第7話 好きの証 ―②

 夜までみっちり勉強をした後、先輩の家で夕食をご馳走になった。

 先輩のご両親は気さくで、初対面でも楽しく食事ができた。


 弟さんは反抗期なのか無口だったけれど、無視することはないし、決して悪い子ではないのだろう。


 ありそうでなかなかない温かな家庭。

 これが先輩の生まれ育った環境。

 先輩だけの、先輩がいるべき場所。


 先輩は言った。

 ボクが先輩になったとしても大丈夫だと。

 そんなことは、全くあり得ない。


 ボクに先輩の代わりなんて絶対に務まらない。

 先輩の代わりなんていないのだから。


 夕食の後は、リビングで先輩とスイカを食べた。

 庭へ繋がるガラス戸を開け、夜風を浴び、虫の音を聞きながら甘くて瑞々しいスイカにかじりつく。


 三角に切られたスイカを一息にむさぼり食った先輩が、気持ちよさそうに口元をぬぐった。


「ぷは~頑張った後のスイカは格別だね~!」


「会社終わりのサラリーマンですか」


「あははは」


「ですが今日は本当に頑張りましたね」


 最初こそ先輩のやる気が全く湧かずにどうなることかと思ったが、休憩を挟んでからの先輩の集中力は目を見張るものがあり、今日一日でかなりの量の課題が消化できた。


 先輩は照れ笑いをする。


「えへへ~、もっと褒めて褒めて」


「明日からも頑張ってくださいね」


「……」


「どうして無言なんですか」


 不安でしかない。

 というか先輩のことだ。

 ボクが何も言わなければこのまま夏休み最終日まで残りの宿題を手つかずで過ごしそうだ。


「よし! ごちそうさま! あんねぇ花火! 花火して遊ぼ!!」


「あ、ごまかした」


 先輩が家庭用の花火セットを取り出した。

 今日一緒にやるために先輩が用意していたらしい。


 ボクがスイカを食べている内に、先輩は庭に出てバケツを準備し、花火セットの封を開ける。


「でっかい花火もーらい!」


「それ置き花火ですからね。くれぐれも振り回すのとかやめてくださいね?」


「それ、ふり?」


「違いますから、ほんとやめてください」


 やんちゃで子どもっぽい先輩のことだ。やりかねない。

 と、そこでようやくボクもスイカを食べ終え、庭へと降りる。


「ほら早く来ないと明の分なくなっちゃうよ~! ……あっと!」


 はしゃいでバケツにつまづき、転びそうになる先輩。


「あ、先輩危ないですっ!」


 その先輩を支えた――瞬間、ボクはゾッとした。


「あ、ごめん……ねえ、明、今の声……?」


「……」


 先輩が驚きの眼差まなざしでボクを見た。


 たった今ボクの口から出た声。

 それはボクのものではなかった。


 ずっと聞いていても飽きないほど綺麗な声。

 遠くまで届きそうなほどしっかりとした声。

 ボクの大好きな人の声。


 そう、今ボクは、先輩の声を発したのだ。


 第三段階、体質・声。


 第三段階。

 それは、ボクらが共にいられる時間のタイムリミットを意味するものだった。


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