第17話 決闘、アイシャVSトウリ ①
「――侍従長っ、初戦の相手について調べてきましたあっ!」
白いウサ耳を揺らし、赤いカーペットの敷かれた廊下を駆けてきたメイドが、息も絶え絶えに一枚の紙切れを差し出す。
「カーマ・ウィーゼル様のメイドに関する情報です!」
「ご苦労様です、ファニ」
受け取った侍従長は、エプロンのポケットから一本の人参を取り出し、替わりにウサ耳メイドに渡す。ごくりと生唾を呑んだ彼女、ファニは、我慢できず何口かしゃくしゃく齧る。
「ほんと苦労しましたよ~、パルネ様からそれとな~く訊き出すのは」
人参をしゃくりながらファニがげんなり続ける。
「カーマ様のメイドのことを、カーマ様から聞いたリフィリア様、リフィリア様から聞いたパルネ様、そしてパルネ様から聞いたわたし……」
情報の正確さには少し欠けるかもしれませんが、と補足するファニに「構いません」と侍従長は返し、銀縁眼鏡のテンプルをくいと指先で押し上げる。
「それを食べたら、すぐパルネ様のもとへ帰りなさい」
貴女はパルネ様の付き人なのですから。内偵させた手前、悪いとは思いながらも、職責の全うを侍従長は要求する。ファニは「はあい」と素直に答えて、人参を超スピードで食べきり、廊下をばたばたと駆け戻っていく。
「……」
お戯れの決闘はトーナメント方式で、対戦相手はくじで決まったというが、侍従長・アイシャは信じていない。リフィリア主導であれば、初戦からパルネと当たるのは避けるハズだ。
(……優勝者は、他の四息女に〝お願いごと〟ができるという)
エンターテイメントとして決闘を盛り上げるフレコミだが、街に撒かれたチラシにもしっかり書かれており、事実上の強制力を持つと言っていい。リフィリアにとっては、じぶんを「お姉様」と慕うパルネが優勝しても不利益がない。すなわち、勝てるのであれば自ら、無理ならばパルネが――という算段だろう。
「パルネ様を利用するとは、姑息な女ですね」
庭先で午後ティーを嗜んでいるパルネと、そこへ走っていくファニを窓辺から見つめ、アイシャは眼鏡の奥で双眸を緩ませる。
(比べてパルネ様は、堂々と王道を往くお方!)
対戦相手の下調べなど許しはしないでしょう。
侍従長として役割があるため、そもそも屋敷を離れて調べることはアイシャにできない。学内で四息女の交流があるパルネから訊き出すしかなく……かといって直接尋ねれば、パルネは意固地になって口を割らなかった。主の性格をアイシャは正確につかんでいる。
(このアイシャ、もうパルネ様に黒星はつけられません)
僅かでも情報を得た上で、対策を練って決闘に臨みたいのです。ファニを利用したこと、どうかお赦しください。
いったん瞼を閉じて内心で赦しを乞い、そして、ファニから受け取ったメモを開く。
「カーマ・ウィーゼル付きのメイド、名をトウリ……」
続く文面に、アイシャの手は震える。
「極楽鳥の獣人」
――。
『ご無沙汰してまあっす! コロシアム実況のミーナです! ついに始まりました、四摂家の息女たちによる決闘ぉっ! 初戦はおなじみリッカー家の侍従長アイシャVSウィーゼル家の侍従トウリ! この対戦カードどう見ますか、解説のコルテッロさん!』
アイドル然とした格好の陽キャ過ぎる女が、ハイテンションに拡声器を震わせる。
『あー、解説のアーネスト・コルテッロです。魔法以外は専門外なので、正直よくわからん』
決闘を代行するのは獣人のメイドなんだろ。すでに彼はやる気がない。
『なんで解説の席にいるんですかっ?』
『俺が聞きたい』
『ああ、かわいそうに、元ミュー学の教師ってだけでオファーが来たんですね。よく考えずオファー受けちゃうあたり、さすが無職って感じです!』
『うるせえ! ぶち犯すぞテメェ……』
『おっと、コルさん弄りはさておき、決闘するメイドが姿を現しました!』
やかましい実況・解説を浴びながら、すっと背筋を伸ばしてアイシャは入場する。手にした得物は三対六本の剣――それぞれ指で柄を挟み、まるで龍の爪を想わせる。六刀流のド派手さに実況のテンションはぶち上がり、満員御礼の客席からも大きな歓声が沸く。
『六刀流、ありゃ実用性あるのか?』
『コルさんはロマンを解さないクズですねえっ』
『それよか、対戦相手の鳥メイドに、俺は興味がある』
『と、言いますと』
見てみろ。拡声器越しにコルテッロが促す。
『顔面から首筋にかけて――露出している肌にはびっしり入れ墨だ。資料の写真と違う』
『戦の化粧、みたいなものでしょうか』
『うっすら発光している。ありゃ魔法が発動してるってことだ』
『魔法刻印というやつですかっ』
『ほう、勉強してるじゃねーか。えらいぞ』
だが六十点だ、とコルテッロは続ける。
『あの刻印は魔法陣を成していない。意匠を重視した、ただ魔力を蓄積するプールとしての刻印だ。強いて言うなら、魔蓄刻印ってとこだな』
「――と、コルテッロ氏は仰っていますが」
筒抜けだな、と思いつつアイシャは六刀を構える。
「魔力を持たない獣人が、魔法を嗜んでいるとは……貴女も勉強家なのですね」
「べっつにぃ~、面白かったからカーマの隣で聞いてただけ」
このトウリという女、カーマ・ウィーゼルの付き人をしている。学院の授業もいっしょに受けているはずだ。全身に入れ墨を施して魔力プールをつくり、多少なりとも扱える魔法によって下駄を履いてきた、ということか。
(そんなことをウィーゼルは許すのですか)
奴隷たる獣人が魔力を持つ……ナルマージの人間にとって「脅威」を感じる発想であるところ、当然、前例を耳にしたことがない。今回の決闘にかける主人の想いが特別であるか、トウリが格別の寵愛を受けているか、あるいは両方か。
「さすがは極楽鳥の獣人、贔屓にされていますね」
「ふうん、ウチの何を知ってるの?」
「その華やかな外見でかどわかし、サンゲツの王位を簒奪した一族」
呟くと同時にアイシャは攻撃を仕掛ける。前傾でダッシュし、早くも六刀全てを投擲する。さすがに面食らった様子のトウリは、しかし、すぐさま対応する。広げた腕の翼をフリソデのごとく翻し、さながら鉄製であるかという硬度をもって次々に刀を弾く。風魔法の加護か。
(何らかの手段で弾かれる、想定済みです)
反射され、めちゃくちゃな軌道で飛んできた刀のうち一本をキャッチ、距離を詰めたアイシャは斬撃を繰り出す。上体をスウェーさせて躱すトウリ。
続けざまに斬りつけるアイシャに対し、トウリが堪らず羽ばたいて空中へ逃げる。
(そして、その行動も想定済み――)
アイシャは剣舞へと移行する。斬撃モーションから止まらず回転ジャンプ、直上への突きを放つ。事前に何度もトレーニングした対空攻撃、タイミングもどんぴしゃり。
けれども、切っ先が届く前に、アイシャの周りで何かが炸裂した。重なる虹色の閃光、轟音、衝撃っ……間近で花火が咲いたような。
墜落するアイシャは遅れて理解する。トウリが羽ばたいて舞い落ちてきた羽根、アレが爆弾よろしく炸裂したのだと。コロシアムの砂上へとアイシャは墜ち、瞬時に受け身をとって起き上がる。――骨と筋肉に損傷はない。が、視覚と聴覚は麻痺してしまった。
(羽根の一枚一枚に、過剰な魔力を付与させ、暴発させた……という感じでしょうか)
魔法士との戦いは想定していない。ただし、メイドは念入りに準備する。たとえ五感のいくつかを奪われても、狼の獣人は、嗅覚さえ健在ならば戦いようがある。
嗅覚だよりで戦うパターンをアイシャは想定していた。
「本番はこれからです!」
コロシアムに散り散りに刺さった刀には、それぞれ花の香水を塗ってある。アイシャは鼻を利かせて位置を特定し、さらに一本拾って二刀流を成す。双剣こそが本領のスタイルだ。
依然好機とみたトウリの匂いが迫ってくる。匂いから姿かたちをイメージし、アイシャは攻撃を見切って躱す。しだいに反撃も加えられるようになった。
――ところで、トウリの匂いが離れていく。代わりに無数の小さな匂いが矢のように迫る。戦況判断をして遠距離スタイルに変えましたね。一撃のダメージは軽くなっても、安全圏から手数で圧倒しようという作戦ですか。
「させません」
アイシャは羽根の矢を掻い潜り、切り払い、攻めに転じる。
遠距離戦を維持すべく遠ざかるトウリの匂い――。
(こちらも魔法を使わせていただきます、パルネ様!)
駆けながら双剣を交差させたアイシャは、刀身に施された魔法刻印を起動する。二刀の刻印を重ね、連ねて初めて成立するそれはパルネ謹製、リッカー家に伝わる秘中秘の魔法を表す。
刹那の後、回復してきた耳でアイシャは微かに実況を聞いた。
――アイシャの音速超えの一閃がきまった、と。
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