第4話 やっぱりボクは先輩のことを ―①

 ――明side



 ガタンゴトン。

 発進の際、電車が大きく揺れた。


「おっとっと、大丈夫? あきら


 気を抜いていたせいか、ボクは隣に座る透子とうこ先輩に寄りかかるかたちとなってしまった。


 柔らかい腕の感触。


 不意に味わうその感触に心臓がドキリと跳ねる。


「す、すみません、ぼうっとしてました」


「そう? それならもうちょっとぼーっとしたまま寄りかかってていいんだよ?」


「いえ、遠慮します」


 重心を戻して座り直す。肩が離れ、拳一個ほど空けた元の距離感へ。

 先輩が名残惜しそうに口をすぼめていた。


 分かりやすい人だ。

 表情を見るだけで、考えていることが手に取るようによく分かる。


 ボクは内心苦笑しつつ、車窓から景色を眺めた。


 かすかに雲が浮かぶだけの晴天。

 住宅街を抜ける線路。

 車窓から手を伸ばせば届いてしまいそうな距離に家の塀がある。


 しかしふと、家々の合間から紺碧こんぺきの大地が覗いた。

 空の青より深い色。

 夏の海だ。


「わあ、海見えたよ! 海だ~!! やばい、めっちゃテンション上がるね!」


 幼い子どものように目を輝かせて興奮する先輩。


 初デートから二日後。

 ボクたちは今日、二人で海へ遊びに行く。


 動じた素振りを見せないよう心掛けているが、海が見えた瞬間、心臓が脈打つように拍動するのを感じた。


「あ、明、ちゃんと日焼け止め塗ってきた? せっかく白くて綺麗な肌なんだから守らないと。でももちろん、日焼けした明でもきっと可愛いし大好きだけどね」


 先輩はそう言ってウィンクをする。

 あまりに絵になる光景に、目から星がこぼれたような幻覚すら見えた。


 先輩の方がよっぽど可愛い。

 可愛いし綺麗だ。


「先輩って本当に美人さんですよね」


「え、え、どうしたの急にっ!? もしかしてわたしのこと口説こうとしてる!? そんな必要ないよ!! もうとっくにメロメロなんだから!!!」


 茹でダコのように顔を真っ赤にして照れる。


「そういうわけじゃありません」


「あ、違うのね……」


 かと思えば、スッ、とあからさまに肩を落としていた。

 なんだか可哀想な気もするが、変に期待させるのもよくないからこれでいい。


「ただ純粋に、客観的意見を言ったまでです。実際、先輩の美貌について、クラスの人たちが話しているのもよく耳にしますし」


「え、どういうこと? なんでそんなことになっちゃってるの?」


「もしかして、自覚ないんですか?」


「?」


 キョトンとして首を傾げる先輩。


 まさか本当にこの人は……。


 望月透子という女子生徒の美貌について、校内で知らぬ者はいない。

 胸元まで伸びた美しい髪。きめ細やかな肌。すらりと長い脚。

 瞳は宝石のように美しく、その目元はどこか上品な雰囲気を漂わせている。

 まさしく理想の和風美人といった感じ。


 駅前で週一ペースでスカウトされているなんて噂も聞いたことがあるくらいだ。

 それなのに、全く自覚がないなんて……。


「はぁ」


 思わず、深いため息が漏れた。


「ど、どうしたの……?」


「いえ、先輩はもっと自分の光るものに自覚を持つべきだと思っただけです」


「え、光るもの?」


「何でもないです」


 この様子なら何を言っても分かってもらえなさそうだ。

 顔を背けて会話をシャットアウト。


 それにしても、


 ――せっかく白くて綺麗な肌なんだから守らないと。でももちろん、日焼けした明でもきっと可愛いし大好きだけどね


 会話の流れとはいえ、外見を褒められたのは初めてかもしれない。

 告白の時も、一度も外見を好きと言われたことはなかった。

 先輩はボクのその部分は好きじゃないのかと思っていたほどだ。


 一応は、好いてくれてるのかな……。


 だとしたら、もしボクのこの外見が本当のボクじゃないと知ったら。

 本当は今の身体ほど小柄でなく、もう少し焼けた肌で、気の弱そうな男子の顔付きだと知ったら……。


 先輩はボクのことを好きじゃなくなるのだろうか。

 やはり、裏切られたと思うのだろうか……。


 ……。


 って、どうしてこんな気分が沈んでしまってるのだろう。

 ボクへの想いがなくなるなら、それはそれでいいじゃないか。


 いずれ訪れる別れ。

 その苦しみが少しでも軽くなるのなら。


「あ! 駅着いたよー!!!」


 ポンポンと、先輩に肩を叩かれ、意識が引き戻された。

 席を立ち、荷物台からリュックを降ろす。


 暗いことを考えるのはやめた。

 今日はせっかく海へ遊びに来たのだ。


 こんな機会滅多にない。

 家族以外となんて初めてだし、今後の人生でこんな経験もうないかもしれない。

 楽しまなければ損だ。


 電車のドアが開き、ホームへと降り立つ。

 その途端、もわっとした熱気が全身を包み込んできた。


 絶好の海日和である。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る