、六花がどうしてもというので、こっちが折れた形だ。
そんなことを思っているうちに、六花はピッピッとこれまた手馴れた感じで向いていく。
「なんか、すっかり主婦って感じがするなぁ」
「……? 何が」
「何でもない。それ向き終わったら、こっちに頂戴」
「うん」
そんな感じで料理していき、全て作り終わると早速食べ始めた。
だが六花は食べながらも、先ほど買った携帯をまだジッと見ている。
「…そんなに気に入ったの? 携帯」
「…多分」
「多分て」
「…初めてだから。気になってるのは、確かかも」
「さっきからずっと見てるもんね」
「…うん」
六花は返事をしながらも、視線は携帯から外さないのだった。
――――初めて、携帯を買ってもらった。今の時代、持ってない小学生なんてあまりいないのだろうけど、私は前の両親に買ってもらえなかった。
私の家はあまり裕福じゃなかった。離婚後、どちらも私を捨てたのだ、当然と言えば当然だろうけど。だからこれから先も、携帯はおろか、何かをねだっても買ってもらえないと思って諦めていた。
けど、春お兄ちゃんは買ってくれた。私はお金の心配をしてしまったけど、気にするなと言ってくれた。それが少し、申し訳ない気持ちもあったけど、嬉しかった。
一番最初に春お兄ちゃんの連絡先を登録した。何となくだけど、それも嬉しかったのかもしれない。私は春お兄ちゃんに注意されても、どうしても携帯から目を離せなかった。
夕食を取って、お風呂も済ませた後、部屋に戻っても私は携帯を見つめていた。
「…そうだ」
私はあることに思い至り、携帯の画面を付けてインストールしておいたSNSアプリ・LIINを起動して、春お兄ちゃんにメッセージを送る。
『春お兄ちゃん、今日は携帯を買ってくれてありがとう。とても嬉しかった。おやすみなさい』
と書いて送信する。
普段は素直に言えないから、こういうのを使わないと気持ちをうまく伝えられない。
「……でもいつか、自分の口で言えるようになったらいいな」
私はそう思いながら、布団に潜った。
――――そろそろ寝ようかというところで、またまた携帯の着信音が鳴る。
「……今度はなんだ」
若干めんどくさがりながらも、LIINを起動すると。
『春お兄ちゃん、今日は携帯を買ってくれてありがとう。とても嬉しかった。おやすみなさい』
「…………………」
なんか涙が出てきそうになった。
「六花が、嬉しいって」
まだあまり感情を表に出そうとしない六花が、初めて嬉しいと言ってくれた。これほど嬉しくて感動することがあろうか、いやない。
俺はすぐに『どういたしまして。おやすみ』とだけ送って、この気持ちを抱いたまま眠るのだった。
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