第8話:二者面談とは一体
六花がただいまと言った時、不思議な感覚を覚えた。
今までにない、と言ったら噓になるけど、久しく忘れていたこの感覚。
―――小さいころに母と父が毎日言ってくれた言葉だ。
「ただいま」と「おかえり」なんて、誰の家でも毎日普通にやっていることだろうけど……俺と六花は違う。俺達の毎日に、この普通は無かったから、不思議な感覚だと思ったんだ。
俺は一瞬言葉に詰まったけど、出来るだけ優しく「おかえり」言った。すると六花は今までにないくらいの笑顔を見せた。
「………えへへ」
「ん、どうしたの?」
「ううん、何でもない………えへへ」
「…その割には、笑ってるけど」
「何でもないの。それより、私も手伝うね」
「ああ、なら早く着替えて手を洗ってきて」
「うん!」
トタタッと上機嫌でリビングを出ていく六花。
「……そんなに嬉しかったのか」
気持ちはよく分かる。俺も結構嬉しい、六花がちゃんと「ただいま」と言ってくれたことが。それは少なからず、この家を自分の居場所だと認識してくれている証拠と言ってもいいだろう。だからこそ嬉しかった。
「…よし、気合を入れて作りますか」
腕捲りをして、再び料理を始める。
「春お兄ちゃん、準備できた」
「ああ、じゃあこっちのほうお願いするよ」
「うん」
戻ってきた六花は流石にもう笑ってはいなかったけど、今までの中でも一番柔らかい雰囲気を感じたのだった。
―――翌日。
午前授業が終了し、いつも通り集がこちらへやってきた。
「よ~っす。どうよ、俺の素晴らしいノートは」
「ああ、まあ……普通だな」
「って普通かい!」
「あと字がちょっと汚い」
「まさかのダメ出し⁉」
「冗談だ、助かってるよ。明日中にでも返せそうだ」
「はは、そっかそっか。それなら良かったぜ」
集は一々反応が面白いから、ついからかってしまう。
「それより春、三者面談っていつにした?」
「ん、今日だけど」
「あ、そうなの? ……やっぱ、ママさんは…」
「ああ、だからいつも通り、二者だな」
「な~る。けどお前よくすみれちゃんと二者で面談出来るな。俺だったら絶対逃げ出すわ」
「……お前の場合、そのすみれ先生よりダラしないからだろ」
「え~、んなことないと思うけどな~……多分」
「自信ないんかい」
というか過去に一度だけ、こいつは本当に逃げ出したことがある。当然理由はお小言を言われたからなのだが。
「すみれ先生にダラしないって怒られるなんて、人間として終わってるぞ」
「……春って、何気に酷いことサラッと言うときあるよな」
集がジト目でこちらを見る。
……そうだろうか、割と事実を言っているだけだと思ってるけど。
「で、なんでそんなこと聞くんだ?」
「ん、ああ。ほら、最近あんま遊べてなかったからさ。ここいらでどうかなって」
「…………あー」
俺がどう言うべきか少し迷った。六花の事はもう少し落ち着いてからじゃないと話せないし、かといってあんまり断り過ぎるのもなぁ。
「……やっぱまだ家の方が忙しいか?」
「…ああ、悪い」
「はは、了解だ。気にすんなよ、俺はいつでもいいからさ」
「助かる」
…やっぱなんだかんだで、良いやつだよな、集は。
「会長君、ちょっといいかにゃ?」
「なんだ、梨沙」
そんなことを考えていたら、梨沙がこちらへやってきた。ちなみに梨沙も俺達と同じクラスだ。
「文化祭の資料作成でちょっと聞きたいんだけど」
「ああ、何?」
「え~っとね~、ここなんだけど~」
言いながら梨沙は俺の顔の真横まで顔を近づけて、資料を見せてきた。
(近っ、ていうかいい匂いがする。香水ってわけじゃなさそうだけど…)
「………って、聞いてる? 会長君」
「え、ああ。聞いてるよ」
「…あ。にひひ、もしかして~、私にドキドキしてたり?」
「…断じて違う」
「ええ~~、ホントかなぁ」
梨沙はからかうようにニヤニヤしだした。こうなった梨沙は結構面倒くさいのだが、そういう時は大体こう言って切り抜ける。
「…それ以上言うならもう教えてあげない」
「あ……。あはは、じ、冗談だってば~。もう言わないから、お願い! 教えて!」
「…まったく。それで、話を戻すけど…」
俺はどうにか切り抜けて、梨沙と話の続きをした。その間、今度はそれを見ていた集が、やたらとニヤついていたが、俺は気にしないことにした。
―――放課後になり、俺は梨沙に今日もよろしくとだけ伝えて、二者面談すべく応接室へと向かった。
たどり着くとノックをして中へと入る。応接室の真ん中には既にすみれ先生が机を並べて座っていた。
「おー、まあ座りたまえ」
「失礼します」
俺は先生と向き合う形で、対面に座った。
「それじゃあ面談を始めるぞーって言っても、ぶっちゃけ四月一日に話をすることなんて、あんまり無いんだけどな」
「面談の意味よ」
「まあそうなんだが、一応体裁を保つ意味ではな………それで、改めて聞くが、家庭の方は大丈夫なのか」
「ええ、一先ずは。妹も落ち着いてきたみたいですし、学校でも友達が出来たって喜んでましたから」
「ふっ、そうか。ならばいいのだがな。やはりまだ学生の身であるお前が、小学生の親代わりなんて、私でさえ心配するからな。一応聞いておきたかったのさ」
「……先生」
「なにせ、ただでさえ面倒なことになっているのに、そこでさらに問題なんて起こしたら、私にまで責任を問われるだろう?」
「台無しだよ色々と」
途中までは教師らしいことを言っていたのに。本当にこの先生は……。
「ま、冗談はこれくらいにしておいてだな」
「あんまり冗談に聞こえませんでしたが」
「一つだけ、お前に言っておきたいことがあるんだ」
「…何ですか」
先ほどまでとは違い、先生は真面目な表情をして言った。
「四月一日、親が子を育てるってのは、おそらくお前が思ってる以上に大変だ。ましてや少ししか事情は知らんが、事が事だろう。今は良くとも、いつか必ず弊害が訪れる。お前が妹を大事に思ってるなら、もしその時が来ても、絶対に守り切れ。それが親ってものだ」
「……………。はい」
俺は先生の言葉をしっかり聞いて、胸に刻んでからしっかりと返事をした。
「…ん。よろしい。っていうか、言われなくてもって感じか」
「いえ、正直ありがたいです。そう言ってくれる人がいるのは。改めて誓うことが出来ますから」
「お前はほんと、大人より大人だな~。……可愛げのない」
「先生はほんと、自分で台無しにしますよね。というか先生、親の気持ちが分かるんですか。もしや経験が?」
「ねぇよ嫌味か」
「別にそんなつもりはありませんが」
「まああれだ。知り合いの話ってやつ」
「そうですか」
聞いたものの特に興味もないので、それでこの話は終了した。
その後は進路だなんだといった話ではなく、ただの世間話をしていた。しかしだんだん雲行きが怪しくなると、やがて先生の愚痴を聞くだけの場となっていった。
「そんでさ~、あのクソッパゲがさ~…」
「……………」
「聞いてるか、四月一日」
「ええ……ですが先生、そろそろ帰りたいのですが」
「んだよ、もうちょいいいだろ。愚痴れる場所なんて限られてんだから」
「俺はその限られた場の一つだと?」
「そうだろ? 生徒会長殿?」
「生徒会長はそんな役職じゃありません」
「ちぇ、ケチ」
「子供ですか…まったく。もう帰りますからね」
俺はそう言って立ち上がり、扉を開けようとする。
「ああ、最後に一つだけ」
「……何ですか」
先生は少し優しい表情になり。
「頑張れよ」
とだけ言って、シッシと手で追い払う。
「はい」
俺もそう短く返して、応接室を出た。
―――家に帰り、今日も六花と一緒に料理をする。
「っていうことがあってさ」
「…その先生は、ほんとに先生なの?」
「はは、そう思うのもわかるけど、ちゃんと先生だよ」
六花に面談の時の話をすると、興味深そうに聞いていた。
「でも面談って、そういう話をするものなの?」
「いや、本来はちゃんと、普段の学校生活の事とか、成績の事、将来の事なんかを話す場なんだけど………あれ、じゃあ俺の面談とは一体」
「………やっぱり、先生じゃない疑惑が」
「いや出ないからね…多分」
なんだか俺まで自信なくした。あの人本当に教師だよね?
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