第3話 初めてのデート ―②

 ――あきらside



 待ち合わせ時間ちょうど。

 駅前に到着した。


「お~い、明~! お~い!」


 人ごみの中から透子とうこ先輩の姿を捜していると、その中から彼女が満面の笑みで手を振って歩いてきた。


 私服姿だったため気付くのが遅れてしまった。

 ピンクがかった白のフリルがついた可愛らしいワンピース。

 夏のそよ風でなびく長い黒髪は、控えめな銀の髪飾りを着けるのみ。

 ただでえモデルのようにすらりとしているのに、ヒールのある靴を履くことによってさらに美しいシルエットに。


 自分を一番綺麗に見せる方法を分かっている気がする。

 それにしても驚いた。思っていたよりもガーリーな格好だ。


 大してボクは、緩めのシャツにショートのデニム。


 まずい……ボクはこの人の隣を歩く資格があるのだろうか……。


「明? わたしここだよー?」


 いけないいけない。

 ついぼーっとしてしまった。


「お、お待たせしました、先輩。早いですね」


「ううん、今来たところだよ」


 嘘だ。

 頬は若干上気しているし、額には汗が光っている。


 もっと早く起きて、もっと早く来ればよかった。

 なんだか申し訳ない気持ちになった……。


 けれど、ボクに気にさせまいと嘘を吐いてくれたのだ。

 ここは大人しくだまされておこう。


 騙されつつ、待ち合わせ時間よりずっと前から待っていてくれたであろう先輩が休める方法を考える。


「まずはどこかで涼みましょうか?」


「そうだね! そこでこの後どこに行くかお話しよ~?」


「はい」


 とりあえず駅前のカフェで作戦会議をすることに。


 よくインスタとかで紹介されていそうなオシャレな作りの店だ。

 ガラス張りで開放感があるが、店内の照明は暗めで外からの視線はあまり気にならない。

 だが今は、冷房がよくいてさえすればどうでもよかった。


 ボクはアイスレモンティーを、先輩はクリームソーダを飲んで一息。

 ちょっと外に出ただけで直射日光とコンクリートの二面オーブンでグリルにされるようだった。

 カラカラになった身体に水分がいきわたるのを感じる。


「はあ~生き返る~」


 ストローでごくごくとメロンソーダを飲み、続いてアイスも口に入れ。

 にっこりする先輩を見て言う。


「先輩、甘いものお好きなんですね?」


「うん! 明も一口どう?」


 パフェスプーンに乗せたアイスをこちらに「あーん」と突き出してくる。


「すみません、ボク甘いもの苦手なんです」


「ありゃりゃ、そっか」


 まあ、たとえ甘いものが好きだったとしても応じなかったが。

 さすがにこんな人前で恥ずかしいし。


「あんね、ちょっと気になってたこと聞いていい?」


 各々の飲み物が半分くらい無くなった頃、先輩が難しい顔をして言った。


「はい、どうぞ」


「明、お父さんもドッペルゲンガーだって言ってたよね?」


「はい」


「どうやってその……お母さんとは恋愛をしたの?」


 なるほど、その話か。

 そういえば先輩には、ドッペルゲンガーの身に降りかかることだけ話して、“そのあと”のことは何も言ってなかった気がする。


「えっと、ドッペルゲンガーが恋した相手を消してしまうのは、最初の一人目だけなんです」


「え、そうなの?」


 ボクはうなずいて話す。


「ドッペルゲンガーが一度誰かにり代わると、もうほぼ普通の人間です。ただ、ぼんやりと自分がドッペルゲンガーだったという記憶があるということと、我が子に少ない確率でドッペルゲンガーを遺伝させてしまうだけ」


「そっかぁ」


 テーブルに頭が沈みこまんばかりの勢いで項垂うなだれる先輩。


「そこに抜け道があると思ったんだけどな……。まあ、これで解決するならもうとっくにって話だよね~」


 まさか先輩は、あれからずっと、このことを考えてくれたのだろうか。

 何か、ボクを救う道はないかと。


 やっぱりこの人は優しい。

 こんなにもボクのことを想ってくれるのが不思議なくらいいい人だ。


 唐突とうとつに先輩は顔を上げる。


「ん。ということは、明もまだ恋したことないんだね」


 先輩の言葉が合図だったように、フラッシュバックする初恋の記憶。

 自分のみにくくて恐ろしい過去をこの人に話したらどうなってしまうのだろう。

 こんなにも想っていてくれるのが嘘のようにまた拒絶されるのだろうか。


 冷房の効きすぎか、急に胸の辺りに冷気が流れ込んできて、気付いたらボクはこう答えてきた。


「ええ、まあ」


 何かが始まる前に離れた方がいいと言っておきながら、結局は嫌われたくない。

 とくに、こんなにも自分を想ってくれている人には。


 一度少し味わってしまった光の温かさ。

 その温もりを覚えてしまったことで、元の冷たいところへ戻る恐怖が強まっているのだ。


 しかし、意志だけは強く持たなくては。

 でないと、昔の繰り返しだ。


 先輩は一瞬だけきょとんとした顔でボクを見つめ、それからだらしなく頬を緩める。


「そっか~! えへへ、じゃあ明の初めてになれるよう頑張らなきゃなぁ~~」


「別に、ならないですからね」


「あ、つめたーい!!!」


 言葉とは裏腹に、先輩はにこにことしていた。

 何がそんなに嬉しいんだろう。


 ボクはなぜだか火照ほてってきてしまった頬を冷やすようにして、アイスレモンティーを口に含んだ。


 その後も他愛のない話をしながら涼み、互いのグラスが氷だけになったところで先輩が切り出す。


「さてと、この後はどこ行こっか?」


「そうですね、今日は猛暑ですし、涼しい場所がいいですね」


 さっきよりも太陽が高くのぼっている。

 もっと暑くなっていることを考えると尚更だ。


「んーと、それなら、このあたり百貨店多いからそこ巡るのもいいし、ちょっと行ったところに水族館や映画館もあるよ?」


「では、映画館とかどうですか?」


「おっけ~! じゃあ、何の映画観よっか。何か観たいのある?」


 すぐさまスマホで検索をかけ始める先輩に答える。


「特にないです」


「了解~。じゃあ好きなジャンルは?」


「映画なら何でも観ます。先輩が観たいので大丈夫ですよ」


 しいて言うならホラー。中でもスプラッター系。

 けれど、初デートで観に行く映画がスプラッターというのもどうかと思う。

 ちなみに苦手なのはおなみだ頂戴ちょうだい系のラブストーリー。


 先輩がスマホ画面を向けながら問いかけてくる。


「じゃあ、この恋愛映画とかどう? めっちゃ泣けるって真帆まほちゃんが言ってた!」


 どんぴしゃ、苦手なところだった。

 けれど、先輩は本当に観たそうな感じだし、さっきの発言の手前断りづらい。

 ボクは頷いた。


「はい、いいですよ」


「……」


 ワンテンポ。

 先輩はほんの一秒ほどボクのことを無言で見つめ、スマホを2,3回タップしてまた見せてきた。


「やっぱりこっちが観たいかも!」


 画面に表示されていたのは超有名スプラッターシリーズの最新作だった。

 過去作を全部観てきたこともあって、機会があればぜひ観たいと思っていた映画だ。

 シリーズといえど、毎回登場人物が違うため、どこから見ても楽しめるような作品である。


「え、先輩その作品お好きなんですか?」


「うーん、そういうわけじゃないけど、たまにはこういうのも観てみたいなって」


「さっきの恋愛映画はいいのですか?」


「うん、さっきのはお母さんと見に行ってもいいかなって。どっちも同じくらい観たいから、明の観たい方に合わせるよ」


「では……こちらでお願いします」


「決まりだね!」


 こうして観る映画はスプラッター映画に決定。

 ボクたちはカフェの会計を済ませると、先ほどよりも混雑さが増した駅前を抜け、うだるような暑さの中、映画館のある大型商業施設へと移動した。


 それにしても、まさかこのタイミングでこの映画の新作が観られると思っていなかった。

 1作目からずっとファンで、ボクがスプラッター映画にハマるきっかけをくれた作品でもある。

 ただグロいとか、映像に迫力があるだけでなく、叙述的なトリックで毎回観客たちを喜ばせてくれるのだ。


 さて、今回はどんな驚きが待っているのだろうか。


 ウキウキとしながら映画館内に入り、上映が開始した。

 宣伝の後本編が始まり、ボクはすぐに映像に目が釘付けに。


 しかし、上映時間1時間が過ぎ、グロさがより一層増してきたところで、隣からかすれた悲鳴のような声が聞こえてきた。


「……ひぅっ」


 見ると、先輩がビクビクとしながらスクリーンから顔をそむけていた。


 たまにはこういう映画観てみたいって言ってたのに……。

 いや、待って、違う。


 先輩は、ボクに合わせてくれたのだ。

 本当は苦手なのに……無理をしてまで。


 まったく、先輩は優しすぎる。

 自分のことなんか考えもしないで。

 もはやバカなんじゃないかなとも思う。


 でも……そんなところが――


 ボクは先輩の袖をそっとつかんだ。

 掴む、というよりはつまむ、という感じに。


 できれば先輩に気付かれたくはない。

 調子に乗らせてしまうだろうし、期待させてしまうだろうし。


 それでも、ボクのために頑張ったせいで、びくびくとする先輩のことを放ってはおけなかったのだ。


 結局、映画が終わるまでずっと先輩の袖を掴んでいた。

 ありがとうございます。そう心の中で呟きながら。


「ああ~怖かったぁ~! 血がブシャァってすごかったね!」


「そうですね」


 上映が終了し、館内から一緒に出ると、先輩はいつも通りの元気な姿に戻っていた。

 本当は断片的にしか見れてなかっただろうに、ボクに気に掛けさせまいと……。


「あ、見てみて! あの特大イチゴゼリーパフェ美味しそう!!」


「あの映画を観た後によくそう思えますね……さすがにボクでも無理ですよ?」


 あれ、思ったより本当に元気……?

 もしかしたら単なるボクの思い過ごしだったのかもしれない?


 だとしたら物事に対して素直に笑ったり怖がったり、純粋で可愛らしい人だな。

 先輩はきっと、ボクや他の人よりも人生を数倍楽しめそうな気がする。


「ねえね、次どうする?」


 先輩にかれ、辺りを見渡す。

 近くの柱に、各階の店紹介が貼ってあった。

 その最上階の案内が目にまる。


「ここって、水族館もあるんですよね」


「ふふん、行ってみる?」


「行きたい、です」


 近場の観光地や施設ほど、案外行かなかったりするもの。

 ボクはここの水族館に行ったことがなかった。

 水族館自体は好きだから、興味はある。


「おっけー! じゃあ、行こっか」


 先輩がそう言って手を差し出してきた。


「何ですか、その手は?」


「手繋いで移動しようよ?」


「調子乗らないでください」


「えー、さっきは腕の辺り掴んでくれたじゃーん!」


 さっき……?

 えっ! まさか!?


「ちょっ気付いてたんですかっ!? というかあれは違いますっ! えっと……怖かった! 怖かっただけですから!」


「ふーん、怖かったね~。ふーんふーん」


 全部分かってて気付いてないふりしていなんて!

 先輩はいじわるだ!!


 怒ったボクが先輩を置いてずんずんと歩き出すと、彼女はにやにやしながら後ろからついてきた。


 まったく、せっかく優しくてちょっといいかもって思ってたのに。


 だけどちょっとだけ、ほんのちょっとだけ楽しいと感じている自分もいた。

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