第12話 炎雷魔法試験②

「補足しておくが……教育委員会の圧力は、今に始まったことじゃない」

 階段を一段ずつ、どこかぶっきらぼうに降りながらコルテッロが続ける。

「炎雷魔法は危険ゆえ、生徒に習わせること自体に反対――あいつらはずっと同じ立場だ」

 今回は、未熟な一年生の試験について中止しないなら、学院を潰して新たにつくるとまで言いやがったそうだ。まったくもってナンセンスだ。実践も交えて識らなければ危険性にも気づけない。無知な魔法士が輩出されることはかえって危険だ。俺はあいつらの反対に反対だね。

「……悪かったな、愚痴が口を衝いた。赦せよ」

「いえ、コルテッロ先生って、意外と情熱的だったんですね」

「意外とは余計だ。さあ、俺がトークで繋いでるうちに着いたぞ」

 マーガレットに答え、コルテッロが一階廊下のドン詰まり、最奥の扉を開ける。

 先には、草木の生えていない黄土色の景色が広がる。殺風景な岩と土のフィールド。採掘場を想起させる。壮麗な学舎の裏手に隠されていたとは。

「荒地仕様の演習場だ。火災の心配はない。そして俺がお前らの魔法を受け、評価する」

「藁人形のほうがよろしいのでは?」

 心配そうなパルネの申し出に、コルテッロが首を横に振る。

「燃えた藁が飛んでもアレだからな……まっ、俺もプロの魔法士、安心して胸を借りろ」

 炎雷魔法を完全に無効化する〝奥の手〟も持っているとコルテッロは語る。建前上は、彼が授業で用いる防御魔法の調整に、生徒ふたりを付き合わせた形にするそう。

(やるな担任教師、保身までしっかりしている)

 マオはコルテッロを信頼する。マーガレットの炎雷を受け止められると。

 かくして非公式ながら炎雷魔法の一年次試験が始まった。少し離れた位置にコルテッロが立ち「いつでもいいぞ」と悠然に構えている。

「どちらからでもこい」

「それでは、わたくしから参りますわ!」

 先に試験官と対峙したのはパルネである。

「いにしえの黒き泉よ、我に応えよ――」

 一本立てた指先を頭上へ、避雷針のごとく天へ向け「ふんぬぬぬ」と厠で気張るような呻きを上げる。雷雲を呼び寄せるパターンかと思ったものの、爽やかなほど晴天。パルネの詠唱は続くが、鈍色をした雲の気配はない。

(おや……付き人のファニだけ、空を見上げていない)

 彼女は知っているのだろう。パルネが行使する炎雷魔法を。

 ならば、呼び寄せようとしているのは雷雲でなく――。

「マオっ! 見て!」

 異変が起きたのは、ほぼ全員の意識が上空に集ってから、三十秒ほど経ってのことだった。

 マーガレットに肩を揺すられマオは目撃する。地面からじわりじわりと黒い液体が染み出し、いくつもの水滴となって浮遊、土砂降りの最中にシャッターを切った様相となる。

「パルネの得意な、水魔法?」

「ふふ、アンペイアさん、度肝を抜かれているようですわね」

 パルネはスッと指先を天から下ろし、指揮棒を振るう要領で、黒い水滴たちに命令を下す。

「わたくしの炎雷はっ、ここからですわ!」

 黒い水滴はパルネの魔力を帯びて指向性を持ち、無数の弾丸となってコルテッロに襲いかかる。面食らっていた様子のコルテッロも、水魔法の応用で氷壁を展開、水弾の集中砲火を悉く受け止めてみせる。

「うお、アイスウォールに穴が空いてら……だがパルネ、これは炎雷魔法では」

「仕上げですわ」

 氷壁越しに苦言を呈すコルテッロへ、パルネは指ぱっちん一つ。火打石から生まれたような細い火花が、つうっと伸びて氷壁に至り――着火する。

 閃光と共に大きな爆発が起こり、氷壁は粉々になって砕け散る。

 何がどうしてそうなったのか、理解するのに数秒を要した。

「これぞ、わたくしが『お姉様』と編み出した炎雷魔法ジーオ・ボンム! 散りゆく氷が美しいですわね」

「パルネすごいよっ! すごいすごいっ!」

 マーガレットが、次は自分の番ということも忘れて、ライバルの手を握ってぴょんぴょん飛び跳ねる。ゆさゆさと乳房が揺れる。

「地下の化石油を操って、炎雷魔法に応用しちゃうなんて!」

「勝手にタネ明かしをしないでくださる?」

 握られた手をパルネが払い、勝ち誇った顔で宣言する。

「この勝負、パルネ・リッカーがいただきましたわ」

「! まだ分からないよ、見ててね!」

 気合十分、マーガレットが試験官と対峙する。爆発に呑まれたばかりのコルテッロは、焦げた髪とマントを手入れしながら「ちょいまち」と掌を掲げてくる。

「はあ~、アイスウォールの厚み足りなかったら、さっきの死んでたな……」

 教え子に倣ってヨシと気合を入れ直し、自身の頬を張る。

「今度は、何が来ようと全力で防御する。魔力全開、枯渇してブッ倒れたら午後休だ」

 ゆらりとコルテッロの周りが陽炎みたいにゆらめく。視認できるレベルで魔力を放出しているようだ。あれなら(コスパ最悪な代わりに)瞬時の対応が可能で、詠唱と魔法発動にコンマ一秒もタイムラグが生じない。詠唱破棄による簡易版ならノータイムだ。

「さあ、来い!」

「いきます!」

 素直に答えたマーガレットが、弓を構えるように右腕をすっと伸ばす。詠唱を始めると、指先のさらに先、前方に魔法陣が〝宙に固定されて〟縦置きに展開される。

 マーガレットの指先から放たれた炎雷は、魔法陣に吸い込まれていく。

「《クリムゾン・ロア》かと思いましたけど、違いますわね」

 戦慄した面持ちでパルネが独り言ちる。ぶつぶつと術式を解析する。

「水魔法で、宙をカンバス代わりに魔法陣を形成。炎雷をストックさせて増幅器に?」

 パルネの見立ては正しい。術者の内側において完結して発射される炎雷魔法は、蛇口の大きさを超える放出はできぬのが道理だ。ゆえに外付けオプションにより蛇口を無理やり広げる。空気中の水分を操作してつくり上げた擬似刻印の魔法陣によって。

「……」

 マオの視線は、宙に固定された魔法陣ではなく、主の太腿で淡く光るそれへ注がれる。チェック柄の短いスカートが揺れるたび、僅かに垣間見える魔法刻印……以前よりも一回り大きさが変わっている。

(まさか、あのような方法で超克するとは)

 マーガレットが自身に施したのは、いわば魔法陣の魔法陣包み。ある意味で台無しワザといえるものだ。ただし既存の魔法文字を潰すのではなく蛇足する――つまり「あー」とか「うー」とか無意味な長たらしい注釈もどきを、一回り大きな円で囲って書き加えたのである。

 結果、どうなるか。相殺する炎雷魔法の発動が遅れて、もたもたしている隙に炎雷は放出される。ひとたび放出され始めた炎雷を、もはや相殺することなどできない。むしろ勢いに呑まれて加勢するバフとなる。

「脳みそが柔らかいというか、馬鹿と天才は……以下略というか」

 見守るマオの眼前で、マーガレットが左腕も上げる。すでに展開されている魔法陣の先に、さらにもう一つ魔法陣が重なり、炎雷によって連結する。

「二枚目っ? おっきい」

 驚きが一周してパルネの顔が恍惚としてきた。魔法陣二枚目からは、段階的な蛇口の拡張、そして砲身の役割も担う。安定した指向性をもってフルパワーの炎雷を放つためには、さらにもう一枚、三枚目が必要だ。

(けれど、すでにマーガレット様は両手態勢……)

 右手で一枚目を、左手で二枚目を制御している様子。最後の一枚は〝見えざる手〟でイメージにより制御するほかない。――のだが、練習で成功した試しはなく。

「くっ……」

 三枚目の魔法陣は難産で、さしもの天才美少女魔法士も眉間を歪ませる。身体を駆け巡る炎雷が、とうとう溢れて制服を焦がし始める。

 焼け付く臭いが漂い、術者が膝を着きかける――。

「マーガレット様!」

 マオは主の名を呼び、後ろから抱いて支える。

 誰も、その行為に口を挟まない。付き人である獣人は、制服こそお仕着せられているが、学院において透明人間として扱われる。主である生徒に付帯するモノとして、極論「同一人物として」扱われるのだ。マオは暗黙のルールを逆手にとった。

 いや、きっとそうでなくとも、支えた。

「お気を確かに。御身を焦がす炎雷、半分くらいは請け負います」

「マオマオ……」

「本日限定でマオマオということにします。集中を」

 マーガレットは力強く頷き、精神を研ぎ澄ませていく。

 いい雰囲気だったのに三秒で弱音を上げる。

「やっぱ無理いっ!」

「あきらめんな!」

「だから、はしたないけど脚でやるね」

 ?????? マオが頭上にクエスチョンマークを乱舞させた次の瞬間、マーガレットはドアを蹴り破るための予備動作みたく脚を上げた。たぶんパンツまる見えで。

 両腕をんばっと横に広げて二枚の魔法陣を維持し、ローファーの踵をそこへ向ける姿、珍妙な格闘技の構えにしか思えない。

 もしかしてギャグでやっているのか?

 否、マーガレットの珍妙なポーズと共に三枚目の魔法陣が顕現する。

(脚でやるって、まさか――)

 掌の代わりに足の裏を使って制御を! そんなん、マーガレット様しか思いつきませんよ! おバカ! 天才魔法士! はしたなさすぎて美少女抜きです!

「それじゃあ、発射するから、しっかり支えてね」

 にこやかにマーガレットが言って、「ちょまっ」マオのこころの準備などさておいて、マジで魔法陣を蹴りつける。炎雷を蓄えた魔法陣はキックをトリガーにして発動。

《クリムゾン・ロア》を遥かに上回る、地獄の轟雷が、身構えるコルテッロへ襲いかかる。

 それは龍と例えることすらできぬ極太の光線、真白い破壊光。神聖魔法と見紛う神々しさ。

「炎雷〝直列〟――メグマオ・シューッッ!」

 ああああ魔法の名前がダサいっ! 致命的っ……!

 ていうか、マーガレット様とぼくの名前を合わせただけですよねっ! 新しい魔法としてソレが登録されたらどうすンですか、まったくも~~っ!

「マオも叫んでっ!」 「いやです!」

 そして、無情なる光はコルテッロを呑み込んだ。

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