第5話 マーガレット嬢と炎雷魔法
「この最後の試験で、貴女を上回り、わたくしの実力を証明してみせますわ!」
ごきげんよう! と肩をいからせて去るパルネを見送り、マオは流し目する。
「――と、申しておりますが」
「パルネとは仲良くしたいんだけどねえ」
めんどくさ目線を受けたマーガレットが、悩ましげに腕組みして唸る。
「でしたら……炎雷魔法の試験、花をもたせてあげますか?」
デュエリスト(決闘オタク)のお嬢様を見限らない主に、ついイジワルを言ってしまう。さらに眉間の皺が深くなるぞ、と思いきや、しゅんと気落ちした様子。
「マーガレット様?」
「ねえマオ。あたしの炎雷魔法って見たことある?」
「そういえば、あまりないですね」
水魔法や風魔法は豪快なやつをしょっちゅう使うが、炎雷魔法に限っては、授業において掌で火花を生んでいるところしか記憶にない。
そもそも炎雷魔法は、他の魔法よりもトチったときの危険度が高い。ゆえに二年次から本格的に習うべきものとされ、一年次の試験においては一番最後、かつ炎雷を細くとも一本放てれば及第点となるだろう。
「どの程度、扱えるんですか」
「ちょっと手、出して」
主から促され、わけもわからず掌を差し出す。手相占いを受ける心地で。
マーガレットは自身の掌を上から重ねるように浮かせ「ふんっ」お嬢様らしからぬ力みを見せ――バチッ、と静電気よろしく細い雷が走った。日常で起こり得る現象に毛が生えたレベルである。
「これが今のあたしの精いっぱい」
「マジすか」
「マジす」
しおらしくマーガレットが肩を落とす。まさか自称・天才美少女魔法士が〝炎雷魔法だけ〟へっぽこガールだったとは。炎雷魔法を得意とするアンペイア家の出自ということもあり、まったく夢にも思わなかった。
このレベルでも試験はギリギリ合格できる……としても、おそらくパルネは「おちょくってますの!」と逆上するに違いない。また面倒なことになる。
(それはさておき、さておけないが、さておき)
こんなしおらしいマーガレット様を見るのは初めてだ。
狼狽える姿は珍しくないものの、いつも天真爛漫がベースにあるため、手折られた花みたいな様は脳内フォト集にない。
「なんという破壊力」
掛け違っていたボタンが正しく納まったように、美少女が完成してしまった。庇護欲を掻き立てられる一方、嗜虐心もまた大きくなる。バカみたいに大きな胸も可愛らしく思えてくる。
「破壊力がないから困ってるのよお」
「あっ、いえ、そうでしたね。炎雷魔法の話でした」
もっとこの尊い生き物を眺めていたいが、ぼくたちも教室移動の最中だ。モタモタしていると始業の鐘が鳴る。落としどころを決めなければ。――よしっ。
「食堂・購買のミルク三本で、ぼくがなんとかしましょう」
指を三本立ててマオは交渉に乗り出す。途端に、ぱあっとマーガレットの顔に大輪が咲く。雨上がりの空を想わせる眩しさで。
「マオマオ~~っ!」
抱きつく主の乳を感じながら、四本にしとくべきだったかな、とマオは思うのだった。
かくして放課後――
「それでは、炎雷魔法試験ブレイクスルー会議を始めます」
「わー! どんどんパフハフ!」
アンペイア邸に帰宅したふたりは、マーガレットの部屋で制服のまま対策を練る。
訂正しよう。制服のままはマーガレットだけで、マオは律儀にメイド服へと着替えている。エプロンドレスも屋敷の制服ではある。
「ハイ先生っ、なんでミニスカやめちゃうんですか」
マオを講師に見立て、真顔を気取ってマーガレットがピンと挙手する。
「こっちのほうがしっくりくるんです」
「なんでも着てくれるって言ったのに……」
「それはそれ。これはこれ」
ずるい魔法のことばで不評を流し、マオは会議を再開する。
「まずは現状の整理から。――マーガレット様、よくお使いになっている高等な水魔法や風魔法は、どちらで習得を?」
プロ魔法士も真っ青なやつだ。学院の教科書には載っていない。
「それはねえ~~、王立図書館の蔵書から独学で、だよ」
マオと初めて出会った日も、図書館に寄った帰りだったとマーガレットは語る。
「でも、ぼく、マーガレット様が出入りしてるの見たことありませんよ」
「禁書の置いてある書架まで忍び込んで、出禁になっちゃった☆」
「てへぺろで言うことじゃねー」
禁書に触れたくなる、ということは、表向きに置いてある蔵書は全て読み漁ったのだろう。そこまで到達していて、炎雷魔法が初歩クラスというのは考えにくい。
「マーガレット様なら、高等炎雷魔法も使えそうなものですけれど」
一般の魔法書にある類なら、蜘蛛の巣よろしく全方位に雷火を打ち出したりとか、あるいはさらに上位、雷雲と共鳴させてド太いの落としたりとか。
「いやあ、知識としてはね? ただ、実際に使おうとすると火花しか出なくて」
「不発……穴の空いた風船みたく、ですか?」
そのとおり、とマーガレットが苦笑する。
「イメージはできていても、その鋳型に魔力を注ぎ込もうとすると、ストンとどこかへ抜けていく感覚があるの」
学院の廊下でマオに試したときも、ホントは《クリムゾン・ロア》を撃つつもりで、と恥ずかしげに打ち明ける。
「くっっっそ高等魔法じゃないですか! 成功してたら、ぼくの右手は消し炭になってましたけど!?」
「照れますなあ」
「照れるな!」
ぜえぜえと肩で息をして、マオは呼吸を整える。
「だいたい状況は分かりました。原因の見当はつきましたから、たぶん、なんとかできます」
「ホント!」
目を輝かせるマーガレットに、マオは袖机に置かれたカンテラを手に告げる。
「少し、アンダーグラウンドへ参りましょう」
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