第2話 光に伸ばす手 ―③


――透子とうこside



 翌日の放課後。

 学祭実行委員会教室に到着し、鞄を長机の上に置いて一呼吸したところで、教室の戸が開けられた。


 小柄な女子生徒が入ってくる。

 緊張しているのか、肩に力が入っているようである。


「早かったね、あきら


「ホームルーム終わって真っ直ぐ来ました。でも先輩の方が早かったですね」


「ああ、うん。それもそうだけど、答えが出るのがさ」


「あ、そのことですね。ええ、まあ……」


 早かったということは、やはりわたしとは付き合えないということだろうか。

 これまで通り、という決断をしたと考えるのが妥当だ。


「先輩の方こそ、早かったですね。答えを出すの」


「うん、だって最初から答えは決まってたんだもん」


 そう。わたしの願いは決まっていた。


「わたしが明のこと好きなことには変わりないよ。やっぱり一緒にいたい。たとえ二人の関係が永遠ではないとしても、たとえ存在が消えちゃうとしても……」


 だけど、本当は色々と不安だった。


 まず、中途半端に関わることで、かえって明につらい思いをさせてしまうのではないか。

 しかしこれは、真帆ちゃんと話す中で答えが出た。

 真帆ちゃんは楽しい時間でつらい記憶を上書きしてくれた。

 別れのつらさなんて吹き飛ぶくらい、楽しい思い出を一緒にたくさん作ればいいのだ。


 あと万が一、明がわたしになってしまった時、不自由のない環境か不安だった。


 けれども、それも大丈夫だと昨日実感した。

 わたしの友達や家族は、自信をもって素敵な人たちだと言える。

 まあ、真帆ちゃんとは時々ケンカするし、お父さんは情けないし、お母さんはちょっと過保護だし、弟は反抗期だけど。

 それでも、唯一無二の存在だと言える。


「だから、12回目の告白をするね。わたしと付き合ってください」


 一度頭を下げて、起こした。

 今日は明の表情を直視できる。

 彼女からどんな答えが飛んできても受け止める覚悟があったから。


 明は無表情で固まったまま。

 小さな拳はスカートをぎゅっと握りしめている。

 十秒くらい経って、一旦口を開きかけたがやめた。

 そして、さらに二十秒、明はようやく声を出してくれた。


「ぼっ……」


 掠れていたため、咳払いをして言い直す。


「ボクも、先輩に興味が湧きました。十一日間、今日で十二日間も毎日ボクに想いを告げてくれた先輩のことが。それにボクのことを一番に考えてくれる先輩なら、一緒にいても大丈夫かもしれないと。だから……」


 明は3本指を立てた手を前に突き出す。


「第3段階まで」


「ん?」


「第3段階までいったらお別れです」


 待って。

 つまりはえっと……。

 ダメだ。完全に諦めていたせいで、明の言っていることがうまく理解できなかった。


 第3段階までいったらお別れ。


 逆に言えば、第3段階までは一緒にいていいって……こと?


「じゃあ……?」


「よろしくお願いします」


 と言って一礼。


 瞬時には状況が理解できなかった。


 え、え、まさか……うそ、こうなるなんて……っ!!


「ありがとう明!! え、でも本当にいいの!?」


「はい。それにま、まあ、ボクが先輩のことを好きになるとも限りませんし」


「それならずっと一緒にいられるね! あ、でも、好きでもないのに一緒にいるのはつらいか。えへへ」


 好きになってもらえなかったら嫌なのに、今はとにかく嬉しすぎてにやにやが止まらなかった。


「よろしくね、明」


「はい、これからよろしくお願いします」


 期限付きの恋人関係。

 永遠に一緒なんてあり得ない。

 いずれは別れが訪れるというのに、こんなにもわくわくしてしまうのはどうしてなんだろう。


 今はそんなことどうでもいい。

 この夏は、互いに忘れられないほど楽しい思い出を心に刻むんだ。

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