第7話 気まずい主従と鱗の館
「ぼくは、悪逆非道のボルト家に連なる者……最後の生き残りです」
それきり黙々と猫耳メイドは歩みを進めた。主はただ、かける言葉を見つけられず追従するのみだ。――何しろ、かの家を糾弾してお取り潰しに追いやったのは、他でもない現在の四摂家。アンペイア家も大いに関わっている。
(大変だったねえ……うちの家がご迷惑を……違う違うっ、ことばって難しい!)
どれだけ歩いただろう、マオが「見えてきましたよ」と口火を切る。俯いていた視線をマーガレットが上げれば、ずうっと先で森は途切れ、エアポケットのような広場に陽光が射し込んでいる。眩い光を浴びて輝いているのは、魚の鱗を想わせる屋根を乗せた、瀟洒な館で。
しょうがないや、とマーガレットは腹を括る。
「あそこが、あたしの終の棲家になるのね」
「まーたヘンなこと言い出した」
「だってそうでしょ! 誰にも見つからない森の奥、絶好の復讐ロケーション!」
マオが立ち止まり「マーガレット様」と身を翻す。エプロンドレスの裾がふわりと浮く。
「何点か、勘違いされているので釘を刺しておきます」
「釘で心臓を一突き?」
「ちっが~う」
マオにしては弱弱なデコピンが、華麗にマーガレットを打つ。あいたあっ!
「――ひとつ。ぼくに復讐心はさらさらない。
――ふたつ。ぶっちゃけ殺るなら森に置き去り。
――みっつ。炎雷魔法試験ブレイクスルー会議は継続中です」
ご理解いただけましたか。マオが飄々として肩を竦める。
「よっつ。マオはあたしを愛している」
「勝手に増やさないでください」
上目遣いの冷たいキャッツアイが突き刺さる。
正直デコピンよりダメージあるよ?
「愛してないのお、ぐすん」
「そんな大層なモンじゃありません」
ばつが悪そうにマオは目線を逸らし、訥々と語る。
「救われたかったんですよ、ぼくは……『マーガレット様のため』という建前で、何もかもを打ち明けてスッキリしたかった」
猫はいつでも自分本位なのです。吐き捨てるマオの顔が「違うよ」と言って欲しげで。マーガレットの胸はどうしようもなく愛しさで溢れる。
「それでも、あたしだから、打ち明けてくれたんだよね」
「それは、そうです……ハイ」
主の癖が感染ったのか、マオは胸元でいじいじ指繰り。俯きがちに黒い瞳を泳がせている。
ハグしようかな、とマーガレットは思ったものの、頭を撫でるのが正解かなと考え直す。
「よしよし」
「~~っ、耳はっ」
「はいはい、お耳は触りませんよ」
なでなで。なでなで。――あっ、目を細めた、可愛すぎ――。なでなで。
マオはされるがままで、猫っ可愛がりを無限に続けてしまいそうで。日が暮れると困るので「そろそろ行こっ」とマーガレットはマオの手を引く。ゴールは見えてるし迷うことはないでしょ~~と思いきや、蜃気楼へ向かって歩いているみたいに、まったく距離が縮まらない。どころか離れていく心地がする。
「マーガレット様!」
ぐんっ、とマオが不動の態勢になり、逆に引っ張られたマーガレットは後ろへ転びかける。マオに支えてもらって事なきを得た。
「……あれ?」
「まだ認識阻害の影響下です。ぼくの背中だけ見ていてください」
結局、イニシアチブを取り返されてしまい、マオと列車ごっこで連結してゴールへ。
「うわあ、何コレ……鱗の館のまわりだけ、ぽっかり森が避けてるみたい」
「マーガレット様が好きそうなロケ地ですよね」
「うんうん、秘密基地って感じ!」
森に切り取られた青空を仰ぎ、くるくるとマーガレットは回る。短くし過ぎた制服のスカートが翻り、下着まる見えになっているけれど、マオしかいないし無問題。
それにしても……。
「……」
「空から来れないかな、とか思っているでしょう」
「ぎくっ、マオは超能力者なのかな」
「マーガレット様の考えることですからね」
勝手に試されては敵いませんので、解説しておきます。マオが左手を腰にあて、カンテラの火を吹き消して続ける。
「広場に木々がないとはいえ、森全体からすれば僅かばかりの穴……認識阻害からは逃れられません。空から進入しようとすれば、高度を下げるにつれ認識阻害の魔法につかまり、方向感感を失って森へと墜落。あとは彷徨って死ぬだけです」
「ありがとう。明日にでも死ぬとこだった」
「どういたしまして」
ちなみに、館に入るまでゴールではありませんからね。マオに言われて、マーガレットはふらふら森へ帰ろうとしている自分に気づく。認識阻害なう。
「今日、死ぬとこだったカモ」
マジで危険な場所だわ……。再びマオと連結して、鱗の館の玄関を通過する。扉の鍵が掛かってなくてビックリした。森セキュリティで十分ってことね。
「もう自由にしてくださって大丈夫ですよ」
館の中は、マオに施されているのと同じ、アンチ認識阻害の魔法刻印で護られているらしい。
せっかくなので「じゃあ次はあたしが先頭車両ね」と列車ごっこ継続を提案したら「いやです」とマオに即答された。かなしい。
「数年ぶりですので、埃っぽくなってますね」
ここに来て、カンテラに代わりマオのメイド魂に火がつく。
「少しお掃除しますので、邪魔にならないところで立っていてください」
「あたし、ご主人様なんだけど」
扱いひどくない? 愛をちょうだい?
「〝秘密の部屋〟へのご案内は、その後で――」
軽くスルーされ、ハタキを手にした猫耳メイドを見送るハメに。ちょっと腹が立ったので、近くにある棚の上を指でなぞり「ふっ」悪役令嬢を気取るマーガレットであった。
誰も見ていないので、わびしい。
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