第10話 屈辱の一撃

 天馬は知ることはないが……

 シマの読み……

 実際はピタリと的中していた……!


<雨宮 手牌>


 ②② ⑥⑥ ⑧⑧ 33 77 東東 南 (チートイツ)


 待ちは南単騎。

 シマは静かに笑う……。


(東西北白發中がすべて一枚ずつ見えたのが11順目……。間にチュンチャン牌を混ぜて、いくら捨て牌を誤魔化そうとも、わたしには聞こえる……。

 アガりたい……アガらなきゃ……。

 これでアガれば、勝ちっ……!

 勝ち、勝ち、勝ち、勝ちぃっ……!

 ……そんなかわいそうなシマウマの悲鳴がね)

 


 一方、雨宮もシマに完全に待ちを読まれている気配は感じていた。恐らく、手牌に何枚か南を抱え込んでいるのだろう。

 まるで俺の目を通して牌を見ているかのようだ、と雨宮は舌で唇を湿らせながら思った。

 どんな脅し、ブラフもこいつには通用しないのだろうか。

 だが、時にそれこそ隙となる。

 シマは恐らく、こちらのダブルリーチの待ちを完全に読み切っていて油断しているはず。

 天馬はシマの手牌に釘付け。本来ならば、雨宮のイカサマを見張るべきは彼なのに、シマの独特な闘牌に魅せられてガードがお留守。まるで白痴だ。

 雨宮は手牌を伏せる。いまならば……。


 ………………っ!!


<雨宮 手牌>


 一九①⑨19東南西北白發中


 国士無双、テンパイ……!

 雨宮は、まだ灰皿に長いタバコが残っているにも関わらず、胸元からタバコの箱を取り出し、新しい一本に火を点けた。

 これこそ八木と倉田への通し。国士テンパイの合図。

 あとは、北家の八木がヤオチュウ牌を切れば終わりである。


 八木:2ソウ


 八木の手にヤオチュウ牌はなかった。が、恐らく倉田の手には一枚か二枚あるだろう。

 問題はなにもない。


 勝ったのだ。

 

 雨宮はついに耐え切れなくなった。


「く、クク……」


 突然笑い出した雨宮に、八木と倉田も安堵の表情。

 天馬も遅れながら、再びイカサマが行われたことに気づき蒼ざめる。

 終わった。

 誰もがこの半荘の未来を見ていた。

 そんな中、決して揺らがない。

 どんな逆境だろうと、微動だにしない者が一人いた。

 シマは強い目をしたまま、ヤマから牌を引き……。


「カン……!」




 ①ピンを、四枚倒した……。


「……は?」


 雨宮の口からこの日、初めて素の声がこぼれ出た。

 ①ピンが四枚……つまり場にヤオチュウ牌が四枚見える。



 それは、雨宮の国士が発動した瞬間、


 雨宮のイカサマが発覚することを意味する……!



 場の雰囲気は、たったの一つのカンで激変していた。

 この麻雀は雨宮家の屋敷の中、雨宮の麻雀牌で行われている。そこで①ピンが五枚出てくれば、イカサマ発覚、8000の罰符がシマ一人に支払われる。

 この展開をずっと狙っていたというのか……?

 雨宮の中のなにかが震えていた。

 たとえ①ピン暗カンが国士封じになるとわかっていても……引けなければ意味がない。引けなければ、死んでいたのに。

 なぜ、こんなことが……。


「どうかした? みんな蒼ざめちゃって……。

 ふふ……」


 シマはリンシャンツモ牌を手牌の中に入れ、代わりにひとつの牌を打った。


 打:南


 雨宮の、どちらの手牌でもアタリ牌だった南……!

 この野郎っ……!!!!

 激怒、屈辱、憎悪、焦燥、恐怖……。

 あらゆる情念が雨宮の脳裏をかけ巡る。

 手のひらを握り締めすぎて、指の隙間から血がこぼれてきた。


「どうかした、あ・ま・み・や・くん?」


 シマのからかいに、思わず灰皿を投げつけそうになるが、ギリギリでこらえた。

 先ほどからカガミがじいっとこちらを見てきている。


「いや……この勝負が……終わったあと……おまえにぃ……どんな……屈辱を、味わわせてやろうか、考えててな……!」

「ああ、そう。

 わたしは君に、死んでもらうって決めてるけどね」


 チャラ……


「リーチ……!」


 シマの放ったリー棒が、卓の上を踊り、死んだ。

 どこどこまでも落ちていくような感覚を、三匹のシマウマは感じていた。

 その哀れな獲物を狙う、本物の魔獣の一対の目……。


 地獄は、まだまだ終わらない。

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