第26話:久しぶりに

 月曜日。

 それは社会人にとっても学生にとっても、とても憂鬱な日である

(一部の人にとっては…)。理由は単純明白で、その日から一週間好きでもない人にとってはただ苦痛でしかない仕事、あるいは勉強を頑張らなくてはならないことがすでに分かりきっているからだ。

 俺はどうかというと、別にそんなふうに感じることはほとんどない。特に六花が来てからは、正直毎日が楽しみでもある。それは六花も同様らしく、特に千里ちゃんと亜美ちゃんに会えるのが嬉しいのだろう。


 ではなぜ突然こんな話をしだしたかというと、その理由は今目の前に居る。


「ああああ~……だる~~」

「…お前、ホント今日はどうした」


 午前のHR前。俺の前の席に座って人の机に突っ伏している集に、呆れながらだるそうにしている理由を聞いてみる。


「いや~、これといった理由は無いんだけどさ~。な~んか、今日は朝からやる気でなくて。月曜ってだけでやる気無くすのによ~」

「…まあ、それは分からんでもないが」

「…ああ~だるいわ~」


 集は隠れた努力家だし、そこまでいい加減な人間ではないのだが、たまに朝はひたすら腑抜けていることがあった。とはいえ、今日は輪をかけて酷い有り様だが。


「おはよー、二人とも。朝から元気ないなんて、今どきの若者としてどうなの~?」

「おはよう梨沙。元気が無いのはこいつだけで、俺はいつも通りだよ」

「おお~…はよ~」

「…どうやら重症みたいだね」


 若干呆れが混じった苦笑いを浮かべながら、梨沙も自分も席に座る。というか集はいつまで他人の席に座っているのか。


「だるいのは分かったから、とりあえず自分の席に戻ったらどうだ。そろそろHR始まるぞ」

「運んでくれ」

「やかましい、行け」


 本当にとことん酷いな今日は。理由は特に無いと言ってはいたが、ホントに無いならここまで酷くはならないだろうに。今日はずっとこの調子が続く可能性があるかもな。


「よーし全員席に着けー。出席取るぞー」


 扉を開けながらすみれ先生が入ってくると同時にチャイムが鳴る。教卓の前に立ったすみれ先生が出席を取っていき、集の番になるといつもと様子が違うことに気付いたようだ。


「足立…って、どうしたお前。いつも以上にだらけてるじゃないか」

「や~…なんていうか、マジでやる気でなくて。何でですかね」

「私に聞くな、分かるわけ無いだろう」


 それはそうだ。本人にさえ理由がよく分かっていないことを他人が分かるわけもない。


「いいから返事くらいはちゃんとしろ。体調不良なのかと心配になるだろう」

「すみれ先生が人の心配とかするんすか」

「…お前は私を何だと思っているんだ」


 先生は集を睨んでそう言うが、当の彼はその恐怖よりもだるさの方が勝っているらしく、机に突っ伏してしまう。


「……まったく、ほんとに重症らしいな今日は」


 そんな集を見たすみれ先生もこれ以上は怒る気が失せたのか、頭を掻きながら呆れ果てていた。今の彼女の気持ちは俺もよくわかる。隣の梨沙も同じようで苦笑いしている。


「はぁ…おい四月一日に前田、これをどうにかしておいてくれ。私はめん…忙しいからな。任せたぞ」

「今面倒って言いかけましたよね?」

「何を言っている。教師たる私がそんなことを言う訳が無いだろう」

「し、白々しい」


 勝手に押し付けられた俺達は抗議するも、結局先生は白を切ってHRを終了し教室を後にした。

 他のクラスメイトも我関せず……というか憐みの目を俺達に向けたり、頑張れと言わんばかりにグッドサインを出したり。


「…みんな他人事だと思って」

「あはは…まぁ実際他人事だろうしね」


 俺達は集の元へ移動し、未だだらけているこいつを見ながらさてどうするかと話し合う。


「けど実際どうするの? こんなにだらけ切ってたら手の施しようなんて無いんじゃない?」

「まあ…そうかもしれないが」


 人のやる気を起こすのは非常に難しい場合がある。ましてやこいつの場合、好きなものなんて食堂のプレミアムパフェくらいしか知らないし。けれど今そのパフェは…。


「前に言ってた食堂のパフェは今やってないんだよね~」

「そうなんだよなー。あれがまだあったら集も元に戻るんだけど」

「…俺はそう単純じゃないぞ~」

「自覚があるんなら改善してくれ。俺達のためにも。


 しかしどうしようか。ぶっちゃけて言ってしまえば面倒極まりないのでこのまま放置してしまっても良いのだが。別に後ですみれ先生に何か言われたところでどうということもないし」

「会長君会長君、心の声が漏れてるよ」

「あ……」

「…お前ぶっちゃけすぎだろ~」


 そんなやり取りがあった後、改めて考えていると梨沙が「そうだ!」と突然声を上げた。


「どうした? 何か思いついたか?」

「うん…と言っても単純なことだけど、放課後三人で遊びに行こうよ」

「なるほど、そういえばここ最近集とは遊びに行くことが無かったっけ」

「…あ~確かに」


 梨沙の提案を聞いて集は少し気力が戻ったのかムクッと起き上がり、まだ完全では無いもののいつも通りの集に戻った。


「よっし。まだだるさは残るけど、いっちょ頑張りますか」

「…遊びに行こうでやる気出すあたり、やっぱり単純なんじゃない」

「はは…」


 梨沙のツッコミに、俺は何もフォローできず苦笑いするしかなかった。



 ――――放課後。

 俺達は駅近くにあるゲームセンターに来ていた。


「いや~しっかし、俺達三人で遊ぶのってホント久しぶりじゃね?」

「そうだねー、それぞれ部活やら生徒会やらで忙しかったからね」


 俺達は高一の時もクラスが一緒で、登校日初日から集とは気が合い仲が良かった。梨沙とも生徒会で一緒になってからはよくつるむ様になり、それからは三人でよく遊んだりしていた。今年も一緒のクラスになったこともあり、一学期はよく遊んでいたが、最近はそれが無くなっていた。特に俺は六花の事もあったからしょうがないのだが。


 そこまで考えていたところで、梨沙がこっそり俺に顔を近づけてきた。


「ところでさ、急に遊ぼうって言っちゃったけど、六花ちゃんのこと大丈夫なの?」


 梨沙は六花の事知っているから心配してくれたのだろう。少し申し訳なさそうにそう聞いてきた。


「ああ、大丈夫だよ。友達の家でまた遊ぶことになったらしいから。こっちが解散したら迎えに行くよ」

「そっか。なら良かった」

「心配してくれてありがとう」

「ん…どういたしましてだよ」


 大丈夫であることを伝えるとホッとし、同時にお礼に対して少し恥ずかしかったのか頬を赤くした。


「さて、何をやる? 久々だから見たことないやつも結構あるっぽいぞ」


 前を歩いていた集がこちらに振り返ってそう聞いてきた。梨沙は慌てて顔を元に戻して返答する。


「じゃあそこらへん片っ端からやってこうよ」

「…全部制覇する勢いだな」


 半ば呆れながらも、どんどん進んでいく二人について行く。最初はクレーンゲームから始めるようだ。

 それにしても……なんだか今日はどこかの誰かさんのせいで呆れてばかりだな。こういう時くらいは一緒になってはしゃいだりするのが普通なのかもしれないが。

 そうできない俺はあまり学生っぽくないのかもしれない。


「春、どうかしたか?」


 いつの間にか目の前に来ていた集がそう聞いてくる―――両腕に大量のお菓子詰め合わせ袋を持って。


「…もう取ったのか、速すぎないか?」

「ふっ。この俺に掛かればざっとこんなもんよ」

「うざ」


 ここぞとばかりにドヤ顔を決めてくる集に、思わずそう呟いた。

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