第2話:遠慮

 次の日、俺は学校をしばらく休むとすみれ先生に連絡を入れた後、六花の住所登録などの手続きを済ませるため、役所まで来ていた。案内の元、色々手続きを済ませることが出来た。事情がちょっと特殊なため、説明するのが大変だったが。

 済ませたといっても何日か要する手続きもあるため、完了とはいかないらしい。大人はこういうのを何度も経験してるんだろうか。思ったより大変だ。


 六花は手続きをしている間、ずっと俯いたままだった。やっぱりご両親と会えないことに落ち込むし、まだ慣れないこの環境が怖いだろうな。ただいきなりどうこうできる問題でもないし、時間を掛けていくしかないのだろう。


 役所の次は大きなショッピングモールへ向かった。六花の日用品やら部屋に置く家具やらを買うためだ。


 中へ入り色んなお店を物色していくが、やはり六花は俯いたまま。


「六花、何か欲しいものがあったら言ってね」

「…………」

「六花? どうしたの? 体調悪い?」


 六花はフルフルと首を横に振る。


「………もしかして、遠慮してる? 買ってもらうのは申し訳ないって」

「…………」


 今度はコクっと縦に首を振った。


 やっぱりか。まあ必要なものとはいえ、いきなり買ってあげるなんて言われても、そりゃ遠慮しちゃうよな。


 どうしたものかと少し考え、六花の目線と同じ高さになるよう屈んで、出来るだけ柔らかい声音であることを提案する。


「じゃあさ、こうしようよ。一先ず今日は六花に必要なものを買う。その代わり、六花は今日から家事を手伝う。これなら、ただで買ってもらうわけじゃなくなるでしょ?」

「………家事、あんまりできない」

「ふふっ、そこは俺が教えながらやるから、大丈夫だよ。どうかな?」


 六花はまた俯いたけど、考えているのか両手をギュッと握ってから俺に目を向けて頷いた。


「わかった。私、やる」

「決まりだね。じゃあ速いとこ買い物済ませちゃおうか」

「うん」


 正直家族で代わりに何かやってもらう、みたいなこと提案したくは無いけれど、こうやって少しずつでも慣れていければいいだろう。


 その後は改めて色んなお店を周る。六花は先ほどとは違って、並んでいる商品を興味深そうに眺めたりしていた。笑顔こそ無かったものの、少しだけ良くなったかなと思えた。


 必要なものを買い揃え、帰宅する。


「さてと、夕飯の準備するけど、六花は何か食べたいものある?」

「………カレー」

「カレーって、昨日も食べたよ? 残りはまだ少しだけあるけど…」

「それがいい」

「そう? 他にも大抵の料理なら出来るけど」

「……美味しかった、から」

「………そっか、うん。わかった。けど、他にも何か作るから、栄養偏らない様にちゃんと食べるんだよ」

「うん。……私も、手伝う」

「ん、ああ、そうだね。じゃあさっそく手伝ってもらおうかな」


 俺は六花に教えながら、料理を手伝ってもらった。六花は結構吞み込みが早く、俺が教え終わるころには包丁を難なく使いこなしていた。俺は結構時間掛ったのになぁ、なんて遠い目をした。


 無事作り上げた料理も食べ終え、お風呂も済ませて自室に入る。六花も疲れたのかすでに眠っている。


 俺ももう寝ようとしたとき、携帯から着信音が鳴る。見てみると生徒会メンバーからメッセージが届いていた。


「しまった、今日からしばらく学校休むこと伝えてなかったな」


 俺は即座にみんなに伝えるためメッセージを送信する。


 すると――――。


『はい⁉ ちょ、どういうことですか会長‼』

『あはは、ついに会長君にも春到来とか?』

『りょです』

『わかりました。こちらのことはご心配なく』

『って‼ なんで三人はそんなに冷静なんですか‼』

『何かあったら連絡くれれば指示を出すから、よろしくな』

『ちょっ、会長‼ 待ってくださいよ~‼』


 俺はそれだけ伝えると携帯を枕元に置いて、今度こそ眠るのだった。



 翌日の朝、二人で朝食を取っているときの事。


「そういえば、六花はこっちの学校に転校って形で入るんだよな。どこの学校なのか聞いてるか? 手続きしろって母さんには言われたけど」

「………ううん、何も」

「え? 何も、聞いてないの?」

「うん」

「マジかよ。ちょっと待ってて」


 俺は母さんに電話を掛けるが、応答なし。おそらく仕事中なのだろう。


「………どうすればいいの、これ」

「むぐむぐ………ンッ。春お兄ちゃん、どうするの?」

「どうしようね。とりあえずは………あー……、どの学校がいいか探してみるか」

「うん」


 結局そうするしかないのだろうと思い、俺は六花と一緒にパソコンで調べることにした。


「ん~、この近辺だと2校あるのか。あんまり遠いとこだと通学大変だから、これのうちどっちかでいいかな。それとももう少し距離伸ばすか?」

「ううん………こっちにする。ゆきみ小学校」

「決断早いな……まあ六花がそういうのなら。ただ一応、どういう校風なのか調べてからね。あんまり環境良くなさそうなら変えるから」

「うん、わかった」


 納得してくれたことにホッとし、早速電話を掛けて転校の件を伝える。すると今日にでも学校を紹介してくれるとのことなので、俺達はゆきみ小学校へと向かうことにした。


 学校はうちから10分くらいの場所にあった。


「割と近かったね」

「うん、これなら楽」

「はは、そうだね。……それで、担当の先生が校門前にいるって言ってたけど、どこだろうか」

「………?」


 校門前に立って周りを見渡すと、校舎の入口から先生らしき人物が走って出てきた。


「す、すみません! お待たせしました!……はぁ……はぁ」

「いえ、大丈夫ですよ。それより、先生の方が大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です……ふぅ。こほん、ええ…私は石塚いしづかまいといいます。四月一日春さんと佐々木六花ちゃんですね、お話は伺っております。早速案内させていただければと思いますが、よろしいでしょうか」

「はい、お願いします」

「…おねがいします」

「はい。では、私についてきてください」


 石塚先生の案内の元、俺達は校舎内を周ったあと、接客室へ招かれ、様々な資料を基に説明を受けた。先ほど見た校舎内と生徒達の様子、そして先生の話を聞く限りは結構良さそうな場所だ。後は六花が気に入るかどうかだけど。


「説明はこれで以上となりますが、改めていかがでしょうか。何か質問等ございましたら何でも聞いてくださいね」

「俺はいいと思うけど、六花はどう?」

「…うん、ここがいい」


 表情は変わらないが、どうやら気に入ったようだ。


「それじゃあ、ここに決めます。手続きお願いしても?」

「ありがとうございます! それでは書類を持ってきますので、少々お待ちください」


 石塚先生は急いで接客室を出ていく。


「……ふぅ。一先ず転校先決まって良かったね」

「うん」


 相変わらず変わらぬ表情だが、何となく六花もホッとしているのかもしれないと思った。


 けど同時に不安もあるだろう。まだ両親と別れて間もないのに、いきなり知り合いのいない場所に行くことになるのだから。先生も色々気は使ってくれるだろうけど、限度はあるしね。

 俺が登校を再開しても、こうやって毎日毎時間心配するのかな。

 もしや過保護になっているのではないか。


 そんなことを思っていると、六花が声を掛けてきた。


「春お兄ちゃん」

「ん、ああ。何?」

「………やっぱり、何でもない」

「え~、気になるな~」

「何でもない」


 六花が何を言おうとしたのかわからないが、この時初めて見た。


 六花の顔が、少しだけ赤く染まっていた。



「今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ。六花ちゃん、登校してくる日を楽しみにしてますね」

「うん、先生、ありがとう。よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 手続きを済ませた後、石塚先生に挨拶をして、俺達は帰宅した。


 昨日と同じように夕食の準備を二人でしながら、今日のことを話していた。


「いい先生だったね」

「うん」

「これから楽しい学校生活になるといいね」

「……うん」


 六花はまた俯いたままだ。不安からだろうか………何か違う気もするけど。


「春お兄ちゃん」

「何?」

「お兄ちゃんは、私の事、要らないってならないの?」

「…………どうして?」


 六花は手を止めて話し始める。


「親戚の人たちは、私の事いらないって言った。お父さんもお母さんも、やしなえないからって。私は、いらない子なの?」

「―――――」


 そうか、ずっとそれを気にしていたのか。考えてみれば、当然だろう。誰にも必要とされず、厄介払いされたんだ。そう思ってしまうのは、無理もない。


 ―――すぐに気づけなかった自分に腹が立つ。


「……六花。俺にとって六花は、もう大事な家族だよ。だから、要らないなんて思わない。これは絶対」

「……ほんと?」

「ああ、本当だ。……と言っても、すぐに信用できるわけもないだろうから。だから、これから見極めていけばいい。俺が君を要らないなんて言う最低な奴なのか、それとも君を必要としている奴なのか。俺はいつだって必要だと示すから、六花は自分の目で見て、判断して欲しい」

「―――――お兄ちゃん」

「とりあえずは、そういうことでいいかな」

「……うん」


 人は他人をすぐに信用しない。俺もそうだし、六花もそう。だから結局は時間を掛けていくしかないのだ。


 俺は六花の家族だと認めてもらえるように、これからも頑張ろうと心に誓ったのだ。

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