第1話 11回目の告白 ―①


真帆まほちゃん、実はわたしね、ここ十日とおかで10回フラれてます」


 わたしの一言で真帆ちゃんは固まり、口に運びかけていた玉子焼きをご飯の上に落とした。

 そのまま、目元をひくつかせながらき返してくる。


「ねえ、透子とうこ。今、何て?」


「十日で10回フラれたって言ったの」


「十日で?」


「十日で」


「10回?」


「10回」


「つまり?」


「一日1回ずつ告白して、昨日で十日目になります。あ、土日挟んで合計十四日間の出来事だね」


 真帆ちゃんは頭をかかえた。

 7月とはいえ冷房が効いている教室内で、なぜか一人頬に汗を浮かべている。

 それから、わたしたちが挟む机に弁当箱と箸を置き、一度深呼吸をしたかと思えば苦笑いを向けてきた。


「えと、何かの冗談?」


「こんな冗談言うわけないじゃん~」


「冗談であってほしかったわ……」


 真帆ちゃんは急ににこりと笑い、机の上のスマホを手に取る。


「とりあえず何、警察に通報した方がいいのかしら。ストーカー容疑で逮捕してもらわないと」


「いやいやっ落ち着いて真帆ちゃんっ!!」


「落ち着いてるわ。ちゃんと110番って覚えてるもの」


「そういうことじゃなくって!! と、とりあえず一杯お茶でも飲んで」


 わたしは自分の水筒から、真帆ちゃんの空になったコップにお茶をそそぐ。

 真帆ちゃんはスマホを置いて両手でコップを手に持ち、一気に飲み干した。

 するといくらか落ち着きを取り戻してくれたようで、もうスマホに手を伸ばす気配はなかった。


「それで、相手は誰なの?」


 半ば呆れ混じりの声で訊いてきた。


「あんね、一年生の星川ほしかわあきらって子、知ってる?」


「ええ、透子と同じ学祭実行委員だった子でしょう? 何度か見たことあるわ。すごく静かだけど可愛らしい子よねって、え、まさかその子なの……?」


「うん」


 真帆ちゃんが心底驚いたように目を丸くした。


「わあ、意外だわ」


「そう?」


「だって透子、ずっと恋なんてしてこなかったじゃない」


「あ、うん、そうだね。だって、好きってよく分かんなかったんだもん」


「その透子が恋をした相手が、あんな大人しそうな子なんてね」


 普通の子、というのもおかしいかもしれないけど、周りの友達はみんな小学生の内に初恋を経験してしまって。中学校に上がれば誰かと付き合いだす子もいた。

 それなのにわたしだけは、どうにも恋をする意味での好きって感情が分からず、気付けば高校二年生。


 とくに焦りもなかった。

 なんならこのまま誰にも恋することなく大人になっていくのかもしれない。そのうち、どこかで自然と好きが分かる瞬間が来るだろうと思っていた。


 そんな時に出会ったのが明だった。

 ノリと勢いで任された学祭実行委員。その委員長。

 明は、その委員会に一年生として入ってきたのだ。


 初めて見た時からどこか雰囲気が違う子だと思った。

 同い年くらいの子からは感じないような落ち着きや孤独、そして諦めの感情が見られたのである。


 だからか、ついつい明に目が吸い寄せられた。

 いつの間にか彼女を見ているということが多くなっていった。


 そして彼女が作り出す雰囲気に、表情にかれていった。

 奥底にある深い闇や、歪みもけがれもない清らかな心。

 それがただただ――綺麗だ、と感じたのである。


「でも透子、さすがに10回はやりすぎよ? いい加減諦めなさい」


 真帆ちゃんの声に、今年の春まで戻っていたわたしの意識は引き戻された。


「やっぱりそうなのかなぁ。でも、嫌がってる感じはしないというか」


 初めて告白した時、彼女の表情がこう語りかけているようだったのだ。


 ――待って、いかないで


 ……と。

 翌日も、その次も。

 告白されて断る彼女の顔は同じだった。


「ふーん、透子のそういう感覚が間違ってたことはないわよね。人の感情を読み取るのが得意って言うか。あ、ほら私、透子にトランプでほとんど勝ったことないし」


「小学生の頃とかわたし、嘘発見器みたいに使われてたもんねっ」


 クスクスと二人で笑い合う。


「あ、でも、真帆ちゃんがトランプで勝てなかったのは、単純に真帆ちゃんが弱いってのもあるよ?」


「ん?」


「いえ、何でもないです……っ!」


 完全に今、目が笑ってなかったよ。

 こわいこわい……。


 けれども謝罪したらいつもの穏やかな表情に戻ってくれた。

 ふぅ、と安堵あんどの息をいて、水筒のお茶を飲んで一息。


 真帆ちゃんが言ってくれたように、わたしは人の感情を――本当に思っていることを読み取るのが得意だ。たとえ隠していたとしても。


 視線だとか口角の上がり具合だとか、明確な根拠があるわけではない。

 ただなんとなくの、感覚や直感に近いもの。


「でも、透子も迷ってるのかしら? このまま告白し続けようか諦めようか」


「うん、実はそうなんだ……」


 さすがに10回もフラれれば可能性はないのだと分かる。

 だけど、気になるのは明の表情だ。


 告白をするたびにする寂しげな表情。

 あの顔をされるたび、明を一人にしたくない、離れてはダメだと思うのだ。


 真帆ちゃんは弁当箱と箸を手に取り、先ほどご飯に落とした玉子焼きを口に運ぶ。

 そして、難しそうな顔でちゅうを見上げつつ、もぐもぐとじっくり咀嚼そしゃくして飲み込んで、わたしに顔を戻した。


「星川さん、本当に嫌がってる感じじゃないのよね?」


「うん」


 また数秒、宙を見上げてから言う。


「はあ、じゃあ分かった。今日告白して、それでダメだったら諦めなさい」


「え、今日が最後……」


「もう10回も告白してきたんだもの、それで諦めつくでしょう?」


「うぅ……」


 フラッシュバックする明の表情。

 明から離れるのが不安すぎる……。


 でも、ひょっとしたらそれはわたしのエゴかもしれない。


 わたしは、明に甘えていたのかも。

 寂しそうなことを理由に何度も告白できる。

 告白をすれば、それを口実に少しでも話をすることができるから。


 だとしたらわたしは、どこまでも傍迷惑はためいわくで我がままなやつだ。

 そんな自分が、自分でも嫌いになる。


「……うん、わかった。今日で最後にする」


 本当はつらい。

 やめたくない。

 けれど、いつまでも明に甘えるわけにもいかない。変わらなきゃ。


「うふふ、えらいっ!」


 わしゃわしゃ、と真帆ちゃんがわたしの頭を撫でてきた。


 相変わらず真帆ちゃんはお姉ちゃんみたい。

 でも全然嫌な感じがしなくて。むしろ、いつも見守られている気がして心地よかった。

 しかし、さすがに教室ということもあって恥ずかしくなり、照れ隠しに頬を膨らませて彼女をにらむ。


「ぶー、子ども扱いしてー」


「実際中身は子どもでしょう?」


「そんなことないよー」


「まあでも、応援してるわ。今日こそは、ちゃんと成功するよう祈ってる。だから想いを余すことなくすべて伝えて、ぶつかってきなさいな」


 真帆ちゃんは親指を突き立てて、にこっと笑った。

 その声と笑顔が、わたしを強く勇気づける。


「うん! ありがとう、真帆ちゃん!」


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