メイドは主のために舞う!

瀬戸内ジャクソン

第1/3章 メイドと主と炎雷魔法

第1話 双剣とモーニングスター

 砂塵舞うコロシアムで、ふたりのメイドが対峙している。

 片や、瀟洒にして長身、銀縁の眼鏡を掛けたメイド。

 片や、齢二桁になったばかりという雰囲気の、ボーイッシュなメイド。

 それぞれ白黒のエプロンドレスを纏い。頭にはヘッドドレスといっしょに獣耳が立ち。手には戦士が振るうような得物が握られている。

「モーニングスターとは……相変わらず、物騒な武器を使うのですね」

 眼鏡のメイドが嘆息して、先日は大槌(ハンマー)でしたよね、と少年メイドを舐め回すように見る。

「よくぞその、ちんちくりんな体躯で扱えるものです」

「涼しい顔で長剣を二刀流するゴリラに言われたくない」

 少年メイドは抑揚なく悪態で返し、棘棘しい鉄球付きのフレイルを構える。――と同時に、開始を告げる銅鑼がけたたましく鳴った。

 先に動いたのは眼鏡のメイドである。低い姿勢からコロシアムの土を蹴り、双剣を翼のごとく背後へと広げて、少年メイドめがけ一直線に疾駆する。間合いは一瞬のうちに詰まり、眼鏡のメイドは翼で打つように左剣を一閃させる。

 対する少年メイドは落ち着いた様子で、最小限の体さばきで白刃を躱し、続く右剣の斬撃もふわりと跳躍して切っ先を届かせない。

 開幕早々の熱い攻防に、拡声器を手にした実況者の語りにも熱が入る。

『リッカー家の侍従長アイシャ、猛烈な先制~~ッ! しかあしッ、アンペイア家の侍従マオは危なげなくこれを回避ッ! 前回より死合が洗練されています!』

「うるさい」

 陽気すぎるノリに少年メイド・マオは辟易と目を細める。

 アイシャとの決闘は、今月に入ってもう三度目だ。どれもアイシャ側から、もとい、アイシャの主であるパルネ・リッカー嬢から白手袋を叩きつけられている。

(ぼくの主である、マーガレット様が)

 魔法国家ナルマージにおいて、決闘は主に代わりメイドが行うならわしだ。貴族当人に落命されては敵わん、というのは理解できるが、現場のメイドは胃が痛い。

「ぼーっとしてると首が飛びますよ」

 アイシャの交差させた双剣の刃が、マオの首元まで迫る。鋏とは逆に開く斬撃を、マオは前転跳びで躱しつつ、モーニングスターの一撃をアイシャの後頭部へと見舞う。――が、アイシャは斬撃モーションそのままに背後で双剣を交差する。鉄球は防がれた。

「やるじゃん」

「貴女こそ」

 前回までの決闘は、実のところ〝やらせ〟だ。命じられたわけでなくメイドの裁量で。

 現場のメイドは主の将来(さき)まで見据える必要がある。なるべく禍根を残さず勝敗をドローにして、決闘に至ったわだかまりについては時間が解決してくれるのを待つ。

 ただし、その意図がわざとらしく観衆に伝わっては、主が恥をかく。ゆえに全力を装う……というか、ほぼ全力である。死と隣り合わせ。そうしてエンターテイメントに昇華し、平民のガス抜きも兼ねて、貴族どうしの繋がりを守るのだ。

(だというのに、リッカー家のお嬢様は……)

 どうにも決着をつけないと気が済まないらしい。引き分けで矛を収めず、続けざまに決闘を申し込む――因縁をつけてくる相手との将来、そんなもの見据える必要はあるだろうか。

「悪いけど、アイシャ」

 マオは肘を上げ、モーニングスターの柄を高めの位置で持つ。

「〝三度目の正直〟をさせてもらう」

 フレイル状に鎖で繋がれた鉄球は、空いたもう一方の手のひらに乗り、さながら庭球のサーブを想わせる構えだ。引き分けにはしない、という意味合い(ニュアンス)の通告を受け、銀縁眼鏡の奥にある切れ長の目がさらに鋭くなる。キレイな三角形の獣耳がぴくりと動く。

「マオ……貴女はパルネ様を見捨てるのですか」

「見捨てる? 君の主のことなんか知ったことではないよ」

 ぽんと直上へと鉄球を放り投げたマオは、ぐるんと柄を回して、鎖繋ぎのそれを豪快にゴーラウンドさせる。びゅんびゅんと空を千切るような音がする。

「ぼくの主はマーガレット様だけ。そもそも、決闘好きのパルネ・リッカーが悪い」

「なんという不敬な口の利き方でしょう。他家のメイドといえど許せぬ!」

「御託はいいから、かかってこい」

 次の瞬間、戦いの火蓋は、再び切って落とされた。

 身を捩りながら跳んできたアイシャが独楽よろしく回転、撫で切りにする斬撃をマオへ無限に繰り返す。すなわち剣舞である。遠心力と双剣により攻撃のクールタイムが存在せず、マオは防戦を強いられる……かに思われたが。

『な、なんとぉ~~ッ! 継ぎ目がないアイシャの剣舞に、マオがッ、まるでモーニングスターを鞭のように扱いッ、対応していまああああああッす!』

 右手へ左手へモーニングスターの柄を持ち替え、慣性の法則をぶっちぎる勢いで鉄球を斬撃にぶつける。アイシャと違って筋力(マッスル)まかせの無理やりな攻撃だが、一撃ごとの威力はマオが上回る。斬撃を弾かれるたびアイシャの剣舞が精彩を欠き、そこに隙が生まれる。

「むんっ!」

 マオが放った渾身の鉄球は、間合いを見誤ったようアイシャに映っただろう。しかし繋がる鉄鎖がアイシャの刃を支点にして、鉄球はぐんと軌道を曲げる。逆サイドの側頭部を狙う。

 アイシャは他方の剣、柄の先をもって辛くも鉄球を防ぐが――剣舞は完全に停止した。

「貴女というメイドはッ――」

「おやすみ」

 マオは得物をすでに手放していた。本命の掌打がアイシャの鳩尾に叩き込まれ、衝撃波が背中を突き抜ける。遅れて吹き飛んだアイシャの身体は、コロシアムの壁に打ちつけられ、ぐったりと墜ちて沈む。

『決っ着ぅ~~! はやいっ、開幕から五分と経ってはおりません! 二度の決闘を経て、アンペイア家のメイドはすべて見切っていたというのか! いやあ、しかし驚いた! これもリアルガチだからこその醍醐味でしょう!』

 勝手なことをべらべらと……。

 スカートの裾をつまんでマオは恭しく一礼し、踵を返してコロシアムの昏い花道へ。

 待っていたのは、場違いに華やかなドレスの少女だった。艶やかに長いブロンドの髪はハーフアップに結われ、瞳はヒスイの碧さを湛えて、一目で貴い身分だと判る。胸の前で握られた上等なハンカチはひどく皺をつくっていて、白魚のような指先が小刻みに震えている。

「マーガレット様」

 仏頂面のままフラットな調子で名前を呼べば、少女は感情を洪水(フラッド)させる。

「マオマオ~~ッ!」

 矢のごとく頭から突っ込んできて、受け止めれば大蛇のごとく絡みつき、マオのほっぺやら髪やらを撫でくちゃにする。

「ちょ……耳は触らないでくださいっ、耳はっ……」

「ごめんごめん、獣人のお耳はビンカンだもんね!」

「まったくもう」

 ショートボブの黒髪に立つ獣耳を両手ガードしつつ、マオは主にお小言をひとつふたつ。

「マーガレット様、涙とか鼻水とか出っぱなしですよ、はしたない……あっ、ハンカチでチーンしましたね今っ……チーンしたハンカチでぼくの顔を拭こうとしないでください!」

 みっつ。アンドモア。

「あとですね、ぼくの背丈が小さいせいですが……抱きついてるマーガレット様のお召し物、汚れてしまっています」

「マオマオ、かわいい♡」

「話を聞け」

 とは言ったものの聞き分けないのはいつものことなので、主に乞われるまま手を繋ぎ、マオは血なまぐさいコロシアムを後にする。――失敗した。マーガレット様のほうが一〇センチくらい背が高い。ぼくが〝さんぽ〟されてるみたくなってる。ミルクを飲まねば。

「ね、ふたりきりのときはメグって呼んで」

「嫌です。あと、ぼくはマオマオでもないです」

「けちんぼ」

 肩を並べられずに歩く花道の先は、

 心なしか明るく感じられた。

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