時々、その作者にしか書けない物語に遭遇することがある。本作もその一つだと思う。
本作はいってしまえばラブコメで、ラブコメといえば「ラブアンドコメディー」なのでエンターテイメントの雰囲気が強いと思われがちだと思う。実際にこの作品もラブコメとしての要素は判断に取り込んでいて、楽しく読める。
そして、その一方で、限りなく人の内面に踏み込んだ、それもリアルな形での、深みがある。
この両立が凄い。楽しませながら、考えさせる、心を動かされる、そんな何かがある。
これを個性と言っていいのだろうか。個性というにはやや浅はかなのかもしれない。もっと深くの、人そのものをこの作品で垣間見た気がする。
会話文が多いが、それで感情を伝えられる技術も凄い。
凄い凄いばかりで怪しまれるかもしれないが、とにかく読んでほしい。読まなければこの作品の良さの全てはわからない(当然だが)。恐らく、読者一人一人感じることがかなり異なる。ハッピーな物語にもバットな物語にもなる。けれどそれ以前に、一話ごとに読んだ人が何か話したくなる良さがある。何かが琴線に触れて、それを語らずにはいられなくなる(それが異論であろうとも)。
是非、読んで欲しい。
正論と極論、これは真逆にある物。
しかしこれが“狂人の正論”と“常人の極論”となった場合、果たしてどうだろうか?
恐らく大多数の方は常人の枠に収まり、その中で様々な物を抱えながら生きている。
私達は何を以て常人とするのかについて、ある程度の共通認識を持っています。しかし狂人の定義・区分については人によって大きく異なる曖昧なものだと、本作を読んで改めて考えさせられた。
社会、ひいては集団生活を送るには不可視の型がある。その型に嵌まることが出来れば仲間として認め、そうでなければ弾く。
弾く際に意識的かどうかはわからないが、自然と仲間外れにしていく流れが生まれ、その流れが変わることは滅多にない。
そうして刻まれる溝は深く、暗いものだ。
故にその溝の深さを見ようとする者は極少数になるだろう。
そんな触れ合う機会のない溝に、貴方も触れてみませんか。
作者さんの実体験が反映されていることもあり登場人物、特にヒロイン飯島加奈のリアリティには目を見張るものがあります。呼び捨てで書くことに躊躇いを感じるほどに。障害(最近は障碍あるいは障がいと書くことも多いようですがあえてこう書きます)を抱えた人々の物語として読んでも、充分な読み応えがあるでしょう。
しかしながら、この作品のラブコメとしての魅力もまた、語らずにはいられません。語り手、高橋月路の瞳に写る「先輩」は彼を振り回すある意味困った存在ではありますが、そんな「先輩」に惹かれていく描写は、読んでいて楽しいです。二人の間にある空気はけして息苦しいものではなく、軽やかでコメディとしての面白さもあります。ハラハラさせられる場面もいくつかありますが。純文学的でありながら、エンタメとしての面白さも一級品です。
そしてもう一つ挙げたい魅力が、豊富に取り入れられているゲームやアニメの話題。全ての元ネタがわかったわけではありませんが、ああそうだよね、と共感できる話題がありました。登場人物たちと同じ時代を生きている感覚が、先程あげたリアリティにつながっていることは語るまでもないでしょう。そしてそのリアリティが登場人物たちに深みを与え、その恋模様に引き込まれる一因となっています。
長々と書いてしまいましたが、作品の魅力は伝わったでしょうか?読んでみようかな、と思う方が、このレビューで一人でも増えたら良いのですが。
正直に言うと作者さんの自己紹介に惹かれて読み始めました。
どのジャンルでもそうですがその状況を経験した方としていない方では詳細な描写の部分に大きな差が出ると思っています。
この題材に関しては健常者として取材をしても実際に精神科に通っている人との差を埋めきるのは難しいと思いますし、実際に主人公達と同じ境遇の作者の方の一人称小説が読めるのは貴重な体験でした。
始まり方は病院で男女が出会い仲を深めて、というどこか既視感のある内容で、ヒロインの目的もそこまで新しい部分があるわけではないのですが、そこは精神障害というリアルな題材を扱っていることもあり非現実的過ぎないところも魅力だったのかなと。
一人称小説として読める主人公達の心情描写も彼らの人間性を理解するに十分な丁寧さで、キャッチーとは真逆な硬派な始まり方ながら作品の世界に引き込まれた理由はひとえにその文章力にあると思います。
個人的にマイナス方面に思ったことを書くならば、もう少し序盤から障害の部分にフォーカスすることを増やしてもよかったのではないかと。
精神障害の二人が普通の恋愛を送ろうとする序盤は、一話単位で切り取ると良くも悪くも普通のラブコメになりかねないので、ネット小説という媒体で見るとそこだけが勿体ないなと感じました。
ただ、文庫本として考えるなら全体を通してみた時に緩急の緩の部分にあたる話だと思いますし、自分でも少しエンタメに寄った意見だとも思うので、特に気にしないでください。
今回は面白い作品をありがとうございました。
【自主企画:「辛口感想コンテスト」】
読み始めてすぐに流れるような文章がすうっと入ってきて、そのまま物語に引き込まれていきました。言葉の選び方や文章のつなぎ方など一つ一つの文の隅々から、作者さんの丁寧な姿勢が伝わってくるようでした。ストーリーの中では壮大な世界での冒険や悪との戦いが描かれるわけでもなく、また世紀の悲恋物語が展開されるわけでもなく、男の子と女の子が出会って数回のデートをして別れるというそれだけです。しかしながら、丁寧に紡がれた言葉によって、そのなんでもない日常風景の下には常に緊張と不安が隠れていることが伝わってきます。少し人見知りなだけのようで障害を確かに持つ男の子と、普通の人よりも魅力的な側面を持つ一方で深い心の問題を抱え持つ女の子、その2人が自らの異端さを、「常人」の客観的な視点と彼ら自身の率直な気持ちとして語っていくことで、彼らが見る風景を、例え極論であっても、「普通の人」の生活から連続的に繋がるものとして表現できているように感じます。私たちは決して他の人の心の問題を本当の意味で知ることはできません。しかし、心に悩みを抱えた人々の風景を、完全ではなくとも文章は伝えられるのだと教えてくれました。「普通の人」であっても、心に悩みのひとかけらも無い人などいないでしょう。その意味で、極論でありながら、不思議と誰もが共感できる言葉が散りばめられているように思います。全ての人におすすめです。
精神障害者である主人公、月路は就活をしており、頭によぎる先輩のことが頭を掠めることからこの物語は始まる。
世間から異端扱いされている精神障害者のことが克明に記されており、事実を交えたと書いてあることから、これが精神障害者の感じている世界なのかと辟易を感じざるを得ない。
ただ、彼らが感じている『歪な』世界は、健常者である人間からしてみたら『普通の』世界なのであり、どちらが異常でどちらが正常なのかと考えされられる。
精神障害者をテーマにした作品は有名な作家が紙媒体で幾つか出版しているのだが、電子媒体、特にweb小説投稿サイトにも、有名な作家に引けを取らない素晴らしい作品があるという事を世間に知って欲しい。
兎も角にして、かなり読みやすく、精神障害者の心の闇が鮮明に描かれており、心理学者や心療内科のメンタル系の医療従事者だけでなく、障害者支援機関で働いている人間にも読んで欲しいと思う作品です(^^)
【第五回白雪賞企画:幕間まで読み進めた上でのレビューです】
精神障害と聞いて何を思い浮かべるだろう?
この人間社会に置いて、この問題は永遠に語り継がれるのだと私は思う。
本人の意思とは関係なく、どんなきっかけでも、どんな人でも起こりえる可能性がある心の病気だ。
この物語は、精神障害を中心に描かれる新ジャンルのラブコメです。
精神科の病院で主人公は大学で噂されている「留年」さんの先輩と出会う。
とある理由から「人質」として彼女と共に行動するのだが、ここから普通のラブコメとは違う描写が丁寧に描かれる。
「精神障害」ならではの目線。
主人公の新たな視点で読者を引き込むのは、細かな描写もですが「現実のコミュ障」の意味をハッキリ捉えた残酷なまでの現実を物語の中でスパイスになっているのがとても凄いと感じました。
「読者にこの物語を書こうと決めた作家様の意思」
「伝えようとする強い気持ち」が、文字として……。
熱量として伝わる、覚悟を決めた心に刺さる作品です。
まず序盤は『アリさん公道横断レース実況』を始めとする先輩の不思議ちゃんとも小悪魔的とも取れない奇妙な魅力に引き込まれる。
しかし彼女は精神障害を患い、他人との距離を縮められないでいた。自分でもその殻を打ち破るべく好意を抱きはじめた主人公に迫るも、ギリギリの所でそれも叶わない。
きっと主人公に明るく絡んでいた行為も、先輩にとっては息を止めて水底にある『普通の暮らし』というアイテムを取りに行く試練だったのだろう。
やがてそれらがどうにも叶わないと悟った時の、彼女の絶望は計り知れない……。
作者自身の心の叫びも聞こえてくるようで、読んでいて辛くなる部分もある。だが本当に求められている事は、その辛さを理解し、寄り添い、共に歩んでいく事だと思う。