第13話:母からの送り物

 ――――その日の夜。


「春お兄ちゃん、来週なんだけど」

「うん?」

「えっと、火曜日に授業参観があるみたいで……その」

「お、早速か。ちゃんと行くから、大丈夫だよ」

「う、うん。ありがとう」


 少し恥ずかしそうにしながらも、六花は喜んでいた。


「それで、何時から?」

「えっと、午後一時からなんだけど」

「ふむ、なら午前の授業に出てから行くか」

「…ほんとに大丈夫なの?」

「ん、問題ないよ。それより、何の授業をやるの?」

「……まだ内緒」

「え~、気になるなぁ」

「うう~~、内緒なの!」


 顔を赤くした六花はそのまま立ち上がり、「お風呂入ってくる」と言ってリビングから出て行った。


「……そんなに恥ずかしいことなのかな」


 なんだかよく分からないが、これ以上聞こうとしても教えてはくれないだろう。


「ま、楽しみにしておきますかね」


 そう思うことにして、洗い物を済ませるのだった。


 ――――翌日。


 俺は来週の事をすみれ先生に伝えることにした。


「先生、ちょっといいですか」

「ん、なんだ? 生徒会の事か?」

「いえ、どちらかというと家の事でして」


 そう言うと先生は少し真面目な表情となり、話を聞いてくれた。


「実は来週の火曜日、妹の授業参観があるので、午前だけ授業を受けて、午後からは休みたいんですけど」

「ああ、なるほど。いいぞ」

「ありがとうございます」


 ずいぶんとあっさりだったが、一先ず許可を貰えたことにホッとする。


「しかしなんだ、もっと真面目な話かと構えてしまったじゃないか」

「はは、すみません」

「…まあいいがな。それより、ちゃんと兄兼父親をやっているみたいじゃないか」

「…そうだといいですけどね」

「なんだ、珍しく自信なさげじゃないか」

「流石にこればかりは自信持てませんよ。全部が全部、初めての事なんだから」

「ま、そうだろうけど。とはいえ、お前が情けない姿を見せれば、妹は幻滅するだろうし、そこは気を付けた方がいいぞ」

「わかってますよ」

「ふ、そうか」


 先生も俺が分かっていることを分かっていたのか、それ以上は何も言わなかった。


「話はそれだけか?」

「ええ」

「そうか、ならもう行くぞ。来週、楽しんで来いよ」

「はい」


 先生はそう言って去っていく。


 去っていくのはいいのだが……。


「だから先生、たばこを持ったまま廊下を歩かないでください」

「おっと、失敬」


 たまにカッコいいところのある先生だが、最後はいつもこんな感じで締まらないのだった。


 俺も教室に戻ると、集と梨沙がこちらへやってきた。


「春、どこ行ってたんだ?」

「ちょっとすみれ先生と話が合ってね」

「生徒会の事?」

「いや、家の事だ」

「な~る」

「そんで、来週の火曜日、午前で早退するから、一応言っておくな」

「あいよ」

「…会長君、ほんとに大丈夫なんだよね」

「ん、何が?」

「家の事。みんなも心配してるよ、流石に結構長いこと生徒会も休んでるし」


 確かに、もうなんだかんだ半月程経っているし、それでも未だに休んでいれば、心配も掛けてしまうよな。


「悪いな。けど、別に何か問題があるわけでもないし、そろそろ生徒会もちゃんと行こうと思ってるから、もう少しだけ待ってくれるか」

「りょーかい。けど、戻ってきたらみんなにちゃんと説明してね。朱音ちゃんなんか得に、毎日会長は会長はって言ってるからね」

「……はは、後が怖いが、分かったよ」


 一瞬本気でこのままサボり続けようか考えた。もちろんやらないけど。



 ―――放課後となり、今日もまっすぐ帰宅する。


 夜には六花と夕飯を取りながら、ちゃんと休みの許可を取ったことを六花にも話した。


「ほんと?」

「うん、だからちゃんと行けるよ」

「…ん、そっか。ありがと、春お兄ちゃん」


 ちょっと俯いて顔を赤くした六花。


 まだ恥ずかしそうにすることはあるが、六花は素直にお礼を言えるようになってきた。以前までは遠慮がちで、ありがとうとは言うものの、申し訳ないとか、ほんとにいいのかなって気持ちが強かった印象だけど。


(ちょっとずつでも、良い方に変わってきてるよな)


 そんなことを思いながら、ふとカレンダーを見て、もう半月かと思っていると、以前母さんから言われたことを思い出した。


「そうだ、六花。多分今度の土曜か日曜に、母さんから仕送りがあるから、一応そのつもりでいてね」

「仕送り? …食べ物とか?」

「いつもはそうかな。後はたまにぬいぐるみみたいな置物だったり」

「……もしかして、あそこに置いてあるテディベアも」

「ああ、あれも母さんが2年くらい前に送ってきたものだね。その頃はもう中学生だったし、そんな趣味は無いのだけど」

「そっか。てっきり春お兄ちゃんのだと思ってたけど」

「はは、違う違う。欲しいなら部屋に持っていくといいよ」

「…………ん、じゃあ貰っておくね。可愛いし」


 そう言ってテレビの隣に置いていたテディベアを抱える六花。


 むしろ俺からしたら、今の六花の方が可愛いのだが…。


「今回も何かあるのかな」

「楽しみにしててとは言ってたし、何かはあるだろうね」

「ん、じゃあ楽しみにしておこうかな」

「あんまり期待はし過ぎないようにね」


 たまに変なもの、ロクでもない物を送ってくることもあるから、俺はあんまり期待はしていない。というかむしろ、今度は何を送ってくるのか、少し恐怖すら感じる。


「…どうしたの?」

「ん、ああいや。その、今年の夏の終わり頃、アルコール入りのチョコを送ってきたんだけど、俺はアルコール入りだなんて気づかずにそのまま食べて、酔ってえらい目にあったのを思い出してさ」

「……アルコール入り。この間の?」

「ん、見せたことあったっけ?」

「あ、ううん、何でもない」

「そう? …まあそんなわけだから、俺はあんまり期待はしてないかな」

「そっかぁ」

「とはいえ、今回は六花もいることだし、流石の母さんでもまともなのを送ってくれる……と思いたい」

「ふふ、じゃあちょっとだけ期待しておこうかな」

「はは、それがいい」


 まあ、六花が楽しみだというなら、それでいいだろう。俺はそう思うことにして、今日は早めに眠った。



 ――――土曜日。


 午前中に早速仕送りが届いたので、六花と四箱もの段ボールを開けてみる。


「さて、今回はかなり多いけど、何が入ってるかね」

「わくわく」


 隣でわくわくしている六花に微笑みながら、中身を取り出してみると…。


「これは食べ物だな。お菓子類か」

「こっちは……これ何?」

「ん、鍋敷きかな」

「……これは? 自由の女神?」

「の、多分メモスタンド的な奴だと思う」

「メモスタンド?」

「紙に何か書くときに、その紙がズレたりしないよう押さえるものだね」

「へぇ~。便利?」

「まあ便利と言えばそうだけど……正直あんまり使わないと思うよ」

「そっか~。…こっちはまたお菓子だね」

「今回はお菓子が多いな」


 おそらく六花もいるためであろうが、こんなに多いと置き場所に困りそうだな。


「でも色んなものが入ってて面白い!」

「そうだな………ん、これは」


 段ボールの奥の方に何か小さな紙が入っていた。


 取り出してみると、その紙にはこう書かれていた。


『春と六花へ。この手紙が届いているということは、ちゃんと荷物は届いたみたいね。さて、今回二人にはちょっとしたサプライズがあるわ。四箱のうちの一箱の奥の方に、とある人達からの手紙が入ってる。それを読むか読まないかは、二人に任せるけど、私はぜひ、読むことをお勧めするよ。それじゃあね。愛しの母より』


「誰が愛しの、だ」


 思わず突っ込んでしまった。


「とある人達って、誰の事だろう」

「さあ、分からないが、一つ言えるのは……」

「うん」


 俺達はこの四箱の段ボールを見て、同時に思ったことを言った。


「「もっと分かりやすくして欲しかった」」

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