第14話 マオの憂鬱、トウリの挑発
「エーーーッ!?」
唐突にマーガレットが奇声を上げる。
「街の往来ですよ、マーガレット様……如何なさったのですか」
屋敷に大事なものを忘れてきたのだろうか。ぼくがダッシュで取りに戻れば数分で、いやいや、主を置き去りなどメイドの恥だ。市井で流通している安価な品でよければ、そのへんの店で代用を――。
なんて思索をマオが巡らせていると、マーガレットの表情は「スンッ」とニュートラルになる。出すもの出してスッキリしたように。
「こないだのお茶会で、あたし、叫んでたでしょ」
「はい。近くで聞いておりましたから」
カーマ・ウィーゼルにデートのお誘いをされ、マーガレットは至極テンパっている様子だった。この休日に街へと繰り出しているのは、まさにデートの待ち合わせ場所、映画館へと向かっている最中だ。
「あの日の『エーーーッ!?』と、さっきの『エーーーッ!?』を重ねて編集したら、時系列がジャンプしてるみたいで面白いかなって」
「それは映画、活動写真の話をされているんですか」
「そだよ~」
ピクニックよろしく大股で街道を歩きながら、さらりとマーガレットが答える。
ヤバイ、完全に「じぶんのせかい」に浸ってる。マーガレット様の悪癖だ。
小説・絵物語をはじめクリエイティブな方面に興味があり、時おり空想に耽っては視聴者(主にマオ)を置き去りにする。
(最近は、活動写真にもご執心で……)
カーマは知っていたのだろうか? 考え過ぎかな。映画館はデートの定番だし。
「あっ、コラッ、くるくる回ってるとコケますよ。今日はヒール高いやつなんですから」
「はあい」
マーガレットはぴたりと回転を停止し、春色ワンピースの裾がふわりと舞い降りる。決して衣裳持ちでない――ふだんは服装に無頓着なお嬢様だが、それが一番お気に入りの私服であることをマオは知っている。靴にしても、首から下げているネックレスにしてもそうだ。数が少ないからこそハッキリとっておきが分かる。
「浮かれていますね」
「浮かれてませーん」
「うかれぽんちですよ」
デートのお誘いを受けたことが、おそらく、生まれて初めてだからだ。耐性がないんだ。たとえ相手が同性であっても……カーマ・ウィーゼルは同性を狂わせる魔性あるなアレ。
マオは、ショーウインドウに映る自身の姿を見遣る。エプロンドレスを纏ったボーイッシュなメイドが、少し不機嫌そうな顔でこちらを見返している。
「……」
ぼくは、どこまでいってもボーイッシュの枠を超えられない。半歩マニッシュに踏み込んだカーマの絶妙な「眉目秀麗」に及ばない。直感的に確信してマオはしんどくなる。
(……あれ? ぼくはどうして……)
じぶんとカーマとを比較してるんだ?
まるで、ぼくがマーガレット様を――
「マ~オっ」
不意に顔を覗き込まれ、マオは、ぴーんと背筋を伸ばして仰け反ってしまう。
そんなメイドを見て、ご主人様は鈴が転がるように笑う。
「あはは、目ぇ丸くして、猫みたい」
「そうやって猫からかってると、たたられますよ」
百万回くらい生きるって言われてるんですからね。化け神ですよ。
照れ隠しにマオが披露した怪談に、マーガレットは怯まない。「なあ~~にが化け神よお」と恐るるに足らずスタンスで。
「あたしゃ野良猫を拾ってメイドに仕立てる神さまだよ」
「……そうでしたね」
予想外のカウンターにマオは赤面する。顔が赤くなっているのがバレないよう俯く。
――ちょ、なんでまた覗き込もうとしてるんですか、こンのお嬢様は……っ!
「マーガレット様と口先でたたかうのは、今後、控えておきます」
「え~~っ、やろうよお」
「戦闘狂ですかっ」
頬の熱さを残したまま、マオは振り切って歩き出す。
うっかり主の前を歩いていると自覚し、今度は情けなさから赤面してスピードを落とす。マーガレットの後ろにすすすっと着く。
(マーガレット様、きっと笑ってるだろうな)
ぼくに甘いご主人様だから。今のは、性悪の主なら折檻されてもおかしくない。メイドの仕事もまっとうできずに、カーマ・ウィーゼルと比べるなど愚かさもいいとこだ。しっかりしなくては。主の初デートをしっかりお支えするんだ。
「申し訳ありません、無駄に時間をとらせてしまいました。お約束の時刻は大丈夫ですか?」
「だいじょうブイだよ。早めに屋敷を出発してるし!」
「左様ですか」
遅刻魔の通り名をほしいままにするマーガレット様が、この気合の入れよう。ゼロ番地区を抜ける必要もないだろう。――恥をかかせないよう、がんばるぞ。
太陽が真上に来るより早く、三番地区にある映画館の前に着く。カーマと付き人のメイドは、すでに待ち合わせ場所であるガス灯の下にいて、小さく手を振っている。
まず、カーマの休日コーデに驚いた。先入観からぴっちり系のパンツスタイルで来るものと思っていたが、マーガレットと同じくワンピース姿。空色の生地で、大きめの革ベルトを巻いて総合的なシルエットがより洗練されている。
トウリ、とかいうお付きのメイドは、学院の制服ではなくエプロンドレス姿だ。極楽鳥の鳥人らしく腕まわりが露出している特注品で、制服のほうも半袖だったなあとマオは思い返す。もさっと付いた羽根のおかげで肌寒くはなさそう。
「カーマ先輩!」
大きく腕を振って走るスピードを上げたマーガレットは、案の定というべきか、慣れないヒールの靴に足をとられてしまう。前のめり。後ろに控えるマオでは間に合わない。
あわや転倒というところで、マーガレットの身体をカーマが支えた。まるで活動写真のワンシーンみたいに。
「怪我はない?」
「は、はい……」
マーガレット様が乙女の顔をしている。なんですかソレ。そんな顔これまで一度も――ストップ! 雑念退散! ぼくはメイドなのだから。
連れ立って映画館に入っていく主らをマオは見送る。さすがのお付きメイドも、中までお供する野暮はしない。灯らぬガス灯の下、ふたり、メイドが残される。
「ねえ。さっきの、すごかったねえ」
独特の鼻につく声で、のんびりトーンで、カーマの付き人「トウリ」が話しかけてくる。
「カーマはやさしいんさ。このトウリにも、すごくやさしい」
主を呼び捨て。メイドとしての自覚はあるのか。
カーマ・ウィーゼルは……確かに、やさしい心根なのかもしれない。だとして、すべて打算なしとはマオには思えなかった。初対面、お茶会を終えてすぐデートに誘ったことも、そもそもお茶会にマーガレットを招待したことも、タイミングとして〝できすぎ〟ている。
一年生の冬、コルテッロが実施してくれた炎雷魔法試験で、マーガレットは超絶な炎雷魔法を披露した。あそこが転換点だ。マーガレットの存在感が上級生に対して増し、早急に懐柔しようと手を打ってきた。と考えるのが妥当だろう。
(四摂家の息女どうし、仲良くするのは望ましいこと、かもしれない)
でも、パルネみたく「お姉様」にべったり心酔ではダメ。支配されるのと変わらない。
カーマの過剰な接近は、リフィリアにとってのパルネに、マーガレット様を仕立てようとする魂胆! メイドとして目を光らせておかなければ! と決意したマオに透視能力はなく。活動写真の上映が終わるまで待つしかできない。ぐぬぬ。
「ウチはねえ、カーマのこと気に入ってる。獣人への差別心がないの」
むしろ憧れ――みたいな? と、トウリが両腕の羽根をバサッと広げる。どういう感情表現なんだそれ。喜びっぽいけど。
「いつか獣人の世がきても、カーマだけは、トウリのメイドにして可愛がってあげるんだあ」
のんびりとした口調で、極楽鳥の獣人は体制転覆を語る。マオは青ざめて周囲を見回すが、通りすがりの警察官はおらず胸を撫で下ろす。誰かが聞いて告げ口されなければいいが。
(巻き添えにされたら、マーガレット様のメイドでいられなくなる)
上手く誤魔化せても身の上がバレたらアウト。拾われる前の素性は明かせない。
「しょーじき、獣人以外は死んじゃっていいよ。向かいの通りを歩いてる、そこのオスとか」
「口を慎んで。ことばが過ぎるよ、メイド」
「あなただってメイドでしょお?」
ぴりっと空気が張り詰める。トウリという女、夢見がちの阿呆じゃない。狂人だ。
まさに一触即発、ひりついた雰囲気のまま時は流れ、
「今ごろ、メグは籠絡されてるかもねえ?」
「メグって言うな」
「え~、どうしてえ?」
「マーガレット様をそう呼んでいいメイドは、ぼくだけだと、いま決めました」
「もしかしてぇ、まだ呼んだことないのかなあ」
「うるさい」
ストレスフルで感情が溢れる。まずい。
トウリを警戒して準備していた〝奥の手〟の制御が……きかないっ……。
マオの怒りに呼応して、擬音ではなく火花の弾ける音がする。ガス灯がスパークしたところで、トウリのタレ目が鋭さを帯び――
「お、おまたせ」
映画館の中からマーガレットが出てきた。当然カーマといっしょに。
入る前よりどぎまぎしている主の様子に、マオはふっと力が抜け、呆然とする。
ああっ、マーガレット様、ほんとうに……籠絡されてしまったのですか?
マオの脳裏で、はらり花弁の散るイメージが上映される。カーマの表情はつかみどころがなく、賢者のような微笑が浮かんでいるのだった。
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