第2/3章 華麗なるお茶会と決闘するメイド

第13話 四摂家の息女たち

 春、はじまりの季節。

 そして、恋の季節でもある。

「アンペイアさん」

 教室の窓から射す麗らかな陽光の中で、いつも憎まれ口のカノジョ――パルネちゃんから差し出されたのは一枚の手紙である。はにかみつつ唇を尖らせ、目線を逸らせ、どこか雑然と「んっ」とか言って手紙を渡さんとするその姿、恋の魔法にかかっているとしか思えず。

「パルネの気持ちは嬉しいケド、恋人はちょっと無理カナ」

「ンなあ~~にを言ってますの! このアンポンタンはっ!」

 ち・が・い・ま・す! と否定して、パルネが令状でも見せるように手紙を広げる。

「もったいなくも、お姉様がたから貴女への招待状ですわ」

「招待状?」

 パルネから手紙を受け取り、マーガレットは文面に目を通す。そこにはリフィリア・ドラシル、カーマ・ウィーゼルの連名で、学内で開くお茶会への誘いが記されていた。

(ドラシルにウィーゼルときたかあ)

 家名が指すとおり四摂家の息女たちだ。今は魔法学院の三年生として在籍していると聞く。遣いをしているからにはパルネもお茶会に参加だろうし、そこにマーガレットが加われば四摂家揃い踏みとなる。

(マオはどう思う?)

 と、傍らに立つ付き人にアイコンタクトすれば、無表情にサムズアップで返される。友好関係をつくっておけ、という意図だろう。マーガレットも親指を立ててパルネに返答する。

「どんとこい!」

「貴女が足を運ぶのですわよ」

 お姉様がたには、わたくしから伝えておきますわ。と呆れ顔のパルネは、ウサ耳の付き人を引き連れて教室を去っていく。

「二年次のクラス分け、パルネ・リッカーと別になって安堵しています」

 マオが瞑想するように瞼を瞑って呟く。

「どうして?」

「喧々囂々の日々が始まるからです」

「もしかして妬いてるう?」

「ぶちますよ」

「家庭内暴力禁止い~っ!」

 そんなこんなで二年次の学院生活が始まり、お茶会の日がやって来る。

 招待状に指定されていた場所は、学院の中庭――授業で扱うマンドラゴラやらを育てているうち半ば樹海と化してた、ミューズ魔法学院最後の秘境である。

「わーお」

「久々に出ましたね、マーガレット様のワオ」

 扉を開けてすぐに広がった異界(ジャングル)に、マーガレットはあんぐり口を開ける。ボルト家別邸を隠す迷いの森が「鬱蒼」だとすれば、こちらは陽気にゴリラが太鼓を叩いていそうな「躁蒼」さがある。珍種の植物がオールスターでひしめき合った結果だ。

(そういうエリアがある、ってことは知っていたけど)

 足を踏み入れる気には一年間ならなかったなあ。きっと他の生徒だって同じ……先生に指名されて手伝いで採集へ~、なんてシチュでもない限りゴメンだわ。あの植物はビビッドカラーの粘液を垂れ流してるし、あの植物なんか牙(?)をガチガチ噛み合わせて音を響かせてるし。

(――だからこそ、なのかな?)

 四摂家の息女が集うとなれば、人目を惹くのは必定だもの。食堂はもちろん、屋上でもお茶会はできはしないと思う。最後の秘境であるココを除いては。

「参りましょう」

 先に一歩踏み出したマオが、ごく自然な所作で、手を差し伸べてくれる。

 迷いの森でも頼りになるマオだったなあ。マーガレットは愛しさを感じながら手を重ね、エスコートを受ける。いざ往かん。

「ふんふふ~♪ マオすき」

「なんですか藪から棒に」

「思ったことは口にしないと損だよ♡」

 ぎゅっと手を握り、肩を寄せる。マオの身体はちっちゃくて半ば覆い被さるようになる。

「でしたら、ぼくも恐縮ながら……マーガレット様、少々きしょいです」

「マオマオぉ~」

「嘘ですよ。泣かないでください」

 茂みを掻き分け、蔦を払い、しばらく進んだ先でパッと樹海が拓ける。白いテーブルクロスを敷いた長いテーブルが鎮座しており、三人のお嬢様がすでに着席、後ろにはそれぞれ付き人が立つ。

 最も近くに座っているパルネが気づき「早く来なさい」としかめ面で手招き。ティーカップが置かれた最前の席にマーガレットは着く。

(不思議の国のなんとか~って話のお茶会みたい)

 間隔をとってテーブルの左右交互に陣取り、パルネ&ファニの奥には上級生ズの姿がある。

 パルネのはす向かいに座しているのは、パルネとよく似た顔立ちの女生徒……ちょっと怖いくらいニコニコしていて、あとトンデモなく髪が長い。長ぁ~~過ぎて後ろの付き人に髪を持たせている。――花をあしらった金髪がパスタみたい、と思ったものの、マオにシーッと指を立てられマーガレットはことばを呑み込む。

 さらにその奥。はす向かい。ぴちっと整えたセミロングの銀髪、マニッシュではないが「眉目秀麗」の似合う女生徒が座している。まるで人形のように精緻な顔立ちで、どこか表情は冷たげで。――後ろに立つ付き人が蕩け顔であくびしており、ふたりで奇妙にバランスがとれていて面白い、と思ったものの、マオに以下略。

(思ったことを口にして禍となる……あるっぽい)

 ケモノの直感で分かったよ。マーガレットは独り鷹揚にうなずく。マオとパルネからジト目が送られてきてて哀しい。

「全員揃いましたね」

 最奥のぴっちり女生徒が、雪解け水のように清廉な声色で発する。冷たさと同時にキラキラもしている不思議な声だ。プロお嬢様って感じ。

「まずは自己紹介から……私はカーマ・ウィーゼル。魔法学院の三年生です。後ろの付き人はトウリといいます」

「ういういー。トウリだよ。しくよろ」

 カーマに紹介され、同じ制服を着た、獣人の女性が手を挙げる。その腕には極彩色の羽根がびっしり蓄えられて翼を成している。まるで東方のフリソデみたい。

(極楽鳥の獣人って、すう~~っごく珍しいんだよね)

 というか、付き人の紹介もするんだ。マーガレットはカーマという上級生に好感を覚える。魔法学院では付き人――獣人は、透明人間として扱われる。奴隷という身分ゆえに。

 カーマは当然のように「トウリ」という名前の彼女を紹介した。

(あたしもマオを紹介していい、ってことだよね!)

 マーガレットはガッツポーズで鼻息荒く、椅子に腰掛けたまま足ぴょこさせていると、後ろからマオに肩を押さえられた。手はおひざ。

「こっちは私といっしょにお茶会を企画した――」

「お待ちになってカーマちゃん、自己紹介なのですから」

「おっと失礼。どうぞマドモアゼル」

 カーマに促され、パルネ似の髪長~~っ上級生は、すうっと音もなく立ち上がる。ツッコミを入れている間も一二〇パーセントの笑顔は崩れていない。

「同じく三年生、リフィリア・ドラシルと申します。わたくしの髪を持っているのは……」

 なぜか数拍、リフィリアは間を置いて、

「なんという名前だったかしら」

「マッキナでございます」

 にこやかに首を傾げる主に、浅黒い肌の付き人が答える。マニッシュを地で行く筋肉質な身体つきで、ベリーショートの白髪、いったい何の獣人だろうか……耳では判断できない。

「ああ、マッキナという名前でしたわね」

 どうぞよしなに。リフィリアはさらりと〆て着席する。

 と同時に、食い気味に起立したのはパルネだ。ここからパルネの自己紹介と「お姉様」リフィリアへの敬愛が延々語られるわけだが……あまりに長いため割愛する。かわいそうに、付き人のファニは紹介されずじまい。エッッて顔してる。

 いよいよマーガレットの番となる。リフィリアのまねをしてそ~っと立ち上がり(不審)スカートの裾で手汗を拭いて、深呼吸して、覚悟完了。

「あたし、マーガレット・アンペイアです! こっちは親友のマオ!」

「ども」

 紹介の加速をつけすぎて、マオが泡を食った様子でお辞儀する。

「うちのマオはすごいんですよ!」

「マーガレット様、紹介は手短に……」

 それからパルネに負けじと愛を語り、マーガレットは自己紹介――殆どマオ紹介を終える。

 機を窺っていた付き人たちがティーポットからカップに茶を注ぎ、「尊き出逢いに」とカーマの音頭でお茶会の本領へ。

「このお茶……薄緑色で、渋みがあって……初めての味!」

 マーガレットの正直者な感想に、カーマが微笑を浮かべる。

「気に入ったかい? サンゲツ国でよく飲まれていた茶でね、私も好物なんだ」

「あらあ、カーマちゃんたら、もう砕けた調子ね」

 メグちゃんのことが気に入ったかしら? リフィリアに茶化されたカーマは動じず「ふふ」と笑ってみせる。冷血っぽいイメージはもう霧散した。

 ゆったりとした時間が流れ、空が茜色に染まり始めた頃合いで、お茶会はお開きに。

 また定期的に集まろうと約束し、今日のところは解散となる。パルネをべったり侍らせて去るリフィリアに続き、マーガレットも会場を後に――しようとしてカーマに腕をつかまれる。

「えっ……あのお……」

「マーガレット君。お願いがある」

 眉目秀麗が熱を帯びて、イケメン具合が上限突破している。目が離せない。

「あっ、はい。あたしにできることなら」

「私と……デートをしてくれないか」

「ぜひぜひ~、ってエーーーッ!?」

 マーガレット・アンペイアの汚い声が木霊する。

 春、はじまりの季節。

 そして、恋の季節でもある。

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