第11話 炎雷魔法試験①

 世の中には理不尽が満ちている。

 満ち満ちていることを、身をもってマオは知っている。

(だから、べつに大したことじゃない)

 予定されていた試験(テスト)が中止になり、全員満点扱いで終了、なんてことは。

 どんな事情か知らないけども、むしろ多くの生徒にとって喜ばしいだろう。落第スレスレで救われた生徒だっているかもしれない。不満の声を上げる者などいはしない。

 ――そう、パルネ・リッカーを除いては。

「承服できませんわ!」

 職員室の前にて、教職員を捕まえて詰め寄るは、金髪ドリルのちっこい女生徒。ウサ耳の付き人を従えて、気弱そうな若い女教師を口撃している。

「炎雷魔法の試験は、わたくしにとってハレの舞台! 何故に中止となりますの!」

「だからそれは、生徒には告知しない決まりとなっていて――」

 押し問答を繰り返しているうち騒ぎになり、わいわいと生徒の人だかりができている。

「あちゃー、すごいことになっちゃったね」

「他人事みたいに言いますけど、パルネ・リッカーが試験に固執してるの、マーガレット様も無関係じゃないですからね?」

 マオとご主人様も野次馬というわけだ。

「そこのマーガレット・アンペイア!」

 ぐりんっとパルネが首を回す。飛び火がきて野次馬ではいられなくなった。パルネは人の海からマーガレットを引っ張り出し、女教師の前へと据える。

「このアンペイアさんも、試験の中止には異議ありですのよ!」

「えー、あたしはどっちでも……」

 苦笑して振り返るマーガレットに、パルネが涙目で無言の訴え。

 ふっとマーガレットは冗談めかした態度を解き、頷く。

(あのふたり、意外と――)

 ウマが合うとは言わない。けれども、アイシャとの決闘で将来を見限った、メイドとしての判断をマオは撤回する。ぶつかり合って磨かれる友情があるのかもしれない。

「先生っ、あたしも炎雷魔法の試験やってみたい!」

「アンペイアさんまで……困りますっ……見ている皆さんも! 次の授業が始まりますよ?」

「もういい、教えてやれ」

 言いづらいなら俺から伝えよう。と気怠げに職員室から現れたのは、マーガレットのクラス担任である男教師だ。彼の名をマオは覚えていない。

「ヘタに遠ざけて、妙な噂を立てられちゃ敵わんからな」

「で、では、コルテッロ先生にお任せします。何かあっても先生の責任ですからねっ」

 女教師は丸投げして、そそくさと職員室に避難する。コルテッロと呼ばれた(そうそう、そんな名前だった)クラス担任は肩を竦めて見送り、マーガレットたちに向き直る。

「というわけで、特別大サービスで教えてやろう」

 炎雷魔法試験の中止は教育委員会からのお達しだ。もったいぶったわりに、さらりと、ぶっとびな内容でもない理由をコルテッロが暴露する。

「生徒に告知しない方針は『教育委員会の圧力に屈しました』っつー、学院のプライドを損ねる真実ゆえだ。学院は教育委員会を無視できない。なぜなら委員会の長は――」

「~~っ」

 パルネが唇を噛んで赤面している。

「そうだ。四摂家の長でもある、シャベリー・リッカーだ」

「お母様は、わたくしが負けるとっ……恥をかいてお家に泥を塗るとっ! 試験に向け、わたくしが努力していると知っていながらっ!」

「負ける? いったい何と戦ってるんだ、お前は」

「そ、それはその……」

 うっかり口を滑らせたパルネが目線を逸らす。逸らした先のウサ耳の付き人が、ドキッとして慌てふためく。炎雷魔法の試験をマーガレットとの私闘に使っている、などと言えるはずもない。――そこは気の利いたことばで主を助けるところだぞ、ウサ耳の。

「試験に負ける、落ちちゃう~~って意味です!」

 すかさずフォローを入れたのはマーガレットだった。

 マーガレット様、華麗に助け舟を出したら勘違いさせちゃいますよ。パルネが「アンペイアさん……」とか呟いてキュンしてるじゃないですか。すぐにハッとして「落第なんてしませんわっ」とか吠えてるけど。

「パルネもマーガレットも、当学院一年のエースだ。試験に負けるとは思っちゃいない」

 コルテッロはふたりの頭をぽんぽんと叩き、気怠げな表情が凛々しく変わる。

「勤勉なるツートップが、己の力量を示したいというんだ。叶えてやらずして何が教師か」

 お前らだけ、俺が付き合ってやる。試験をやろう。内緒だぞ。

 言うが早いか、コルテッロは野次馬を掻き分け「ついてこい」と何処かへ誘う。マーガレットとパルネ、付き人であるマオとファニは顔を見合わせ、追随することに。

「あ、あのお、次の授業は……」

 ナイス質問です、マーガレット様。そこは言質をとっておかねば。

「サボれ。俺が責任をとってやる」

「無遅刻・無欠席がわたくしの矜持ですのにっ」

 併走して食い下がるパルネに、コルテッロは歩くスピードを落とさない。

「わかってないな。明日、俺が教師を続けられている保証はないぞ?」

 試験の中止について理由を告知しない、という学院の意向に逆らった以上、コルテッロは何らかのお咎めを受けるだろう。

(さすがにクビってことはないか)

 大仰に言って煙に巻いているが、炎雷魔法の試験を強行すれば、むしろ謹慎では済まなくなる。――担任教師め、さてはいいヤツだな。

 名前くらいは覚えておこうとマオは思う。

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