素敵な文体に彩られた緊張感ある日常風景

  • ★★★ Excellent!!!

読み始めてすぐに流れるような文章がすうっと入ってきて、そのまま物語に引き込まれていきました。言葉の選び方や文章のつなぎ方など一つ一つの文の隅々から、作者さんの丁寧な姿勢が伝わってくるようでした。ストーリーの中では壮大な世界での冒険や悪との戦いが描かれるわけでもなく、また世紀の悲恋物語が展開されるわけでもなく、男の子と女の子が出会って数回のデートをして別れるというそれだけです。しかしながら、丁寧に紡がれた言葉によって、そのなんでもない日常風景の下には常に緊張と不安が隠れていることが伝わってきます。少し人見知りなだけのようで障害を確かに持つ男の子と、普通の人よりも魅力的な側面を持つ一方で深い心の問題を抱え持つ女の子、その2人が自らの異端さを、「常人」の客観的な視点と彼ら自身の率直な気持ちとして語っていくことで、彼らが見る風景を、例え極論であっても、「普通の人」の生活から連続的に繋がるものとして表現できているように感じます。私たちは決して他の人の心の問題を本当の意味で知ることはできません。しかし、心に悩みを抱えた人々の風景を、完全ではなくとも文章は伝えられるのだと教えてくれました。「普通の人」であっても、心に悩みのひとかけらも無い人などいないでしょう。その意味で、極論でありながら、不思議と誰もが共感できる言葉が散りばめられているように思います。全ての人におすすめです。