竜とヒトのパラドクス×ファンタジー!
- ★★★ Excellent!!!
その世界にはヒトがいる。獣人がいる。精霊がいる。竜がいる。そして竜人がいる……。
かつて世界に立ちこめた暗雲。それが竜人という超越的な存在だった。ヒトと竜の長所を併せ持ち、覇権を握らんとした彼ら。これを止めたのは、ヒトと竜の連合軍、そして連合軍の祈りを聞き届けた神だった。果たして竜人は何を考えていたのか。今となっては詳細が不明だ。ただ書物の中に伝承を残すのみ。しかし、この伝説上の存在が、近年再び姿をあらわしつつある、らしい?
そんな不穏な情勢の中で、ぶっきらぼうな木こりの青年セイルが誘拐したのは、引きこもりのお姫様フィールーンだった。この木こりが主人公、引きこもりのお姫様も主人公。奇妙な取り合わせだが仕方がない。これが文遠ぶんファンタジーだ。誘拐ってなによ? 主人公たちの出会いが物騒なのはいつものことだ。習うより慣れろだ。
二人には秘密があった。それは彼らがともに本物の竜人であるということ。これには共通の原因がある。かつて王国の城内で起きた賢竜夫妻の殺害事件だ。事件の現場に残されていのは、賢竜の遺体と、その血溜まりの中で倒れていた幼いお姫様だけ……。この事件の真相を解き明かすことが、物語の動機の一つとなる。もう一つの動機は、どうにかしてこのお姫様の竜人化を解くこと。賢竜夫妻と二人がどのような関係にあるのかは、ぜひ本作を読んで確認してもらいたい。世界の敵であるはずの竜人が主人公であるというパラドクス。出だしで前提が覆るのだから、その道行きが尋常であるはずがない。そう、この物語はアクセル全開のドライブに似ている。峠を攻めるように謎とぶつかり、風に煽られるように悲劇へ体当たりする。それでもその体には、生きとし生けるものへの逞しい願い、希望の意志が強く響き渡っていることを、あなたも実感するだろう。世界は優しくない。だからこそ、彼らは優しくなれる。
王国騎士リクスン、精霊の隣人エルシー、卓越した商売人タルトト。旅の仲間たちだ。みんな変人で、みんな秘密を抱えていて、それぞれに頼もしい。誘拐から始まる物語だが、旅立ちは賑々しい。
彼らは協力して事件に立ち向かい、引きこもりのお姫様を救おうと試みる。でもいずれ、その冒険は世界を救う物語へと発展するだろう。個人の問題が世界の問題とひと繋ぎであることを、この物語は暗に示しているからだ。
絶讃連載中の本作、その行く末を共に見守ろう!