第5話:初登校日

 いよいよ六花の初登校日となった今日、俺は朝からそわそわしていた。


「ええと~、ハンカチ持ったしティッシュも持った。必要な書類はかばんに入れてるし、それから………」

「……春お兄ちゃん、そんなに心配しなくても。昨日10回も確認してたよ」

「そ、それはそうだけど。やっぱり一人娘の初登校ともなると……」

「……春お兄ちゃんはいつの間にお父さんに?」


 俺は今、娘を持つ父親の気持ちというのが少しだけ分かった気がする。これは確かに心配にもなる。


「大丈夫だよ、春お兄ちゃん。全部持ったし、危ない道通るわけじゃないし」

「そう……だよな。うん」

「それより、もう行かないと、遅刻するよ」

「おっとそうだった。それじゃ行こうか」

「うん」


 玄関を出て扉の鍵を閉める。俺の通う早見高校と六花の通うゆきみ小学校は途中まで道は同じなため、毎日そこまで一緒に登校することになっている。


 道中歩きながら、俺はやはり心配が尽きないでいたが、ここでそれを口にしても、六花にまで不安を与えてしまうだろう。グッと堪えて別の話題で話しかけた。


「まあ、俺の心配はともかく。友達、出来るといいな」

「……うん」

「不安か」

「少し」

「少なくとも学校の雰囲気は良さそうに見えたし、きっと大丈夫だろう」

「そうだといいけど」


 不安そうな六花だが、こればかりは本人の頑張り次第だろう。まさか俺が直接行って「六花と友達になってくれ」なんて言えるわけでもなし。


 そんなことを考えているうちに、別れ道が見えて、俺達はそこで別れることになった。


「じゃあ六花、気を付けてな」

「うん、春お兄ちゃんも」

「はは、わかった。六花、いってらっしゃい」

「……行ってきます」


 六花は少し恥ずかしそうに顔を赤くしながら言って、学校へと歩いて行った。


「さて、俺も行かないと。というか、今日は色々騒ぐ奴がいるだろうからな。あんま気が乗らないんだけど」


 ぼやきながら俺も学校へと向かった。



 教室へ着くとクラスメイトが次々と俺に「なんで休んでいたのか」と質問してくるが、俺は言葉を濁して答えた後、自分の席に着く。


 すると横からいつもの見慣れた顔の男子が近づいてくる。


「オッスオッス~、長期休暇はどうでしたか? 会長殿」

「言うほど長期ってわけでもないだろ多分。それより何か用か、集」


 こいつは足立集あだちしゅう。身長は大体俺と同じで170半ばくらい。短い茶髪に茶色の瞳。見た目はそれなりにチャラいが、こう見えて何事もキチっとこなす性格をしている。


「はは、まあ聞きたいことは分かってるだろうけど、やっぱいいわ」

「…なんでだよ」

「だって今は話す気はないんだろ?」


 そして相変わらず悟いやつ。


「ああ。いつか話せるようになったら話すよ」

「それでいいさ。それよりほれ」


 集はノートを数冊俺に渡してきた。


「ん、なんだこれ」

「お前が休んでた分のノート、取っておいてやったんだよ」

「……そうか、ありがとな」

「食堂のプレミアムパフェでいいぜ」

「わかったよ、今日の昼でいいよな」

「よっしゃ! もはやそのためだけにやったと言っても過言じゃないぜ」

「…台無しだな、色々と」


 俺は呆れながらそう言ったが、実際はかなり感謝しているし、いい友人を持ったと思ってる。決して本人には言わないが。調子に乗るし。


「ほれ~、席に着け~。出席取るぞ~」


 HRの時間になり、すみれ先生が教室に入ってくる。

 出席を取り、簡単に連絡事項を告げてHRは終了となった。


「ああそうだ。四月一日、ちょっといいか」

「はい」


 すみれ先生に呼ばれ教室を出る。


「例の件、大丈夫そうか?」

「ええ、一先ずは」

「そうか。ならいいんだが」


 先生にはしばらく休むことを伝えたとき、同時にうちの事情も説明していたので、大体のことは把握している。


 普段は不真面目な先生だけど、こういう真面目な話の時はちゃんと生徒と向き合ってくれる良い先生でもある。


「なんか言ったか」

「いえ、何も。まあとにかく何とかなりそうです」

「ん、わかった。ただこれから先何かあったらまず私に言え。これでもお前の担任だからな。必要なら相談なりなんなりしなきゃならんのでね」

「んなだるそうに言われても……。けどわかりました、そうします」

「ああ、よろしく頼む」


 そう言って先生は立ち去ろうとして、何か思い出したようにこちらを振り向いた。


「そうそう、四月一日、お前放課後は覚悟しておいた方がいいぞ。副会長が相当ご立腹だったからな」


 面白がって笑いながら言って、今度こそ立ち去った。


 俺は先生の言葉を聞いて。


「帰っていいかな」


 一人呟いた。



 ――――私は今、4年1組の教室の前に立っている。自己紹介をしようとしているのだが、どうにも緊張しているのがわかる。


「それじゃあ六花ちゃん、自己紹介お願いね」

「はい」


 石塚先生に言われて、私は黒板に自分の名前を書く。一瞬“佐々木”と書きそうになって、慌てて訂正する。


(これはまだ慣れないな)


 そう思いながら、『四月一日六花』と書いて、生徒の方へ向き直り、自己紹介をする。


「四月一日六花です。今月日本に引っ越してきました。よろしくお願いします」

「みんな、仲良くしてね。六花ちゃんの席は、あそこね」


 生徒たちが「はぁーい!」と元気よく返事をする中、私は指定された席へ歩く。

 席について座ると、右隣の女子生徒から声を掛けられる。


「初めまして。私佐藤亜美さとうあみっていうの、よろしくね、六花ちゃん」

「あ、うん。よろしく佐藤さん」

「ふふっ、亜美でいいよ」

「…えっと、じゃあ、亜美ちゃん」

「うん!」


 何ともおしとやかな感じで話す亜美ちゃん。見た目も相当可愛い。黒髪ロングにくりくりとした可愛らしい瞳。身長は私と変わらないだろうか。

 将来は美人さんになるかもしれない。


 HRが終わると、他の生徒たちはどんどん私のもとに集まり、次々と質問してくる。けど私はどうしようかと思っていると、一人の元気な少女が「こら~‼」とみんなを叱る。


「そんないっぱい質問しても、六花ちゃん答えられないでしょ! 質問は一人一個で順番に!」

「はーい」


 彼女の言葉に意外にも素直に従う生徒達。その様子を見ていたら、例の少女が話しかけてきた。


「ごめんね、六花ちゃん。あいつら遠慮とかないんだから」

「う、ううん。気にしてない。その、ありがとう」

「えへへ、困ったときはお互い様だよ。あ、私は千石千里せんごくちさとっていうの。千里でいいわ、よろしくね、六花ちゃん」

「よろしく、千里ちゃん」


 茶髪でショート、いかにも元気ですと言わんばかりの瞳。こちらも身長は私と大差ないだろう。元気で可愛らしい子だ。


「ちなみに、千里ちゃんはクラス委員長をやってるんだよ」

「えっへん!」

「あ、だからみんな素直に従ったんだ」

「そういうこと。六花ちゃんも困ったことがあったら、すぐに私に言ってね。力になるからさ」

「……うん、ありがと」


 気さくに接してくれる二人に感謝しつつ、どうにかやっていけそうかもと一安心した。


 その日の授業は滞りなく進み、あっという間に放課後になった。


「六花ちゃん、よかったら一緒に帰らない?」

「え……いいの?」

「もちろん! 私達、もっと六花ちゃんと仲良くなりたいもの」

「そうそう! だから一緒に帰って、しんぼく? を深めるのだ!」

「………じゃあ、うん」


 私がうなずくと、二人は喜んでくれた。

 私もなんだか嬉しくなった。初日からこうして仲良くしてくれる人がいてくれたことに、感謝しないと。


 三人で学校を出て、帰宅する。家の方向はみんな同じみたいだった。道中私の事を聞かれて、ある程度は素直に答えた。両親の事と春お兄ちゃんが血の繋がりがない兄妹だということは伏せたけど。


「へぇ~、それじゃ六花ちゃんは今、そのお兄さんのお家で暮らしてるんだ」

「うん」

「ねぇねぇ、そのお兄さんはどんな人?」

「…えっと」


 聞かれて少し戸惑、思わず足を止めた。私が知ってる春お兄ちゃんって優しいのと一緒に居ると暖かくなることくらいだ。


 ―――私、春お兄ちゃんのこと、ほとんど知らない。


「どうしたの、六花ちゃん」

「もしかして、何か失礼なこと聞いちゃった?」


 私が考えていると、二人は深刻に受け取ったのか、慌てていた。


「あ、ううん、違うの。……その、私、まだ春…お兄ちゃんのこと、ほとんど知らなくて」

「そうなんだ……でもそれなら、これから知っていけばいいと思うよ」

「そうだね! まだ新しい生活が始まったばかりなら、これからだよ、これから」

「…うん、そう…だよね」


 そうだ、二人の言う通り、これから知っていけばいい。春お兄ちゃんが私を要らないと言わない限り、あの場所に居られるのだから。


 私はそう決めて、再び歩き出した。

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